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騒乱の幕切れは、いたく呆気のないものだった。

近場の生息圏から溢(あぶ)れた狼が人里で暴れ、これに勇敢なブロンド娘が介入、さらには風のように現れたあの女が、有無を言わせぬ力業でねじ伏せた。

掻い摘んで言えばその通りなワケだし、実際にそれ以上のあらましは無く、またこれといった感懐もない。

「………………」

しかし、なおも燻る残火のようなこれは何だろうかと、愛用のツバ広帽を目深(まぶか)に取り直した男性は、なけなしの意気組に肖(あやか)るような思いで、己の胸中を探った。

人々の関心は、総じて件(くだん)の立役者二名の元に注がれており、誰もこちらに気を留めようとはしない。

そうでなくとも、こういった時勢だ。

誰もわざわざ物陰を確かめるような事はせず、仮に曲がり角を折れた所で刺されようとも、“はいそれまでよ”の気風が、着々と息づきつつあるのは確かだろう。

腹立たしい思いは、疾うに失せた。

今はただ、最前から続く奥歯にものの挟まるような感覚が煩わしく。

どうにも釈然としないものが、胸の下半を占めているような状況だ。

「ほんなら上半分は何ね?」と、聞き慣れた女声が気安い指摘をくれた。

応じるつもりは無かったが、先ごろ妙なものを見た所為(せい)だろう、自然と口も軽くなる。

「知ってんだろ?」

「まぁね? あれでしょ? 忠誠心が爛(ただ)れたような──」

「うるせえよ」

ともあれ、元々の性質というのは変えようがなく、無駄口に費やす時間を徹底して嫌うのはこの男の性(さが)だった。

「………………」

目線を下げ、足元に転がる寸端(すんぱ)の牙を靴の先でコロコロとやる。

この断面が尋常ではなく、まるで鏡のように滑らかで淀みのない気色は、ひとつの美術品か。 はたまた熟練の職工による手細工のようだった。

少なくとも、無理に切り離された代物だとは到底思えない。

神域の刃味という、今さら論ずるまでもない所感が、節介な天啓のように降って湧いた。

「あ? 何するつもり?」

不審を問う女声には応じず、後ろ腰に吊り下げた得物をとり、これを耳の高さまで引き上げる。

ものは柄の短い握斧(あくふ)で、とくに飾り気もなければ、際立った特徴もない。

ただ、実用に一辺倒の造り込みが施されたディテールは、ただちに惨烈な使用感と結びつくようで、まざまざと物怖じを誘う代物だった。

先頃の無味な考察は控え気味に、わざわざ取り上げる必要のない所感に費やす時間が惜しい。

ならばこの男性の興味は、自分にもあれと同じ真似(まね)ができるのかという、その一点に尽きた。

「………………っ」

それまで、隠然と弄するに止(とど)まっていた靴先が、俄かにバネを揮(ふる)い、木端(こっぱ)と化した牙片をコッと蹴り上げた。

出し抜けに、刃広い握斧が速やかに駆け、これを真木撮棒(まきざっぽう)のように断ち割る働きをみせた。

“──思った通り”と、男性は強(したた)かな快味を得て、口先に不敵を充てた。

ものを割ることに関しては、剣より斧(こっち)が勝る。

何より、敵の身柄に少しでも掠(かす)らせれば勝ちを得られるという点で言えば、紛れもなくかの神剣と対等を張れる兵具(ひょうぐ)だろう。

「調子乗んのはいいけどあんたねぇ、動いてる的(まと)に──、あんなイカれた動き方する相手に当てれると思う?」

かすかに酒焼けた悪声が、当面の快心に水を差した。

しかし男性は応じず、得物の手溜まりを確かめるような所作で、これを左右にヒラヒラと振るうのみだった。

好一対のやり取りとは、必ずしもキャッチボールの形容をなして成立するものではない

互いにそれを理解しているからこそ、こうした沈黙の余暇は然して重苦しいものではなく、むしろ気兼ねを得ない沖融(ちゅうゆう)たるひと時であろうと、互いに弁(わきま)えている。

「それにしても……」と、なおも口さがない女声は、ふと思い立った風(ふう)に矛先を変えた。

「あの小僧、ムカつくわね?」

喉奥を刮(こそ)げるような物言いは、先頃の溌剌とした印象とは似て非なるものだった。

付き合いの古い先方の変化に、男性はわずか目を剥いてみせたが、その理由如何については、現状を見れば自(おの)ずと知れる。

ひとりでに浮き上がった石くれが無数、こちらの挙動を逐一に牽制するかのように包囲網を張っていた。

いずれも尖端を鋭利に澄ましており、少しでもおかしな真似をすれば、即座に蜂の巣にしてやろうという寸法だろう。

「やっぱ違うね? やっぱ違うわ。 やることがエグいったら」

しかし女声は、この窮地をそれとも思わぬ調子で、程なく元の朗色を取り戻した。

応じる男性もまた、特に顔色を変えず。

「……あいつら、やっぱ好かねえよな?」と、しかし彼にしては珍しく、改まった物の言い方をした。

正否の判断を他人に丸投げするような口振りは、平静ではあり得ぬことだった。

「知らね。 まぁ、好く好かねえは別の問題なんじゃない?」

「………………」

乾いた目線を絞り、群衆の渦中を仇視する。

先の騒動を鎮めた立役者として、人々に持て囃(はや)される葛葉、並びにブロンド娘。

歓呼の声に押しやられるようにして、その身が次第に流されてゆく。

時を経ず、剣呑な包囲網は無害な石塊に還り、軽はずみな音を立てて転がった。

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