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時刻は午後0時40分
午後1時からは、またおじとの食事が待っている。
少し急ぎ足になる
食事といっても、いつものことだ。
高級な店で、体裁の良い会話を交わし、向こうは満足げに笑う。
俺は、ただその場に座って話に耳を傾け相槌を打ちながら美味しいものを食べて
そして感情を押し殺し、作り笑顔を貼り付けるだけ。
確か今日は六本木ヒルズのレストランで、フランス料理だったはずだ。
それにしても、今日もまたあの話を聞かされるのかと思うと、うんざりする。
自慢話、武勇伝、そして時折混じる下世話な冗談。
まあ適当に相槌を打っていれば、時間は過ぎる。
俺の住んでいる新宿区からタクシーで六本木まで向かう。
六本木ヒルズのグランドハイアット東京の車寄せにタクシーが滑り込んだ。
自動ドアをくぐると、ひんやりとした空調と、ホテルの上質な香りが俺を包み込む。
予約しているのは、最上階にあるフレンチレストランだ。
エレベーターホールに向かう通路には、ブランドショップが煌びやかに並んでいる。
ショーウィンドウに映る俺の姿は、この場所に溶け込んでいた。
エレベーターに乗り込み、目的の階のボタンを押す。
ゆっくりと上昇する感覚とともに、胃のあたりがじわりと重くなる。
扉が開くと、そこは別世界だった。
落ち着いた照明に、客たちの楽しそうな話し声
スマートな制服に身を包んだスタッフが、にこやかに迎えてくれる。
予約名を告げると、奥へと案内された。
窓際の席には、すでにおじが座っていた。
いつものように、完璧に着こなされたスーツ。
上品なカフスボタンが、テーブルの照明にきらりと光る。
俺に気づくと、男は穏やかな笑みを浮かべて手招きした。
「やあ、ソラくん待ってたよ」
俺は彼の向かい側の席に腰を下ろした。
窓の外には、眼下に広がる東京の街並みが、まるで宝石箱のように輝いている。
「すみません遅くなっちゃって…!」
「そうだね、1分の遅刻だ」
「あはは…次から気をつけますね」
(ネチネチと……1分ぐらい誤差だろが誤差)
「うん。ソラくんの可愛さに免じて許すよ」
「優しい人でよかった……!それにしてもこんな素敵なお店予約してくれるなんて、さすがケンジさんですね♡」
「そんなお世辞、俺には通用しないって分かってるだろう?」
そう言いながらも、男の口元は緩んでいる。
この人は褒められるのが好きで、でも露骨すぎると「媚びるな」と冷める。
けど、“計算された天然”にはやたら甘い。
だから俺は、笑いながら返した。
「え~?本心だよ?ソラ、こういうお店とか来たことなかったし……大人の世界って感じで、憧れちゃいます~♡」
言葉の最後に、わざと語尾を跳ねさせて、ケンジの目を見上げる。
案の定、男は満足そうに微笑んで、ナプキンを膝に置いた。
「君はほんと、可愛い言い方するね。……誰に教わったの?」
「ん~、誰にも?なんとなく、こうすればケンジさんにいっぱい褒めてもらえるかな~って思って♡」
「ふふ、ますます可愛いな。昼食の後はソラくんの行きたがってたブランドの店連れて行ってあげるからね」
「えー、ケンジさん覚えててくれたんですか?!」
「もちろんだよ、ソラくんの好きなブランドは全部頭に入ってるからね」
「今日は20万ぐらい持ってきてるから、気になるのがあったらなんでも言ってね」
(はぁ、これだから小金持ちは扱いが楽で助かる…!ほんっとチョロすぎて笑える…)
心の中で舌を出す。
でも、顔では嬉しそうにほほ笑んで、髪を指先でくるくるといじってみせる。
スタッフがメニューを差し出すと、男は当然のようにワインリストも受け取った。
このあと、前菜とスープの間くらいで“あの話”が始まるだろう。
たぶんまた、大学時代の武勇伝か、部下を一喝した話。
あるいは昔付き合ってた女の話か。
「何か飲む?今日は白ワインにしようと思ってるけど」
「えっ、いいの?昼からお酒……」
「いいんだよ。でもこの後はショッピングだから少しだけがいいかもね」
「じゃあ、ちょっとだけ……♡ケンジさんと一緒にいると、大人になった気分になるんだよね」
「光栄だな、それは」
ワインが運ばれてくると、グラスを軽く傾けて乾杯。
俺はわざと、少し唇をすぼめてワインを舐めるように飲んでみせた。
「……おいし!ねえ、どんなブドウ使ってるの?ケンジさんなら分かるでしょ?」
「さあ?俺は雰囲気で飲む派だからね」
「うそ~、絶対詳しいでしょ。そういうの、スマートに語れる男の人ってかっこよくて、憧れちゃうなぁ……」
また“憧れ”を織り交ぜて、頬を少し赤らめてみせる。
男は満足そうに笑い、ナプキン越しに俺の手にそっと触れた。
「それはそうとソラくん。本当に可愛い顔してるよね」
「え、ほんとですかー?…そんなまじまじと見られると照れちゃうんですけど…」
「そういうとこも唆るよ…」
言いながら俺の頭に手を添えて撫でてくる
(あー、きしょいきしょい…昨日俺の写真見てシコったってシコ報告してきたから思い出すときっしょ…その手で撫でんなよ…っ)