テラーノベル
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「んっ……!」
(あーん、まぶしい!)
まぶた越しにも薄っすら感じられていたカーテンの隙間から差し込む朝日が、目覚めると同時に瑠璃香の網膜を焼いた。
「はぅ!」
思わずギュッと目を閉じ直して手元の布団をそそくさと引き上げてから、瑠璃香は(ん?)と思う。
布団から漂う香りが何だか嗅ぎ慣れない匂いだったのだ。それに――。
(うちの布団、黒くない……よ!?)
ガバリと飛び起きたら、思わず「えっ!?」とつぶやきが漏れた。
(わ、私、なんで服着てないの!?)
ばかりか……。
可もなく不可もないと言ったまぁまぁの胸の膨らみに、どう考えても情事の後ですよね!? としか思えない鬱血痕がちらほらと――。
(えっ。えっ。何で……!?)
二年間付き合った彼氏とは、就職と同時に疎遠になって自然消滅したはずだ。
そう、確か……最後に男性とのラブラブな一夜を経験したのは二十二歳の時。
今から六年近く前の遠い遠い記憶だ……。
でも――。
この甘だるい腰の重みはもしかしなくてもきっとそういうことだろう。
一生懸命その辺りのことを思い出そうと頑張った瑠璃香だったけれど、昨夜の記憶はところどころ飛んでいて、頭がガンガンする。
(小笹瑠璃香、二十八歳。三十路を目前にして、どうやらやらかしてしまったみたいです!?)
でも、相手は……誰!?
そこでようやくそのことに思い至った瑠璃香は、恐る恐る隣へ視線を転じた。
(嘘っ!)
隣で気持ちよさそうに眠っているのは、会社の上司・新沼晴永だった。
(いや、でも……そんな、新沼課長となんてありえない……よ!? だって……私たちは犬猿の仲だもん!)
俺様でドSで嫌みっぽくて意地悪で……。とにかく瑠璃香にとって、晴永は天敵のような存在。例えるならばヘビとカエル、猫とネズミ、トンビとカラス、水と油、靴下と靴下にあいた穴。……そんな関係の相手。それが今、瑠璃香の隣でスースーと寝息を立てている男、新沼晴永なのだ。
(どうか間違いでありますように!)
瑠璃香は一縷の願いを込めてそぉーっと布団をめくってみる。
課長様が服をばっちり着ていてくれれば、何かの間違いだったと思えるではないか。
なのに――。
「ひえっ」
瑠璃香の期待も虚しく、晴永は一糸まとわぬ均整の取れた男らしい裸体を晒していた。
奇声を上げるなり、めくった布団をバフッと戻した瑠璃香は、まるでそのタイミングを見計らったみたいにいきなり腕を掴まれて、心臓が口から飛び出しそうになる。
「ひーっ……!」
突然のことに変な悲鳴が出てしまったのは、許して欲しい。
「――覗き見とは大胆だな。昨夜散々見ただろうに……。困ったやつだ」
低く響く声と同時に、切長の瞳と視線が絡む。会社では綺麗にセットされている課長の髪の毛が、今はラフに乱れていた。
不覚にも(かっこいい……)と見惚れてしまってから、ぐいっとその腕の中へ引き寄せられた瑠璃香は、水揚げされた魚みたいにジタバタともがいた。
肌と肌がじかに触れ合っているのを感じる。
(やだ、やだ、恥ずかしい!)
心臓がバクバク跳ね回っている瑠璃香の耳元――。
「なんだ。もしかして、まだシ足りないのか? 仕方のないやつめ」
ゾクリとするバリトンボイスが響いた。
「け、結構です! 間に合ってます!」
記憶は飛んでいるけれど、瑠璃香は必死にそう叫んでベッドから飛び出していた。
「大胆なやつ」
すっぽんぽんのままベッド下へビタン! と落ちた瑠璃香へ、晴永のクスクスという笑い声とともに、男もののシャツがふわりと降ってきた。
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