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⧉▣ FILE_015: m9(^Д^)プギャー ▣⧉
(冗談じゃない……!)
僕が、あの、エラルド=コイルと“交渉”?
Lと並ぶ──いや、Lと対等に渡り合えるとされる探偵を、僕が言いくるめる……?
「……」
……無理だ、できるわけがない。
そもそも交渉って、対話だ。言葉の殴り合いだ。
彼は“プロの探偵”。僕みたいに後継者枠でキャスティングされた初期ロットの“L”じゃない。
あっちは──本物だ。
わざわざ“僕”じゃなくていいはずなのに……なんで、Lは僕にこの役をやらせるんだろう。
どうして、他にもっと適した人材がいるはずなのに──わざわざ、僕を前に出したんだ?
「……………」
このまま通信が来なければいいと、ほんの一瞬だけ願った。願って、すぐにその願いが、現実にならないことも、知っていた──
【ERALD-COIL_██:INCOMING_CONNECTION】
(……来た)
その瞬間、ディスプレイが勝手に“別の命令”を実行し始めた。
何の確認もなしに、画面のコードが書き換えられていく。
【ZERO-DAY EXPLOIT INITIATED】
【ACCESS GRANTED: /WammyNet/L_ROOT/ADMIN】
【FAKE-L-ACCOUNT CREATED — ID: L_PRIME[01]】
「えっ……!?」
──ワイミーズハウスの中枢システム。
そのセキュリティ層の奥に、本来はLしか触れないはずの“本物のLアカウント”のレイヤーがある。
だが今、Aの目の前で“偽のLアカウント”が作成されていた。
仮想画面に、黒いLのアイコンが点灯する。見た目は、本物と区別がつかない。
──Lを乗っ取る気か……!?
「ちょっと……どうするんだ、これ!?」
Aは咄嗟に別端末を取り出し、サブ回線を通じてLにチャットを飛ばした。
入力は一瞬。メッセージは数文字。
> 「偽のLが作られました」
──3秒後。
> L:「何とか防いでください」
「……いや、何とかって!!」
Aは思わず声を上げた。
“世界一の探偵”の返答とは到底思えない、投げやりな一言。今にもパソコンごと地面に叩きつけそうになる衝動を、全力で押し殺した。
だが、画面の中では偽のLアカウントが、じわじわと本物の認証領域に近づいていた。
時間がない──Aは迷わず決断する。
>「“セッション・キルスイッチ”を使います。いいですね?」
それは、敵が中枢へアクセスした瞬間に全セッションを強制終了し、侵入経路を物理的に断つ最終手段。
当然、こちらの準備中の通信も全て遮断されるが、侵入者の痕跡を追跡可能なものに変換できる。
> L:「ダメです」
Aの手が止まった。
> L:「この通信は“交渉”が優先です。セッションは切らないでください」
「……マジで言ってます?」
Aはキーボードの上で指を震わせた。
セキュリティレベルは赤。侵入は進行中。
それでも、Lは“会話の場”を維持しろと言っている。
(この状況で、交渉優先って──どんだけ肝が座ってるんだ、この人……!)
