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彼女は一行に向けて笑顔を向けたままで言う。
「さて皆さま、折角ここまでいらっしゃった所で誠に申し訳ないのですが、ここから先をお通しする事は出来ませんの、バアル様直々のご命令ですから諦められてお戻りする事をお奨めしますわ! 私個人的にもお二人を消滅させたくありませんしっ! もしどうしてもお通りになると言うのならばそちらに転がっている骨の二の舞でしてよ?」
「骨? あっ!」
言いながらアルテミスが指さした方に目を向けたコユキは、真っ赤なマントを下敷きにして、バラバラになった人骨と、見覚えのある金色の王冠、同じく金色の笏杖(しゃくじょう)を見つけて善悪と共に駆け寄ったのである。
「イーチっ! やられっちゃったのぉー? スケルトンやタイラント置いて先に来たって…… アンタ自身雑魚(ザコ)なんだから……」
「ん? でも可笑しくないでござるか? やられっちゃたんなら魔核に戻るでしょ? 骨が残っているんだからまだ生きているんじゃないのぉ? 試しにプスッとやってみればぁ?」
「むっ! そう言えばそうね、ははーん、コラッ! イーチッ! アンタ死んだふりだったら許さないわよっ! 今すぐ起きなさいよ!」
「は、はい!」
コユキの一喝が響いた瞬間、バラバラだった骨が合体し、元通りの骨バージョンイーチに戻ったのである。
イーチは王冠を拾い上げて被り、マントを両肩の骨に装着しながらアルテミスに向かって言った。
「ほらベルゼブブ、上手く行かなかったでしょうがぁ、お二人ともそんなに鈍くは無いって言いましたよね?」
アルテミスが返す。
「何言ってんのよベルズールイーチ、アンタがもう少し粘れば良かったのよ! バアル様のお言いつけなのよ? アンタどっちの部下なのか自覚有るのっ?」
「それはこちらのセリフですよ、バアル様の命令じゃなくても貴女はお二人を止めたでしょう、何しろ親なんですからね、違いますか?」
「そ、そりゃ親と慕っている事は認めるけど…… 今回はバアル様のご命令と私の消えて欲しくないって想いが重なったんだから問題ないわよ! アンタだってそうでしょうが!」
イーチは首を振り、腰を落とし笏杖を構えて言うのであった。
「お二人が心から願う事であれば、自分の気持ちだろうがバアル様の命令だろうがどうでも良い、それが信仰と言う物だ」
見る見る内に笏杖からは濃密な魔力が溢れ出し、周囲の空気が殺気に満たされて行くのが感じられた。
表情を堅くしたアルテミスは、美しい顔を僅かに歪め、矢筒の白銀の矢に手を掛けた、その時。
「ああ、そう言えばアルテミスぅ、こんな所で話している場合じゃ無いのでござるよ! ストゥクスの河原で口白が奇麗な女性を追い掛け回していたのでござった! いいの? 放っておいて? 今頃何しているのでござるかなぁ? 仲良さそうに見えたし、心配する事でも無いかもしれないでござ――――」
ザワッ! ブーン……
アルテミスの姿は一瞬で蝿の群れに代わり、中央から飛び出したシルバーティンバーフライが一目散にレーテーの下流に向けて飛び去って行ったのであった。
子分の蝿や蜂、蝙蝠たちもその後を追いかけて消えて行った。
マナナンガルの下半身達だけは、氷の上で転びながら内臓を溢(こぼ)して所在なさ気に座り込んでいる、哀れだ。
コユキは皆に視線を戻しながら言う。
「さてと出発しましょ、コキュートスまではまだまだ有るからさっ、頑張りましょう!」
「そうだね、ここからもっと寒くなるし気合を入れて行くのでござるよ」
モラクスが不思議そうな顔を浮かべて言う。
「いいえ、目指す場所ならここからレーテー沿いに遡った場所ですよ、もうすぐそこです」
「へ? ここら辺ってまだ『裏切りの門』辺りじゃ無いのん?」
モラクスが頷いて答える。
「はい、昔『裏切りの門』と呼ばれていた先に新たに作られたんですよ、氷の宮殿『リョート・パレス』ってやつが…… ルキフェル様、というかサタンが言ったそうでして、『コキュートス寒い、嫌だ』とかなんとか」
「「……」」
無言で顔を見合わせるコユキと善悪。
どうやらいつの間にかサタンの宮殿まで、後僅かな場所まで辿り着いていたらしかった。