はぁ、はぁ、と浅い呼吸が部屋に木霊する。
「痛い、い、痛いよぉ、アリアっ、お母さんっ…」
照明ひとつない真夜中の部屋で、首を引っ掻き藻き苦しむ幼女がいた。
アリア、お母さん、と彼女は繰り返し呟く。
狭い静かな部屋に、ずっとずっと泣き声が響いていた。
それが部屋の外に聞こえていないのか、それとも無視をしているのか、部屋の中に誰かが来ることはない。
「痛いよぉ、苦しいよぉ、お母さん、お母さん…ア、アリア……助け…」
どさっと、床を這っていた彼女の頭が崩れ落ちる。
泣き声も、苦しそうな呼吸も聞こえなくなった。
彼女は静かに眠っていて、すぅっと目尻から涙が零れ落ちた。
さっきとは真反対に穏やかな表情を浮かべている。
まるで地獄から解放されたというように、幸せそうに。
彼女は、そこで、命を落とした。
◇
カツーン、カツーン、と暗闇の洞窟から水音が聞こえる。
ぼこぼこに掘られている洞窟からは、静かな足音が聞こえた。
洞窟の遥か奥に、小さな光が見える。 その光の前に白い祭壇があった。その上には黒い石がついた指輪がある。
「…あら、もういらしたのですね、イデン様」
黒髪を腰まで伸ばし、紫色の宝石で作られた髪飾りを後ろ髪に留め、豪奢なドレスを着た女が祭壇の前に歩いてきた。
『黙れ、公女』
洞窟内に響き渡ったのは、この世の人間のものとは思えないほどに殺気を持った声である。
「これは失礼致しました」
『黙れと言った』
公女と呼ばれた女がくすりと笑う。
とんでもない殺気を放たれているというのに、女は微動だにしない。
「お厳しい方ですね」
にこにこと人の良い笑みを浮かべたまま、公女はドレスの奥に手を入れる。すっとそれを出すと、にやりと笑って手を開いた。
「持って来ましたよ、イデン様」
それは白い石がはめられた指輪だった。祭壇の上にあった黒い指輪と同じ形だが、どこか神々しい光を放っていた。
『良くやった』 声はそういい、祭壇の上に置くように促す。
「あぁ、そういえば、イデン様、我々の計画を邪魔しようとした女がいましたのよ」
『何だと?』
苛立ったような声が洞窟内に木霊する。
「あら、そんなに怒らないで下さいな。今はもう死んでいますわ」
くすくす、と女は楽しそうに笑う。
「久しぶりに暇つぶしになるかと思ったんですけれど、駄目でしたわね。すぐに壊れてしまったわ」
『…つまらない話をするな』
冷たい声が女に突き刺さる。それを嘲笑いながら、女は続ける。
「そろそろ潮時ですわよ。レインはもう使えませんわ」
ふふふっと楽しそうに女は笑った。
「裏切りの素振りを見せていますもの。さっさと始末しなければ、私達まで共倒れですからね」
『勝手にするがいい。始末するもしないも、俺には関係ない』
「あら、昔っからの仲間だというのに、素っ気ない」
意外じゃない。と呟きながら女は洞窟の外に向かって歩き始めた。
「それじゃ、始末してきますからね」
『………』
声は何も言わないまま、女が出ていくのを見ている。
「死ぬ前の顔が、楽しみね」
くすくすくす、と女は子どものように無邪気に笑った。
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