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31話「銀の檻」
王都の中央区――華やかな大通りの一角に、その建物はそびえていた。
石造りの外壁、金の装飾が施された大扉、衛兵が二重に警備している入口。
ここが、本日の依頼先――「競売会場」だ。
「……で、本当にこれ、俺たちがやるべき依頼か?」
「ギルドの調査依頼です。珍しい素材が出るそうですから、記録と報告を、って」
ミリアはきっちりとした口調で説明する。
俺は肩をすくめた。戦うほうが性に合うが、たまにはこういう仕事も悪くない。
入場料を払い、観客席に腰を下ろす。会場は二階建ての円形構造で、中央の舞台をぐるりと囲むように席が配置されている。上階は貴族や大商人の席、下階は冒険者や一般客の立ち見だ。
鼻に抜ける香油の匂い、衣擦れの音、遠くで響く軽やかな弦楽。
俺はつい場違い感に苦笑する。
舞台では宝石や美術品が次々と競りにかけられ、値段が跳ね上がっていく。
――正直、退屈だ。俺の財布で買えるものは一つもない。
休憩時間になり、裏口のほうへと足を向けた。
舞台裏の通路は荷物運搬用で、出入りするのは商人や使用人ばかりだ。
ふと、視界の端に“それ”が映った。
――檻。
鉄格子の中、銀髪の少女が座っている。
年は十歳前後だろうか。細身で、膝を抱え、じっと地面を見つめている。
だが、その瞳だけは鋭かった。怯えているはずなのに、諦めていない。
「……ただの奴隷か?」
「ただの、には見えませんね」ミリアも同じ感想らしい。
だが、俺たちの依頼は奴隷解放じゃない。首を振って通り過ぎる。
戻る途中も、なぜか少女の視線を背中に感じた。
……いや、気のせいだろう。
午後の競売はさらに賑わいを増した。
希少な魔獣素材や古代遺物が出品され、貴族席では熱心な競り合いが続く。
俺は記録用に品名と落札額をメモしながらも、隣のミリアが集中しているので、つい舞台裏のことを思い出してしまう。
そんな時だった。
客席後方からざわめきが起きた。人の流れが不自然に動く。
数人の荒くれが、怒鳴りながら会場外へ押し出されていくのが見えた。
「裏のほうが騒がしいですね」
「まぁ、俺らの仕事じゃない」
そう言いながらも、耳は自然とそちらを意識していた。
競売が終わり、外に出ると、石畳の路地で揉め事が起きていた。
商人風の男が荷車を守ろうと必死で、三人の傭兵に囲まれている。
「おいおい、昼間からか?」
どうやら取引帰りを狙った襲撃らしい。
放っておくのも寝覚めが悪い。俺は剣を抜いた。
「……行きますよね?」
「行く行く」
ミリアが呆れ笑いする。
傭兵の剣を受け流し、足払いをかける。転んだところへ柄で一撃、呼吸を奪う。
ミリアは素早く背後を取って、短剣で相手の武器を弾き飛ばす。
あっという間に二人が戦闘不能になり、残りは逃げ出した。
「助かった……!」
商人が礼を言う。その時、視界の端にまたあの銀髪が映った。
檻に入った少女――奴隷商の部下が、彼女を別の馬車に移そうとしている。
目が合った。
……あの鋭い瞳。忘れようにも忘れられない。
「――追いますか?」
ミリアの問いに、俺は短く頷いた。
細い路地を抜けると、奴隷商と傭兵数名が待ち構えていた。
「余計な真似を……!」
その背後で、檻が馬車に固定される。
傭兵たちが一斉に斬りかかる。
ミリアが一人を引きつけ、俺は二人を相手取る。
剣戟の音と怒声が狭い路地に響く。
奴隷商が口笛を吹くと、路地奥から黒い影が躍り出た。
――中型魔物、黒狼。
毛並みは煤のように黒く、目は血のように赤い。
牙を剥き、低く唸ると、一気に距離を詰めてきた。
「来るぞ!」
俺は剣を構え、突進を受け止める。
衝撃で足元の石畳が軋む。鋭い牙が目の前で閃き、紙一重でかわす。
ミリアが背後から短剣を突き立てるが、分厚い毛皮に阻まれ浅くしか入らない。
黒狼が跳び退き、再び突進の構えを取る。
――ここだ。
あえて正面に立ち、剣を構えたままギリギリで横にかわす。
その瞬間、黒狼の首元へ渾身の斬撃を叩き込む。
悲鳴と共に巨体が崩れ、路地に血が広がった。
傭兵たちは戦意を喪失し、奴隷商も舌打ちして撤退する。
残されたのは檻と――銀髪の少女。
ギルドに事情を説明するが、正式な契約者不在では保護はできないと言われた。
かといって放置すれば、また奴隷商に捕まる。
「……じゃあ、俺が名目上の所有者ってことで」
書類にサインをし、少女は俺たちの保護下に入った。
少女は相変わらず無言だが、俺やミリアをじっと観察している。
倉庫を一時的な住まいにし、食事を与えると、翌朝には床が掃除され、棚の壊れた扉が直されていた。
「働き者だな」
そう言うと、少女は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ笑った。
氷が溶け始めるような、淡い笑みだった。
もしこの続きを書くなら、次はルーラが少しずつ日常に馴染み、
事件の前兆として「彼女の正体や血筋の影」がちらつく流れにできます。