それでも──やるしかない。
Aは震える手でコマンドを打ち込み、コイルに向けて初の交信フレーズを送る。
> 『あなたに話があります』
レスポンスは、ない。
……代わりに、また一つ、セキュリティアラートが点滅する。
「……う、そ……」
Aの背筋が冷える。
画面の中──Lが解決してきた過去の事件記録が、次々に書き換えられていく。
【CASE_017: チューレ密室殺人事件 → ERROR: CASE NOT FOUND】
【CASE_031: キプロス通信傍受事件 → FILE CORRUPTED】
【CASE_042: ジブラルタル財団資金洗浄事件 → LAST MODIFIED: 5 SECONDS AGO】
「あ……ああ……!」
(Lが……これまでに解決してきた事件の記録が……)
そのすべてが、改ざんされていく。
事件ファイルの中身が書き換えられ、改名され、あるいは消され、無意味な記号で上書きされていた。
──“Lの事件”が、壊されていく。
Aは歯を食いしばった。
「……Lが……こんなにも……」
思わずキーボードに手を伸ばしそうになった。緊急遮断、復元コマンド、バックアップ呼び出し。あらゆる対策が、頭の中をぐるぐると駆け回る。
だが──
> L:「気にしないでください。それは“大したことではありません”」
Lからのメッセージが届いた。たったそれだけの言葉に、Aの動きが止まる。
> L:「今は、“コイルと話すこと”に集中してください。ハッキングは止めて構いませんが、“交渉の場”は維持するように」
(……本気、なのか)
Aは、まだ改ざんされ続ける事件ファイルを横目に見ながら、唇を噛んだ。
──壊されているのは、Lの記録。Lの“証明”。それでも、L本人は気にも留めず、ただ“会話”を続けろと言う。
“自分がLであることを、証明する必要などない”とでも言うように。
「……っ、くそ……!」
Aは画面を閉じず、すぐさま防御用の簡易プロトコルを立ち上げた。
ルートへの書き込み権限を一時ブロック。時間を稼ぐ。それだけでも、改ざんの勢いを削げる。
──やるしかない。
相手は、エラルド=コイル。
でも、今ここにいる“L”は──僕だ。
Aは再び通信ウィンドウを開き、コイル宛てに打ち込んだ。
> 『……あなたとお話がしたい』
送信して直ぐ、返信がきた。
「──!?」
> COIL:「いいよー(^∀^) ☆」
……なにそれ。
脳が数フレームほどフリーズした。正直、文字列として理解するまでに数秒かかった。
状況が、状況だ。こっちは中枢を改ざんされ、Lのファイルが消滅しかけているのにもかかわらず、返ってきた最初の一言が「いいよー☆」って。
星、付けてんじゃねぇよ。
Aは、キーボードの上に置いていた指を軽く握りしめた。
(なんだこいつ)
ふざけてるのか、それとも本気でこれがLに対する挨拶だと思ってるのか。あるいは、“揺さぶり”としてはこれが一番効果的だと判断した結果なのか。もしそうなら──余計にムカつく。
すると、Lからメッセージがきた。
内容は、極短。態度はいつも通り。
> L:「ふざけた返信がきましたが、気にせず応答してください」
……ふざけた返信。
それを、あっさり断言してくる“世界一の探偵”に対しても、今この瞬間だけは少しだけ殺意を覚えた。
Aは息を吐き、口元をきつく結んだ。
冷静になれ……。こんなにいちいち反応するな。
> 『まず、事実確認からさせてください』
> 『あなたは現在、アメリカ国防総省から依頼を受けていると聞いています』
> 『──この“免疫反応事件”は、事件ではなく“事故”として処理するよう、依頼を受けている。そうですよね?』
打ち終えて、送信。
空気が、ひとつ静まる。
ふざけていた画面の端に、再びコイルの文字が現れる。
> COIL:「そうだよー!」
>「m9(^Д^)プギャー」
Aは思わず、ディスプレイを殴りそうになった。
いや、殴ったところで中身は変わらないのはわかってる。
わかってる。
わかってるんだけど、それと“感情が納得するかどうか”は別問題だ。
(こいつ、ホントに……!!!)
世界三大探偵、その一人。
アメリカ国防総省に雇われ、全世界の通信網にアクセス可能な立場の、最初の反応が「プギャー」って……なんだよ!こっちがm9(^Д^)プギャーしそうだよ!
Aは奥歯を噛み締めた。
どこまでが本気で、どこからが煽りなのか。──いや、それは最初から問題じゃない。
問題は、コイルが“ふざけた態度のままLと話している”ということだ……。
> 『あなたは“免疫反応”による急死を、“放射能”によるものとする説を支持していると伺っています』
> 『しかし、放射線被曝によって生じるのは、免疫反応ではありません。細胞の壊死です。免疫が“過剰に働いて死に至る”という現象とは、まったく異なる』
画面の先のコイルの顔は見えない。
けれど、Aの中では明確に“この発言が効いている”という手応えがあった。
> 『あなたが事故として処理することで、事態を抑えようとしているのは理解できます』
> 『ですが、その判断は──科学的にも、倫理的にも、極めて未熟です』
> 『“世界三大探偵”が、その程度の“根拠のない仮説”で政治に加担しているとすれば──』
> 『──あなたの名は、今すぐにでも取り下げられるべきだ』
手が、震えていた。
恐怖ではない。怒りではない。それは、Lとして言葉を選ぶことの責任の重さだ。
さあ、この事実にどう返す?コイル。
言い訳してみろ─────
> COIL:「えるたん、マジレス 乙 www ^_-☆」
その一行を読んだ瞬間、Aはもう限界だった。
いや、正確には限界を突破して、次のステージに入った。
怒りとか呆れとか、もはや分類不能な感情が全部いっぺんに押し寄せてきて、思考の整理が追いつかない。
なんだ、“えるたん”って!
