無機質なコンクリートが、暗闇に沈みこむように立ち尽くしている。
4階建て校舎の玄関は、大きな引き戸で閉ざされていた。
薄汚れたガラス窓の向こうは真っ暗だ。
棚らしき濃い影が並んでいる様子から、どうやら下足ロッカー置き場だと分かった。
先に着いた有夏チャン、取っ手を引っ張っているが、当然ながら施錠されていて扉はピクとも動かない。
すると有夏チャン、バカ特有の異様な行動力で玄関横の窓をひとつひとつ動かし始めたのだ。
開くわけないと思うんだが、こういうときはひとつだけあるんだな──誰かのウッカリで、鍵が開いている窓ってやつが。
「ひぃぃ、暗いよぉ……」
幾ヶ瀬がヨロヨロと立ち上がる。
髪は乱れ、服が砂まみれ。ホラーに相応しい様相で哀れなくらいだ。
恐怖のあまりか、あるいは有夏チャンの気を引きたいからか、クネクネ動いている。
しかし、有夏チャンは窓から校内を覗き込むのに夢中な様子。
大きな目がキラキラ輝いている。
これはアレだ。好奇心が…何かに勝った瞬間ってやつだ。
そして、ヤツは動いた。
この時、アタシが思ったのはこの一語にすぎる。
──バカってスゴイ!
有夏チャンときたら、躊躇する様子もなく窓枠に足をかけると暗い校舎の中に消えていったではないか。
「いやぁぁぁ、ありかぁぁぁ……」
怨念チャンネル主催者、その場でガタガタ振動し始める。
ああ、震えているんだな、可哀想に。
「ラ……ララライト……」
それでも、さすがと言うべきか。
幾ヶ瀬は窓から室内を覗きこんだ。
うんうん、大事な彼ピを放っておくわけにもいかないもんな。
事務室だろうか。
スマホのライトで中を照らすと、アルミ製の机が並ぶ室内の様子が浮かび上がった。
あまりにスマホの照明が眩しいせいもあってか、明かりの範囲外は恐ろしいまでの闇に覆われている。
有夏チャンの姿など見えやしない。
「ヒィィ……せ、潜入しますぅぅ」
うっわ、涙ぐましいな。この新人YouTuber。
幾ヶ瀬のヤツ、泣きながらも扉の縁に片足をかけた。
だが、そこで固まっている。
「ほら、早く入ってくださいよ」
「わ、分かってますぅぅ……!」
どうしても入れないらしい。
扉を前に全身カタカタ振動している。
メガネの尻を眺めがら、アタシはため息をついた。
「アタシ、何でこんな夜中にこんなことを……」
いけない、我に返ってはいけない。
突然沸き起こった疑問を、アタシは頭から追い払った。
「ほら、こんな所でグズグズしてたらチャンネル登録してもらえませんよ?」
発破をかけたときのこと。
カメラ越しに幾ヶ瀬がこちらを向いたのだ。
ヒィ、怖い!
人のいない夜の学校でヘンタイと2人きりじゃねぇかと思ったら、ヤツの視線はアタシを通り越して向こう側に滑る。
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