チッチッチ、チチチ…と、小鳥の鳴く声が聞こえる。
暖かい晴天の昼下がり、家の中庭にある樹の下に、私は寝転がっていた。
ゴーン、ゴーンと聞き慣れた鐘の音が聞こえる。
「…はぁ」
私は静かに溜息を吐く。
私は授業を逃げ出していた。
前の授業もそうだった。
先生は、私にどうして逃げるのかを聞いた。
私は暫く考えた。
そして答えた。 「意味がないから」と。
私は、お母様に愛されていない。
勿論、お父様にも、お祖母様にも、お祖父様にも。
だって、生まれてしまったんだもの。
いつもいつも、お母様は言ってる。
あなたが生まれて来なければ、私はお父様に愛されていたと。
全てお前のせいだと。 何回も、何回も聞いた、お父様に愛されないそんな言い訳が、私は大好きだった。
だって、それを言うために、そのためだけに、お母様が私の部屋まで来てくれるから。
だから、初めてそれを言われた時、とても嬉しかった。
6歳の時に、お母様に誕生日プレゼントを貰った。
それは童話の本だった。
物語の中の女の子は貧乏で、それでも母親がその子を愛していた。 女の子に悲しいことがあると、母親がその子を抱きしめて、こう言った。
「貴方の事を知らない人は、貴方の事を好きに言えばいい。だって、大切な人が貴方の事を分かっていればいいでしょう?」
可笑しいと思った。変だと思った。
だってお母様が私にこんな事を言ったことはない。
愛を私に説く事も、抱きしめられたことさえも。
一度だってありはしなかった。
だから、唯一私についていてくれたばあやに言った。
この本は間違っていると。 すぐに直さなければ、商品化しているのだから莫大な損失になる、と、そう伝えた。
ばあやは泣いた。ずっと、ずっと泣いていた。
どうして泣くのかを聞くと、ばあやは答えなかった。
ただずっと、ごめんなさい、ごめんなさい、と、ずっと謝っていた。
何が何なのかわからなかった。
だからずっと調べた。本は間違っているはずなのに、なぜ間違っていると評価されないのか。
お母様は年に二、三回しか会いに来てくれないのか。
なぜずっと、私のことを睨みつけるのか。
どうしてばあやは泣いていたのか。どうしてずっと謝るのか。
そしてようやく分かった。
可笑しかったのは、童話じゃなかった。私だった。
私が可笑しかったのだ。
私は、愛されていなかった。
その事実を知ってから、どうしてか喉が渇くようになった。
ずっと、足りない、もっとと。
何かを求めるように。 いくら努力をしても、地を這いずっても、お母様たちは私を見てはくれない。
きっと、もともと最初から、私など眼中になかったのだ。
あぁ、もういいや。 もう、どうでもいいや。
私には一つ、愛が欠けていただけだから。
ずっとずっと喉は渇くけど、ずっとずっと満たされることのない。
それはきっと呪いなのだろう。
この世に生を受けてしまった私に対しての天罰が、下ったのだと思う。
そう思えば、少し、喉が満たされた気がしたから。