馬鹿にしやがって!
なんて、馴れ馴れしさだ。
Aは、Lと接続された端末の方に手を伸ばし、怒りに任せて、無駄に強いタイピングで文字を叩きつけた。
> 「L!こいつふざけてますよ!」
送った瞬間、自分でも子どもみたいだと思った。
でも、構わない。
これでLが「気にしないでください」とか返してきたら──ほんとに電源抜く。──全部!
数秒後。
返事がきた。
> L:「知っています」
──知ってた。
Aは、頭を抱えた。
全肯定でも、全否定でもない。ただの事実確認。
(それで終わり!?)
「知っています」で終わらせるな。知ってるならどうにかしてくれ。
通信画面の入力欄に、そのまま感情を言語化した文章を打ち込む。
> 「こんな探偵に、犯人探しの協力を仰ぐって、本気ですか!?」
──しばらくして返ってきたメッセージ。
> L:「……仕方ないじゃないですか」
Aは、瞬きした。
あのLが「仕方ないじゃないですか」って。
なんだそのテンションは。
ちょっとだけ拗ねたような、言い訳っぽくも見えるその文面。
> L:「今、私の端末は使えないんですから──“““コイルのせいで”””」
> L:「それに、この局面で“コイルを駒に取る”のが、最も効果的です」
Aは思わず、「はあ?」と声に出した。
でも、反論できなかった。
なぜなら──正論だったからだ。ムカつくほどに、すべてが理にかなっている。
Aは、一度、息を吐いた。
Lからの“拗ね”と“正論”を同時に押し付けられたことで、どうにか感情の圧力鍋が解除された。
怒りも呆れもあるけれど──それよりも先に、「今、Lは動けない」という一点だけは、確定した。
(だったら、やるしかない、か)
Aは再び、通信ウィンドウに文字を付け足していく。
くだらない顔文字と煽りがまだ画面に残っていたが、もう気にしない。“ムカつくのは、反応するからだ”というルールを、Aはようやく理解した。
今度こそ、冷静に。
交渉の“目的”だけを、短く鋭く突き立てる。
> 『──事故として処理していただいても構いません』
> 『ただし、私はいずれ、これを“事件”として発表します』
> 『Lの名を使い、世界に──真実を告げるつもりです』
打ち込む指に、一切の迷いはない。
> 『その時、あなたと敵対したくはありません』
> 『だから今、お願いがあります』
> 『事件として成立させるために──』
> 『犯人探しに、協力していただけませんか』
言い終えて、Aは小さく息を吸った。
……数秒の沈黙。
交渉は成功するのか、拒否されるのか──
画面に、コイルからの返信が現れた。
> COIL:「いいよー♡(・∀・)人(・∀・)♡たんていだもの」
Aは思わず拳を握った。
初めて交渉らしい交渉が成立した気がした。
世界三大探偵、エラルド=コイル。その名にしてはあまりに軽すぎる承諾だったけれど、内容はちゃんと意味がある。Aは確かに、“犯人探し”への協力を引き出したのだ。
けれど──喜んだのも、ほんの一瞬。
再び通信ランプが点滅する。
新たなメッセージ。
> COIL:「ただし──」
>「条件があるよーん( ´ ▽ ` )ノ」
Aは眉をひそめる。
やっぱりそうくるか、とは思った。
そう簡単に終わる相手じゃない。
> COIL:「Lの名前が欲しい、なっ!」
──頭が、真っ白になった。
呼吸を忘れていたことに気づくまでに、数秒かかった。
Lの──名前?
なぜ、そんなものを。
Aは、ゆっくりと指を動かした。
画面の入力欄に問いを打ち込む。
> 『……なぜ、Lの名前が?』
返ってきた答えは、あまりにも軽すぎて──
拍子抜けするほど──幼稚だった。
> COIL:「格好いいから ^_^☆」