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第54話「八百十二歳のエルフを疑う場合」
玄関。
ドア一枚。
向こうに。
森野アルト。
百六十七歳。
森野リリカの兄。
百二十年ぶりに現れた兄が。
言った。
『エリアスを信用するな』
森野。
動かない。
相沢。
「森野さん」
「……」
エレナ。
「アルト」
インターホン。
『母さんもいるのか』
エレナ。
「いるわ」
『なら話が早い』
森野。
「お母さん」
「何?」
「入れる?」
エレナ。
「あなたの家でしょう」
「……」
相沢。
「入れよう」
森野。
見る。
「いいんですか?」
「このまま玄関前で百二十年分の家族喧嘩されたら近所迷惑」
森野。
「しません」
ぴく。
髪の中。
耳が。
動いた。
相沢。
「するね」
玄関。
開く。
男。
入る。
森野より。
少し背が高い。
黒髪。
長い耳。
顔。
若い。
見た目。
三十代前半。
でも。
百六十七歳。
アルト。
森野を見る。
「……久しぶりだな」
森野。
「百二十年ぶり」
「ああ」
「老けた?」
アルト。
眉。
寄せる。
「変わってない」
アリア。
後ろから。
「アルト!」
アルト。
見る。
「……アリア」
「久しぶり」
「お前もいたのか」
「いる」
修一。
手。
上げる。
「人間もいるぞ」
アルト。
停止。
修一。
笑う。
「長生きだな、人間」
アルト。
「……」
森野。
「本当に言った」
修一。
「だろ?」
アルト。
「百二十五か」
「そう」
「異常だ」
修一。
「褒め言葉として受け取る」
アルト。
そして。
相沢を見る。
「お前が」
森野。
一歩。
前。
「相沢さんです」
「そうか」
「人間です」
「見れば分かる」
相沢。
「相沢直人です」
「アルトだ」
握手。
なし。
森野。
「感じ悪い」
アルト。
「百二十年ぶりの兄に最初に言うことか?」
「私の血を盗んだ人に言ってます」
「盗んでいない」
「防犯カメラ」
「だから」
アルト。
コート。
脱ぐ。
「順番に話す」
リビング。
人口。
七人。
完全に。
定員超過。
アルト。
椅子。
森野。
正面。
高橋。
資料。
エレナ。
アリア。
修一。
ユウ。
相沢。
全員。
アルトを見る。
アルト。
「多いな」
森野。
「あなたが突然来たから」
「家族会議じゃないのか」
「研究会議も混ざってます」
高橋。
「高橋です」
「知っている」
高橋。
「なぜ?」
アルト。
「調べた」
森野。
「怖い」
「妹の血を扱う人間だ」
「先生は信用できます」
アルト。
「人間を簡単に信用するな」
森野。
「百二十年前から変わってない!」
アルト。
「お前は変わりすぎた」
「いい意味?」
「悪い意味だ」
相沢。
「兄妹だな」
アリア。
「でしょ?」
森野。
「そこ仲良くしないでください」
高橋。
「血液サンプルについて説明してください」
アルト。
表情。
変わる。
「三日前」
「はい」
「私は」
「エリアスの関係者から」
「連絡を受けた」
森野。
「関係者?」
「若いエルフだ」
「名前は?」
「言えない」
森野。
「なぜ?」
「本人が危険になる」
「何を聞いたの?」
アルト。
「人間の研究施設に保管されている」
森野を見る。
「リリカの血を」
「持ち出そうとしている者がいる」
高橋。
「それで病院へ?」
「ああ」
「清掃員に変装して?」
「ああ」
森野。
「犯罪です」
「分かっている」
「全然反省してない」
「反省は後でする」
「今してください!」
アルト。
「私が保管庫へ入ったとき」
「……」
「すでに一本なくなっていた」
高橋。
「あなたは何も持ち出していない?」
「持ち出していない」
「証明できますか?」
「できない」
森野。
「困る」
アルト。
「だが」
ポケット。
スマートフォン。
取り出す。
写真。
表示。
「これを撮った」
森野。
見る。
病院。
地下駐車場。
男。
後ろ姿。
紙袋。
高橋。
「この人物は?」
「分からない」
森野。
「エルフ?」
アルト。
「耳は隠していた」
「じゃあなぜエリアス?」
アルト。
別の写真。
車。
ナンバー。
高橋。
見る。
「これは」
アルト。
「その男が乗った車だ」
森野。
「所有者は?」
「会社名義」
「会社?」
「北欧に本社を置く」
アルト。
「医療研究関連企業」
高橋。
表情。
変わる。
「名前は?」
アルト。
言う。
高橋。
「知っています」
森野。
