「大きな声出すな阿呆! こっちはギリギリやぞ……!」
「お前ならまだやれるさ」
ふっと真守が苦笑した。
「鬼軍曹め。ええか、よく聞け。吸収されたのは五人や! 土蜘蛛のキショい|胎《はら》の底に反応がある。まだ生きてるっ」
「上出来だ」
俺が声を上げたのと同時にパチンっとシャボン玉が割れるような音がして、地面の光が弾けた。
そして|坐禅《ざぜん》を組んでいた者達がバタバタと倒れる。唯一、真守だけが両手を地面に突き出して、肩で息をしながらも意識を保っていた。
真守に近寄り、土蜘蛛を見上げる。
土蜘蛛を包む結界の残光が、夜闇に完全に溶けて消えた。
守る壁はもうない。土蜘蛛からブワッと放たれる圧倒的な瘴気。
ここまで離れているのに、またあの異臭が強く漂い始めた。
思わず口元に手を当てる。
土蜘蛛は体をブルブル震わせた。
濃厚な瘴気を身に纏い、脚をゆっくりと屋根の上でほぐすように動かしたあと──ギィィィッッ! と、天高く月に向かって吼えた。
ビリビリと大気が震動する。
建物がミシミシと軋む。
土蜘蛛が動いただけで、現場に緊張が走るが俺は冷静に口元から刀へと手を動かした。
まずはその顔面に向かって黒洞を打つ。そして背中から刀で切り裂こうと決めると──なんと。土蜘蛛が鬼面を俺に向けて、ニタリと笑った。
しかもギチギチと真っ赤な口を開けて喋り始めた。
「……杜若、コクドウを使うな」
「!?」
土蜘蛛の声に流石の俺も驚いて、動きを止める。
土蜘蛛の声は|洞窟《どうくつ》に反射しているような、低く、野太く。耳から不快感が侵入する、粘り気ある声だった。
高位の妖は人語すらも理解する。そして喋る。
しかし、それに驚いたのではない。黒洞を使うなと、言われたことに驚いたのだった。
「我の胎の中にイる、人間を今すぐ、溶かされたいカ?」
ざわざわと体に生えた脚を動かす土蜘蛛。
「なんだと?」
「ギギッ……厭なら、杜若。我に殺されろ。それで、人間ヲ返してやる」
「!」
「ワザワザ、生かしてやってイル。ギギ、ギギッ」
ギチギチギチッと、楽しそうに屋根の上で脚をさらに動かす土蜘蛛に息を呑む。
さらに土蜘蛛は愉快だと言わんばかりに。
「杜若が、死ンだら、こレでェ九尾は我のモノ──!!」
と、言った。
その雄叫びにまた瘴気が濃くなる。病院の屋根全体に瘴気が広がって行く。悲鳴もまた上がる。
しかし俺は声を上げることが出来なかった。
この状況に驚いていると、地面に突っ伏していた真守がよろよろと立ち上がった。
「はぁ、はぁ、臭い匂いまき散らしやがって、蜘蛛風情が。せやけど、これは面倒になったな……しかも、はぁ、今、キュウビ? って言ったか」
「やはり、環……九尾……を欲しているのか」
「おい、鷹夜、しっかりせぇ! 惚けてる場合かっ」
バシッと肩を叩かれて、我に返った。
ぜえぜえと呼吸している真守に「済まない」と小さく謝る。
真守の顔色は真っ青だったが、その瞳だけは|燦々《さんさん》と灰水晶のように輝いていた。
「鷹夜っ」
「なんだ」
「もうええわ。五人ごと黒洞をぶちかませ」
「バカなことを言うなっ!」
「だったら、お前が死ぬんかっ!?」
「その方がまだいい!」
「ふざけんなっ! ボケがっ!」
勢いと共に胸ぐらを掴まれた。真守がまた叫ぶ。
「お前が死んだら、誰も土蜘蛛を倒せるヤツはおらん! お前が死んでも土蜘蛛が大人しくなる保証はないっ。また|眷属《けんぞく》を呼び込まれて、次は帝都がエライことになるぞっ!」
「じゃあ、俺に人を殺せと言うのかっ!!」
「そうや、殺せ。今なら五人で終わる」






