その一報は、午前四時半という
誰もが眠りの淵に沈む頃、警視庁の一部に届いた。
都内某署、捜査第一課の臨時事務室では
蛍光灯の冷たい明かりに照らされた机上に
無言のまま数枚の写真が置かれていた。
「……鑑識からの報告が上がった。
見たくないなら、目を伏せてくれ」
中年の刑事が低く呟く。
そこには、例の廃神社で発見された、二名の若者の遺体写真があった。
いずれも酷い損壊を受けており
その様は、とてもこの世のものとは思えなかった。
第一発見者の証言によれば、配信の電波が不安定になった直後、
音沙汰のなくなったユーチューバーのメンバーを心配した他の同行者が
周囲を探索していた最中に偶然遺体の一部を見つけたという。
写真には、真っ赤な血で染まった苔の岩場に横たわる若者の姿があった。
顔の皮膚は丁寧に
──いや、異様なほど無機質に削ぎ落とされ、眼球さえも抉られていた。
まるでそこに“顔”という概念があったこと自体を否定するかのように、
のっぺらぼうのような生々しい肉塊だけが残っていた。
「……爪の間に他人の皮膚が詰まっていたそうだ。
相当な抵抗を試みた形跡だ。だが……」
刑事は言葉を切った。
「その皮膚が、本人のものと一致したんだ」
言葉の意味を理解するのに、一瞬時間がかかった。
だが、それが何を意味するか、すぐに分かる。
──自分の顔を、自分で削ぎ落とした。
その非現実的な光景が、写真から臭気となって滲み出てくるようで、
室内の空気は一気に淀んだ。
もう一人の遺体には、絞殺されたような痣の跡が
胸部から腹部にかけて存在していた。
だが、それは外部からの締め付けによるものでも、
内部から破裂したわけでもなかった。
皮膚の下に、誰かの手が滑り込んで、内部から絞め上げたような
──説明不可能な力が働いた形跡だけが残っていた。
首には、恐怖に駆られた人間が最後に取る本能的な行動、
すなわち自分の身体を傷つけてでも何かを“引き剥がそうとした”証として
無数の引っかき傷と膿を伴うただれた跡が刻まれていた。
「こんなもん、動物の仕業ってわけじゃない
……いや、人間の手にすら思えねえ」
刑事たちは写真を伏せ、重苦しい沈黙のなか、次なる行動の指示を待った。
その一方でSNSや動画配信サイトでは、
事件直後から無数のコメントが飛び交い、憶測が憶測を呼んでいた。
《あの神社、マジでヤバいって》
《あれ絶対、放送中に“何か”映ってた……》
《コメント読んでた奴なら分かると思うけど、
最後に「後ろにいる」って連投されてたの知ってる?》
ある者はホラーとして興奮し、ある者は事態の深刻さに怯え
またある者は「黒いワンピースの女が見えた」と投稿していたが
いずれの書き込みも数時間と経たずに削除されていた。
さらに不可解な現象が続く。
この配信をリアルタイムで観ていた者たちの中に、
体調不良を訴える者が続出し、その中には軽度の視覚障害、幻聴、さらには
“見覚えのない顔が夢に出てくる”と証言する者もいた。
当然ながら警察は事件性の有無を確認するべく、関係者に事情聴取を試みたが
残された三名のメンバーの証言は曖昧で、
明確な記憶が“飛んでいる”としか言いようのない、齟齬ばかりが残った。
そして、事件当夜の動画は
生配信後数時間でプラットフォームごと削除された。
運営側の公式コメントは「規約違反のため」と簡素な一言のみ。
動画のアーカイブやスクリーンショットも、
次々と消され、誰が何の目的で削除したのか実態は掴めていない。
ネットでは「国家権力による情報統制」だとか「新興宗教との関連性」など、
ありとあらゆる陰謀論が浮上しては沈んでいった。
──だが、真に恐ろしいのは、そうした情報の海に溺れた“声なき真実”である。
捜査本部の一室、監視カメラに記録された映像を解析していた鑑識官が
小さく呟いた言葉が、すべての始まりを告げていた。
「……奇妙だな。事件当夜、配信機材の近くに、
土が掘り返されたような跡があった」
「手帳のようなものを拾い上げて、ポケットにしまう仕草が見えたが
──その人物は、メンバーの誰でもない」
「記録には映っていない“何か”が、そこにいた。……顔が、映っていなかった」
その言葉は、まるで呪いのように室内の空気を変えた。
不可視の恐怖が、
またひとつ人知れず爪を立てた瞬間だった。
(→ 次話に続く)