「有名?」
「長寿研究では」
「かなり」
「……」
「ただ」
高橋。
「エリアスさんとの関係は?」
アルト。
「創業者一族と」
「百年以上」
「付き合いがある」
森野。
「それだけ?」
「ああ」
森野。
「それだけで疑ってるの?」
アルト。
「それだけではない」
「何?」
アルト。
妹を見る。
「エリアスが」
「人間と七回」
「恋愛したと聞いたか?」
森野。
「聞きました」
「全員死んだ」
「はい」
「そのうち」
アルト。
「三人が」
「……」
「百歳を超えている」
森野。
止まる。
高橋。
「三人?」
「百十八歳の方だけでは?」
「公表されているのはな」
森野。
「他は?」
「百九歳」
「……」
「百十四歳」
部屋。
静か。
高橋。
「記録は?」
「ある」
「確認できますか?」
「条件付きで」
森野。
「それが本当なら」
「……」
「エリアスさんは知ってた?」
アルト。
「少なくとも」
「……」
「偶然ではない可能性を」
「何十年も前から疑っていた」
森野。
「なのに」
「私たちには」
アルト。
「言わなかった」
沈黙。
相沢。
「でも」
全員。
見る。
「長生きした恋人が三人いたからって」
「エリアスさんが森野さんの血を盗んだ証拠にはならないですよね」
アルト。
相沢を見る。
「その通りだ」
森野。
少し驚く。
「認めるんだ」
「私は人間が嫌いなだけで」
アルト。
「馬鹿ではない」
相沢。
「そこ自分で言うんだ」
アリア。
「昔より話せるようになった」
アルト。
「お前は黙れ」
アリア。
「百年前と同じ!」
森野。
「だから」
「はい」
「エリアスさん本人に聞きます」
アルト。
「やめろ」
「なぜ?」
「警戒される」
「もう警戒してます」
森野。
スマートフォン。
「呼びます」
アルト。
「リリカ」
「逃げません」
「そういう問題では」
「私は」
森野。
兄を見る。
「あなたの言うことだけを信じるつもりもありません」
アルト。
黙る。
「エリアスさんの言うことだけを信じるつもりもない」
「……」
「本人に聞きます」
オンライン。
接続。
エリアス。
画面。
白髪。
長い耳。
穏やかな顔。
八百十二歳。
『こんばんは』
森野。
「こんばんは」
『ずいぶん大勢ですね』
画面越し。
エリアス。
アルトを見る。
止まる。
『……アルト』
アルト。
「久しぶりだな」
森野。
「知り合い?」
エリアス。
『ええ』
アルト。
「知り合いどころじゃない」
森野。
「何?」
アルト。
「私が北欧にいた理由」
「……」
「こいつを調べていた」
エリアス。
静か。
『そうでしょうね』
森野。
「エリアスさん」
『はい』
「質問します」
『どうぞ』
「あなたの人間の伴侶のうち」
「三人が百歳を超えていた」
「本当ですか?」
沈黙。
『本当です』
森野。
「なぜ言わなかったんですか?」
『確証がなかったからです』
高橋。
「三例あれば」
『三例しかありません』
「しかし」
『私は八百年以上生きています』
エリアス。
『都合のよい事例だけを選べば』
『どんな物語でも作れる』
高橋。
黙る。
エリアス。
『だから』
『私は』
『自分の希望を』
『科学的事実にしたくなかった』
森野。
「希望?」
エリアス。
少し。
寂しそうに。
笑う。
『愛した人が』
『自分と同じくらい』
『長く生きてくれたら』
『どれほどよかったか』
森野。
何も言えない。
アルト。
「綺麗な話だ」
森野。
「アルト」
「では」
兄。
画面を見る。
「五十二年前のことを聞こう」
エリアス。
表情。
わずかに。
変わる。
森野。
「五十二年前?」
アルト。
「修一が肺炎で死にかけた年」
アリア。
見る。
「何?」
アルト。
「お前が修一に血を飲ませた」
アリア。
「……」
アルト。
「その直後」
エリアスを見る。
「誰がアリアに」
「古い習慣を教えた?」
アリア。
顔。
変わる。
森野。
「アリア?」
アリア。
ゆっくり。
画面を見る。
「……エリアスさん」
沈黙。
エリアス。
否定しない。
森野。
「本当?」
アリア。
「私」
「若かったし」
「修一が死ぬと思って」
「どうしたらいいか分からなくて」
「エリアスさんに相談した」
森野。
「それで?」
「昔の習慣があるって」
「……」
「教えてくれた」
森野。
画面。
見る。
「エリアスさん」
『はい』
「あなた」
「五十二年前から」
「人間にエルフの血を与えた場合」
「何か起きる可能性を」
