Side.黒
「怖くない?」
イヤーマフを付けているから、耳元で訊く。これはずっと前からお気に入りの、青いやつ。
樹はこくんとうなずいた。
初めて来る動物園。そのゲートをくぐっても、表情は明るい。それに安心した。
はぐれないように手をぎゅっと握る。それでも駆け出していきそうなのを、何とか追いつく。
「待ってね、樹。ゆっくり行こう」
パンフレットに載っている地図を見ながら、ライオンのいるサバンナエリアを目指す。
「あっ見て、ゾウさんだよ」
ゾウさん、と繰り返してその大きな姿を見上げる。
「おっきいでしょ。あの長ーいお鼻でなんでも掴めるんだよ」
わかっているのかいないのか、にこりと笑って歩き出す。
その後も説明しながら歩いていく。
「これはキリンさん。首が長いでしょ? それはね、高いところにある葉っぱを食べるためなの」
記憶には入っていなくてもいい。でもせめて教えられることは教えたい、と思った。
そしていよいよお目当ての動物が。
「ほら、絵本で見たライオンさんだよ。百獣の王だ」
肩書きこそかっこいいものの、当のオスライオンは岩に頭を載せて寝そべっている。気持ちよさそうにしっぽをパタパタさせて、風格というものはない。
「ライオンさん……ねんね?」
樹が振り返って訊く。
「そうだね、今ちょっとねんねしてる」
夜行性だからね、と言う。
「やこーせー?」
「夜に元気になるの。だから今はお休み中」
動いていなくて残念がるかと思ったが、樹はライオンをじっと見ている。怖がる様子もない。
「樹は強いね」
その言葉に振り向き、首をかしげる。
「樹もライオンさんみたいに強いなあ、ってこと。怖くないもんね」
まあ寝ているだけだから、実質そんなに怖い要素はないのだが。
「うん!」
樹は元気いっぱいに返事をした。
そのあとも、シマウマやクマ、ペンギンを見ては目を輝かせていた。こんなに楽しそうにするならもっと早く連れてきてあげればよかった、とも思う。
『鳥類館』で大きな鳥たちを見たあと、もう一つ出口の前には建物が。
『夜行性動物館』。コウモリや大きなワシなんかがいるらしい。
でもその中はだいぶ暗い。樹も疲れたのか、足取りが重くなっている。
「もうちょっと大きくなってから挑戦しようか」
「…ぬい、ぐるみ」
疲れている割には、出口の目前にあるお土産屋さんに反応する樹。
目線の先には色んな動物たちのぬいぐるみがある。記念に買ってあげようかと思った。
「ちょっと見てこよう」
2人で足を踏み入れる。
「何がいい?」
きょろきょろと見回し、「……ライオンさん」
やっぱりか、と笑った。「探そうか」
ぬいぐるみゾーンに、そのライオンはいた。かわいらしい目をしているけれどたてがみは雄々しい。
樹は、ん、と指をさす。が、目を疑った。
「あれ、これメスライオンだよ。さっきは寝室にいたのかな。ほら、見たやつこっちだよ?」
と言っても、なぜか譲らない。
確かに、持っている絵本にはオスもメスもどっちも描いてあるから姿は知っている。
でも何でだろう、と考えていると樹はぬいぐるみを持って歩き出す。
「あー待って」
それから選んだのは、ハリネズミの小さいぬいぐるみ。これはお友達用だ。つぶらな瞳がとってもキュートで愛らしい。
動物園のゲートを抜けてもメスライオンを大事そうに抱える樹に、微笑みがもれる。
今度は少し足を伸ばしてサファリパークなんかに冒険してもいいかもしれない。
「また会いに行こうね」
終わり
完結
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