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ブルブルとスマホが震えている。気が付くと半分意識を失っていた。イヤフォンから白斗の歌がリピートして流れている。意識を向けると頭に『白い華』が流れ込んできた。
慌ててイヤフォンを取り外してスマホをタップした。着信名は『光貴』。
いよいよ、彼に詩音のことを告げる時がきたのだ。まるで死刑宣告をするかのような気分になった。
「もしもし」
『なあっ、一体どうしたん!? お義母(かあ)さんからも結構な着信が入ってるし、意味深なメッセージまで入ってるし、どうしたんやっ!? 全然電話も繋がらないし、めっちゃ心配したんやで!!』
「……ごめん」
『ごめんってなに!? どういうこと!!??』
「詩音が……死産だった」
『し……ざん?』
聞き慣れない言葉だから、光貴は意味がわからないのだろう。
「詩音はお腹の中で亡くなっていたの」
はっ、と息を呑む悲鳴を押し殺したような声がして暫く沈黙が流れた。
『……それって、いつのこと?』
「おとといの夕方。アレンジが難航して帰れないって連絡をもらった時には、もうわかっていたの。昨日、私の体調が急変しちゃって、緊急手術のような形で出産して……でもやっぱり詩音は亡くなっていて。苦しかった。でも、火葬の予約が三週間も取れないから……亡くなった詩音をずっとそのままにはできないし、本当は光貴と一緒にお見送りしたかったけれど、仕方なく手続きして火葬もして、今はもう家に戻ってるよ。詳しくは家で話すから。できるだけ早く帰って来てきて欲しい」
淡々と告げた。
『なんで……』
「原因はわからないって。突然だったの」
『そうじゃないっ!!』電話越しに光貴が大声で怒鳴った。彼がこんな風に激怒するところは初めてだった。『どうして黙ってたんやっ!! そんな大事なこと、僕に言わんと黙って一人で勝手に決めて、全部済ませてしまったなんて、なんやねんそれっ!!』
普段温厚で優しい光貴が、ものすごい剣幕で怒っている。
私の母と同じだった。いや、母以上の剣幕だ。
……やっぱり私は、間違ったことをしてしまったんだ。
「本当ののことを言ったら、詩音は生き返ったの?」自分でも驚く程冷たい声が出た。「光貴に泣きついて、最後の調整やミーティングやリハを放置させて病院に来てって伝えて、サファイアのこれからの一番大事な時に後輩の光貴が穴を開けて、デビューライブに悲惨で最低なギターをお客に聴かせる方が良かったの!?」
金切声みたいな自分の声と共に、どす黒い醜い感情が溢れた。
光貴は悪くない。私が決めたことだけど。
でも、怒鳴りつける前に、せめてこちらの辛い気持ちに寄り添って欲しかった。思うこともあるだろう。自分の知らないところで家族に関する重要なことが勝手に進んでいたら、腹立たしく思う気持ちもあるだろう。
虚しい。私はいったいなんのために、一人で空回ったのだろう。
一般人――自分の親や光貴のご両親が私の行動が理解できないのは仕方ないけれど、まさか光貴が、ここまで一般人寄りの考えだったなんて。
私の意図、なにも汲んでくれないなんて。
白い部屋で過ごした地獄の時間は、全部無駄だったのか。
光貴には到底理解できないこと。
私は、なんのために――
「本当は光貴に全部言いたかった!! 心細くて不安で、辛くて苦しくて、一番に光貴の顔を見たかったし、傍にいて欲しかった!! でもっ……そんなことをしたら、今日のライブがどうなったと思う!? サファイアのデビューを懸けたライブなのに、光貴のせいで台無しにはできないよ!! ライブできちんと演奏できなかったら、メンバーやスタッフ、他にも大勢の人に迷惑かかることをわかってる!? 最善策だと思って光貴への報告を堪えた私の気持ち、どうしてわかってくれないの!?」
黒い感情に、黒い涙が溢れた。
「どんな思いで一人で出産して、地獄の時間を過ごしたと思っているの。……誰の為に黙って堪えたと思っているの……」
『でもっ、それとこれとは話が違うやろぉっ!?』
「もういいっ! もういいからっ!! もう正論はたくさん!! 聞きたくない――っ!!」
感情のままスマーとフォンを放り投げた。
赤の本革ケースに包まれたそれはドンと鈍い音がして床に落ちた。
光貴は、理解してくれると思っていた。
辛かったな、って。一人でよくやってくれたな、って。
もう少しわかってくれると……。
そんな風に考えた私が悪かった。光貴には一生理解してもらえない。
この辛い気持ちは、苦しい想いは、誰にもわからない。
私と同じ痛みを経験した新藤さん以外、誰も――