「知ってたんですか?」
長い。
沈黙。
そして。
エリアス。
『知っていた、ではありません』
「じゃあ?」
『疑っていました』
森野。
「いつから?」
エリアス。
目。
閉じる。
『二百三十年前から』
全員。
固まる。
高橋。
「二百三十年?」
『はい』
森野。
「そんな前から?」
『私の』
エリアス。
『三人目の伴侶が』
「……」
『死にかけたとき』
『私も』
『同じことをしました』
森野。
「血を?」
『一滴』
高橋。
「その方は?」
エリアス。
『回復しました』
「そして?」
『百十四歳まで』
「……」
『生きました』
アルト。
「偶然か?」
エリアス。
『分かりません』
「本当に?」
『本当に』
森野。
「じゃあ」
「今回の血液サンプル」
「あなたは盗んでない?」
エリアス。
画面。
森野を見る。
『盗んでいません』
森野。
耳。
見えない。
エリアスの耳は。
画面には。
はっきり。
見えている。
しかし。
動かない。
森野。
「誰が盗んだか」
「知っていますか?」
エリアス。
沈黙。
アルト。
「答えろ」
エリアス。
『……心当たりはあります』
森野。
「誰です?」
『私の』
少し。
間。
『娘です』
森野。
「娘?」
誰も。
聞いたことがなかった。
エリアス。
八百十二歳。
七人の人間を愛した。
そう聞いていた。
でも。
子供がいるとは。
一度も。
聞いていない。
エリアス。
『娘の名は』
『ソフィア』
「何歳?」
『四百三十一歳です』
森野。
「その人が」
『百年以上』
エリアス。
声。
低くなる。
『エルフの寿命を』
『人間へ移す方法を』
『研究しています』
高橋。
「研究者?」
『いいえ』
「では?」
エリアス。
『本人は』
『救済だと言っています』
森野。
嫌な予感。
『そして』
エリアス。
『ソフィアは』
『エルフの血を使えば』
『人間はエルフと同じ寿命を得られると』
『本気で信じています』
森野。
「なぜ?」
エリアス。
しばらく。
答えない。
そして。
『彼女の母親が』
『人間だったからです』
部屋。
静かになる。
『ソフィアは』
『四百年前』
『母親が老いて死ぬのを』
『子供の姿のまま』
『見送りました』
森野。
「……」
『それ以来』
『彼女は』
『人間が先に死ぬ世界そのものを』
『間違っていると考えています』
森野。
自分と。
相沢。
重なる。
愛する人が。
先に老いる。
先に死ぬ。
その恐怖。
自分にも。
分かる。
だからこそ。
怖かった。
エリアス。
『森野さん』
「はい」
『ソフィアが』
『あなたの血を欲しがる理由は』
『あなたが若いエルフだからではありません』
森野。
「では?」
『あなたが』
『人間と恋愛し』
『同棲しているからです』
相沢。
顔。
変わる。
森野。
「どういうこと?」
エリアス。
『彼女は』
『あなたと相沢さんを』
『観察対象として』
『見ています』
相沢。
「いつから?」
エリアス。
答える。
『あなた方が』
『同棲を始めた日からです』
森野。
背筋。
冷える。
その瞬間。
相沢のスマートフォン。
通知。
知らない番号。
メッセージ。
一件。
相沢。
開く。
写真。
二人。
スーパー。
二人。
駅。
二人。
マンション。
そして。
今朝。
会社へ向かう。
二人。
すべて。
遠くから。
撮られている。
最後に。
文章。
『あなたが何歳まで生きるのか、知りたいだけです。』
森野。
耳が。
髪の中で。
完全に。
伏せた。
コメント
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うわっ第54話読み終わった…!!😭💦 もう冒頭の「玄関。ドア一枚。向こうに。」の短文連打だけで心臓掴まれた感覚やばかったよ…文体からして緊張感がじわじわ来る! アルトの「エリアスを信じるな」からもう全部が加速してくのすごかった。百二十年ぶりの兄妹なのに最初の会話が「老けた?」「変わってない」ってとこ、なんかリアルで泣ける…(笑) でも一番やばかったのはエリアスの告白シーン!二百三十年前から疑ってたって…そして娘・ソフィアの存在!!「あなたが何歳まで生きるのか知りたいだけです」って最後のメッセージ、あれマジで背筋凍った…善意から来てるのが逆に怖すぎる😨 そして相沢の「するね(近所迷惑)」っていう一言がこの重い空気の中でめっちゃ刺さった。nashirinさんの伏線の張り方、丁寧すぎる…続き気になりすぎるよ!!💫