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アグネスの言う細長い高い建物は、王城から少し離れた位置にあると話したことから、聞いてすぐに察しはついた。
騎士団の演習場にある訓練に使用される攻城塔のことだろう。
結婚のために王城に連れてこられ不安になっているアグネスが目にした励ましの旗。
俺の知らない未来でアグネスのために、わざわざ訓練でもないのに攻城塔に登り旗を振り、アグネスを励ました輩に嫉妬する。
レオンか?
いやでもアグネスの話では、レオンはその頃には聖騎士となりアグネスの護衛の任についていた。
誰なんだ…
(俺…か。間違いない。きっと未来の俺だ)
きっとそうだ。確信できる。
実母が病死などせずに俺が皇太子として地位にありつづけ、王族派の捨て駒なんかにならなければ、アグネスは俺の婚約者になるはずだった。
例えそれが、王族派と貴族派の政略結婚でもあったとしてもだ。
俺は貴族派に人質同然で差し出され王族派の捨て駒になり、味方である王族派の刺客に何度も命を狙われた。
俺が死んだ方が都合がよかったんだ。
継母の現王妃の子を皇太子に据え置けるし、貴族派に罪を擦り付けることも出来る。
しかし、貴族派の筆頭であるラチェット侯爵家は自分の娘を人質同然に王族派に取られたのに、王族派である俺を何の見返りもなく命がけで守ってくれた。
「簡単に死んではいけない。いつか状況が変わる日が来るから、その日まで耐え忍べ」と。
俺を病死にしたことにし、俺を生存させるために手を尽くしてくれた。政敵の俺に対してだ。
レオンもきっと俺を受け入れることに最初は悩んだろう。最愛の妹を人質に追いやった張本人なのだから。
それでも、親友と呼べる仲になった。
そのご厚意に感謝しても感謝しきれない。
俺は何の力もない自分が悔しい。だからせめてアグネスを陰から見守ろうと騎士を目指した。
俺がいなければ、アグネスは人質になることも、大聖堂に軟禁されて辛い祈りの日々を送ることも、必要になる機会など絶対にない王妃教育をさせられることもなかったはずだ。
俺はレオンに我儘を言って、レオンの従者として山奥の大聖堂まで一緒について行った。
面会室の扉が開け閉めされるその瞬間だけでもアグネスの姿を見られるだけでよかった。
アグネスを不幸にしたのは俺なのだから、好きになることなど絶対にあってはならない。俺はアグネスを好きになる権利すらない。
それなのにいつしか、レオンの訪問に顔を輝かせ、ほおを緩ませる彼女に恋をした。
そしていま、女神からの贈り物なのだろうか。
俺の目の前でアグネスが笑っている。
俺はアグネスにしてやりたかったことをひとつひとつ叶えていく。
俺の色を纏ったドレスではなかったけど、アグネスに似合う服を一緒に選んだ。
豪華な食事ではなかったけど、ふたりでカフェに行って1つのテーブルで甘いものをアグネスに食べさせることができた。
華やかで煌びやかな舞踏会でなく、庶民の祭りだったけど、少し音程の外れる音楽と百合の花の匂いにつつまれながらダンスを踊れた。
そしていま、俺の隣で感慨深そうに攻城塔を見ているアグネスの瞳に早く俺を映してほしいと、アグネスの横顔に語りかける。
あと4日。
レオンの願いを叶えるために残された時間。
嫌な予感がする。
アグネスは時々、思い詰めた表情をする。
まだ、俺たちに言えていない何かを抱えているのだろう。
そして、アグネスが俺のせいで人質になっていたと真実を知ったなら、アグネスはどうするのだろう。
いつか、俺の口から話さなければならないのに、いまはまだその勇気がない。