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昭和二十年八月十五日。
あの日、ラジオから天皇陛下の声が流れた。
静まり返る人々の中で、こはるはまだ夢のような気持ちで空を見上げていた。
広島の空は青く澄んでいたが、その下には、もう二度と戻らない日常の影が広がっていた。
放送が終わった後。泣く者や喜ぶ者がいる。
こはるの火傷は、まだ癒えていなかった。
包帯の隙間から覗く赤い肌は、痛みよりも「思い出すこと」のほうが辛かった。
拓也は変わらず、彼女の傍にいた。
やせ細りながらも、兄は毎日何かを拾い集め、食べさせ、声をかけてくれた。
だが、家はもうない。
家族も、母と健太は帰ってこない。
生まれ育った街は、焼け焦げた骨のように沈黙していた。
そんなある日、呉に住む母の妹――叔母から手紙が届いた。
「こはるちゃんと拓也くんを、こちらで引き取らせてください」
それは救いのようで、同時に別れでもあった。
瓦礫の中にあった二人の「戦争の時間」に、ようやく区切りがつけられるような――そんな知らせだった。
数日後、こはると拓也は、呉へ向かう列車に乗った。
車窓から見える広島の街は、少しずつ人々が動き出していた。
米軍の兵士たちが街角に立ち、パンやキャンディーを子供たちに配る姿もあった。
「アメリカが、いるんだね……」
こはるが小さくつぶやいた。
「そうだな。でも、もう戦う必要はない」
拓也はそう言って、こはるの頭をそっと撫でた。
こはるは拓也の膝に頭を預けながら、目を閉じた。
「兄ちゃんがいれば、それでいいや……」
汽車が遠ざかる音の中で、こはるのまぶたがゆっくりと閉じる。
彼女の夢の中には、焼け跡ではない、新しい町の風景が、静かに広がっていった。