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「お帰りモラクス君と善悪っ! ねぇ、この回転止めてくんないかな…… アタシ吐きそうなんだけど…… うっぷうぅっぷぅっ!」
その声を聞いたモラクスは、氷の上を滑り込むようにしながらコユキの前に達してそっと手を添え回転を止めたのである。
一方の善悪は周囲の氷河を見廻してから言う。
「ふむふむ、ここはレーテーの凍てつく川の様でござるなぁ、んで皆は渡河の最中だったと、そう言う事でござろ? よし、もう一息、一気に渡ってコキュートスに向かうのでござるよ! コユキ殿頑張ってっ! いざ行かん!」
「えええぇ! アレエェェーっ!」
「大丈夫大丈夫、逆向きに回すから、プラマイゼロでござるよ」
多分そんな事で相殺される訳は無いだろうに……
私の疑問は例によって届けられることは無く、吐き気が収まりかけていたコユキは再び回転を始めながら川面を滑り始め、背中に乗ったカイムに加え、一緒に回りながらその身を押し続ける、漆黒のモラクスと、クソ坊主が操るままに氷河の上を滑り続け、対岸に辿り着いた時にはヘロヘロ、グデングデンに目を回してしまっていたのである。
「あれれぇー、何だこれはぁー、うっぷ、うぷうぷっ! オロロローン! オエエェェーッ! こんな筈ではぁ、オップ、オロロロローンッ! オエエェ、オエッオエッオエエェッ! グハァッ! はぁはぁはぁはぁ、んもう! 善悪ぅっ!許さないわよ! 今後アタシを利用するとかぁ、絶対禁止なのよぉっ!」
善悪はキョトンとした顔で言う。
「今後? なの? フーンそうなんだぁ、コユキ殿生き残る方向で考えてるって事でござるよね? そうか、そうか、んじゃそうするのでござるよっ! 此処(ここ)より永久(とわ)に…… 的な感じでござるな? まあいいか、りょっ! 今後は使わないね! んじゃサッサッと行くのでござるよぉ、ほら、立って、でござる」
「えっ? い、いや、別に生き残ろうとしている訳じゃ無いけどね…… 兎に角、行きましょう、善悪っ! コキュートスへっ!」
「まね、行こうか」
「うんっ!」
そんな問答的な言葉を交わした二人は対岸に向けて進んで行ったのである。
程なくして岸に着いた二人と仲間達は、揃ってへとへとになっていたのである。
ここからは魔界の最深層、心すら凍り付くコキュートスである。
不意に楽しそうな声が聞こえた、あれはそう、アルテミス、所謂(いわゆる)ベルゼブブ、蝿の王の声であった。
「ほらほらっ! 必死にお逃げぇっ! 当たったら死ぬわよぉっ! なははっ、なははははぁーっ!」
「ぐわぁ!」
声のした方向から勢いよく走って来た黒っぽい金属質の悪魔が叫びを上げて倒れ込み、その後ろから何本もの矢が飛んで来ている。
その先で新たな矢を数本番(つが)えているのは銀髪の美人、アルテミスの様である。
コユキは矢を避けようとしたのか、その大きな体をやや沈めさせて声を掛けるのである。
「あ、アルテミスちゃんっ! アンタ何やってんのよぉ! 狩りってか一旦落ち着きなさいよぉっ!」
「あれ? コユキ様? もう来ちゃったんですかぁ?」
「来たわよ! んで、何よこれぇ? 説明求むわよぉっ!」
「実はですね、――――」
アルテミスが言った内容はこうである。
彼女に指示を出したのは想像通り、彼女が仕えているバアルであったらしい。
曰く、
『ねえ、アルテミスぅ? ここで侵入者を防いでいてくんないかなぁ? その間に妾達がサタンをとっちめてくるからさぁ、そうしてくんないかなぁ? 勿論姉様達を通してもダメだよ? それもこれもコユキ姉様、善悪兄様の為なんだからねっ! ちゃんと食い止めておいてよぉ! 通しちゃダメなんだからねぇー』
らしい。
コユキは聞いた。
「なるほどね、んで、いまアルテミスちゃんが足に矢を射って仕留めたこの悪魔は? なんていう子だったのん?」
アルテミスは遠い目をしつつ答える。
「あー確かですねぇ、黒銀のアルゲントゥムでしたっけか? 魔将とか何とか言っていましたけどぉ、聞いて下さいよコユキ様ぁ! こいつアタシのお尻触ったんですよぉ? 信じられますぅっ? 死ねばいいと思ったんで殺し掛けてしまったんですけどぉー?」
「あぁ、そうなの? ってことはまだ死んではいない訳ね…… にしてもこれって」
コユキが目を落とした先では、アルテミスの直の眷属なのだろう、数千のカマバエに裂傷を負わせられつつ、身体のアチラコチラに吸血蝙蝠をぶら提げながら、大き目なスズメバチに刺されて全身を腫れあがらせ、総身から蝿に植え付けられたのだろう蛆の群れを誕生させてのたうち回る、恐らくアルゲントゥムとか言う悪魔の成れの果て、そんな姿が映ったのであった。
「うあぁー、痛っそうー」
「……こ、殺してください、いっそ一思いに」
ストンッ!
「え」
「うふふ」
黒銀のアルゲントゥムが殺して欲しいと嘆願した瞬間、アルテミスが放った矢が額の真ん中を居ぬき、その肉体は魔核だけを残して音も無く消え去るのであった。
アルテミスの動作は流れる様な美しさで、目にも止まらぬ早業である。