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玲於にしてはえらく真面目な発言、正論だった。
「はっ…そんな説教するためにわざわざ演技して俺に会ったんだ」
口を尖らしてそう言うと
「ねね、霄くんってなんでパパ活とかさ、裏アカやってんの?」
「えっ」
まさか聞かれるとは思ってなくて言葉に詰まった。
でも玲於はそれを許さずさらに続ける。
「やっぱお金のため?それとも何か理由があったり?」
探るような口調と眼差しに、俺は開き直って口を開いた。
「なんでって……そんなの決まってるじゃん。注目されんの、気持ちよくない?」
「承認欲求っことね」
「そ。見られて褒められて、ちやほやされるの、ちょっと肌見せただけで“可愛い”って褒めてくれるし、ちょーっと優しくしただけで浮かれて連絡してきて?チョロい男ばっかで俺の引き立て役にピッタリなんだもん」
「随分、開き直るんだね?」
「バレちゃったなら、玲於相手にこれ以上演技する必要ないし」
「玲於はどうせ面白半分、俺にパパ活やめさせたくて説教しに来たんだろうけど、無駄だからね?」
皮肉交じりにそう言い切った俺に、玲於はしばらく何も言わなかった。
ただ、視線だけが俺をまっすぐに射抜いていた。
「——じゃあ、俺が愛してあげる代わりに、パパ活やめるってのはどう?」
その一言に、胸の奥がびくりと揺れた。
いつもの冗談めいた口調じゃない。
少しの迷いもなかった。
「……は、何それ。愛してあげるって、そんな簡単に言うことじゃないでしょ」
「簡単だよ、だってそんなに愛に飢えてるんでしょ?」
その目が、本気だった。
俺は思わず視線を逸らす。
冗談のつもりで挑発したはずだったのに
玲於が真っ直ぐすぎて、息が詰まる。
「ば、馬鹿みたい。俺もう行くから…!」
昨夜の、あのラブホテルの一室での出来事が何度も頭の中を駆け巡る。
玲於が最後に放った
『俺が愛してあげる代わりに、パパ活やめるってのはどう?』
という言葉が、まるで焼きつくように耳から離れない。
冗談めかして言ったつもりだった挑発に
玲於はあまりにも真っ直ぐに
そして本気で応えてきた。
あの時の玲於の目が、いまだに脳裏に焼き付いている。
結局、俺はパニックのままホテルを飛び出すようにして帰ってきたのだった。
そして今日
俺はいつも通り
玲於の店に伸びた髪を整えてもらいに来ていた。
昨夜のこともあり、正直来たくはなかったけれど、変に避けるのも違うし
何より玲於のあの言葉の真意が知りたくて、結局来てしまった。
シャンプーを終え、玲於が俺の髪をカットし始めた時だった。
隣の席でパーマをかけているらしい女性のお客さんを担当していた女性美容師さんが
玲於の左手に貼られた妙に大きな絆創膏を見て、心配そうな声を上げた。
「え!玲於さんその絆創膏、怪我でもなさったんですか?!」
玲於はハサミを動かす手を止め、俺は鏡越しにその絆創膏をちらりと見る。
ジャンボサイズの絆創膏か
親指の付け根から手首にかけての広範囲を覆うように、白い絆創膏がべったりと貼られていた。
――それは、昨夜、俺が思い切り食らいついた場所に、まさにぴったりと重なる位置だった。
「ん?…これですか」
玲於は少しだけ口元を緩め、女性美容師さんの方へ振り返る。
「あー…実は昨夜、愛猫に噛まれたんすよ」
その言葉に、俺は思わず息を詰めた。
女性美容師さんは驚いたような、そして少し呆れたような顔をした。
「え、玲於さん猫飼ってたんですか?知らなかったー!でも大変ですね…ちゃんと躾ないとですよ!」
女の美容師がそう返しながら笑うと、玲於は小さく「確かに…ね」と呟いた。
その瞬間、鏡越しに玲於の視線が俺を捉えた。
まるで俺がその「愛猫」だとでも言うような
愛おしげで少し意地悪な目つき。
俺の心臓がビクッと跳ねた
昨夜のことを思い出して、顔が熱くなる
(…玲於の手、俺が噛んだから…)
鏡の中の俺の顔は動揺を隠しきれず、微妙に強張っていた。
玲於はそんな俺の反応を楽しみながら、平然とハサミを動かし続ける。
まるで何事もなかったかのように、でもその視線はどこか俺を試すような、深い意味を孕んで
鏡の中の玲於は、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
それは、女性美容師さんに向けていた営業スマイルとは明らかに違う
俺だけに向けられた、どこか歪んだ、
そして——
どこか愛おしいものを見るような、そんな視線だった。
「……」
俺は何も言えず、ただ鏡の中の玲於から目を逸らすことしかできなかった。
心臓が、ばくばくと音を立てて
昨夜から続く玲於のペースに、俺は完全に飲み込まれてしまっていた。
しかし、家に帰ると俺の気分は一変した。
自室のクローゼットからエクステと制服を取り出し、近くの多目的トイレへ向かう。
個室に入り、手早く着替えを済ませた。
鏡に映る自分は、もう「ソラ」そのものだ。
ポーズを決め、Instagramのカメラを起動する。
「うわ、今日めっちゃビジュいいじゃん…早く可愛いフィルターかけて投稿しよ」
心の中で呟きながら、何枚か写真を撮る。
長居は無用と、すぐにトイレを出て六本木方面へと歩き出した。