テラーノベル
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僕は走った。
道も方向も知らないのに。
ただひたすらに走った。
王都から魔窟の森まで、どれくらい遠いかわからないけど。
空の東側にあったお日様が、てっぺんを通り越して西に傾いていた。
(明るいうちに帰らなきゃいけないのに)
王都を出て、ようやく森らしき場所が見えてきたばかりだ。
僕は木々が生い茂る森の中に、走り込んだ。
クンクンと匂いを嗅ぐ。
微かにバルトの服と同じ匂いがする。
「うー……にゃ!」
さらに森の奥へと走った。
木々が生い茂り、陽の光が遮られる。
暗い森を歩く。
(何だろう。覚えがあるような)
切り立った崖に見覚えがあった。
「あにゃ……」
ここは、もしかすると、シュメリと初めて出会った場所だ。
羽が上手く使えなくて、飛べなくて、崖から落ちた。
しばらく気を失っていたけど。
目を覚ました時、シュメリの膝の上にいたんだ。
『目が覚めたかい。大した怪我が無くて良かった』
知らない人間と離しちゃダメって、バルトに言われてたのに。
初めて会ったバルト以外の人間に、ビックリして。
人の姿になっちゃったんだ。
『君は……魔種持ちの獣人か?』
シュメリの言葉の意味が、わからなかった。
『すまない。私の名はシュメリだ。君の名前を聞いても?』
『……リンネ』
『変わった名だ。素敵だね』
微笑んでいたシュメリが、顔を歪めた。
『あっ……』
シュメリが自分の胸を抑えた。
僕の胸も、きゅって締まって、苦しくなった。
ドクドクと、心臓が早く大きく脈打つ。
(なにこれ、普通じゃない)
今まで、こんな風になったことない。
こんなの知らない。
『魔種が共鳴している。そうか……君が僕の伴侶か』
シュメリが僕に手を伸ばした。
その手が怖くて、僕は後ずさりした。
『逃げないで。君と話がしたいんだ』
僕は首を振った。
猫の姿になって、急いで崖を駆け上った。
『待って、リンネ。必ず迎えに来る。その時は、僕を受け入れて!』
僕は必死にバルトのところに逃げた。
「ここが、シュメリと初めて出会った場所」
僕の姿は、いつの間にか人に戻っていた。
思い出が、目の前で繰り広げられる。
まるで、ショーでも見ている気分だ。
「……行かなきゃ」
僕の足は、丸太の家に向いていた。
どこにあるか、知らない。
なのに、体が全部を覚えている。
僕はもう一度、猫の姿になった。
崖を昇って、更に森の奥へ進む。
少し走ると、木々が間引かれた綺麗な場所に出た。
この辺りは、バルトが手入れをしていた場所だ。
(丸太の家が近い)
バルトの匂いがする。
その匂いに向かって、僕は走った。
「はぁ、はぁ……あった」
家を見た途端、体が人型に戻った。
丸太を重ねて作った、小さな家。
二人で住むには狭くて、僕は大好きだった。
扉に手をかける。
鍵はかかっていなかった。
恐る恐る、部屋の中に入る。
そこには、生活の欠片がたくさん残っていた。
起きたままになっているベッド。
クルミを割る途中で、放置されているテーブル。
鍋やフライパンも、そのまま置いてある。
「あ……あぁ……」
胸の奥から、記憶と懐かしさが湧き上がる。
クルミの割方を、バルトに教わっていた。
起きたらベッドを綺麗にするって、何度もバルトに叱られた。
僕は、ハンガーに掛かったバルトの服に顔を埋めた。
バルトの匂いに包まれた。
幼くして親とはぐれて、バルトに拾われた。
物心ついた時には、バルトと生きていた。
そうだ、だって、僕は——。
「うっ……」
涙と一緒に溢れそうな感情を抑え込む。
僕はバルトの家を出て、草原に走った。
森の外れにある、空が見える丘のある草原。
一日中薄暗い魔窟の森では珍しい、開けた明るい場所だ。
空が良く見える場所は、この森では貴重だ。
「この場所で、シュメリとお茶してた」
シュメリがお茶やお菓子を持ってきてくれた。
ピクニックなのに、かなり高級な絨毯を持ってきた時は驚いた。
魔種の相性といわれても、最初はわからなかったけど。
会えば会うほど、惹かれていった。
僕の言葉を受け止めてくれるシュメリが、嬉しかった。
「あの頃の僕は、シュメリに恋してた」
人間に恋なんて、実るはずがない。
反対されるって思ったから、バルトに内緒にしたんだ。
シュメリが聖騎士だって知っていたから、バルトの話をしなかった。
バルトが暗殺業をしていると、何となく気が付いていたから。
(シュメリとバルトが出会う前から、僕は二人に出会ってた)
二人の、かけがえのない人に、なっていた。
どうして、気が付かなかったんだろう。
前世の僕が夢で見ていた世界だ。
「あれは、夢なんかじゃ、なかったんだ」
前世の僕の魂が、死の間際、少しずつ次の器に入り込んでいた。
少しずつ、少しずつ、リンネになっていた。
眠るとリンネになって。
起きると残り少ない病院での生を生きる。
前世の僕が死んだ時。
僕は完全にリンネになった。
「だから、全部忘れちゃったんだ」
新しい魂になったから。
前世の魂だった頃のリンネを覚えていなかった。
丘の向こうから、何かが近付いてきた。
「うっ……」
僕は両腕で、顔を庇った。
強い風が、僕の体を攫う勢いで吹き荒れる。
キィンと、甲高い音が聞こえた。
(僕はこの世界で、ちゃんと生きてた。前世の魂の頃から、この世界の一部だったんだ)
じわりと、涙が滲んだ。
「だったら、僕のせいだ。シュメリ、バルト……ごめん」
シュメリとバルトが出会う前から、僕が出会ってしまったから。
だから二人は、『聖騎士と暗殺者』みたいに恋に落ちなかった。
邪魔したのは僕だ。
「ごめん。なのに僕は、良かったって、思ってる」
二人と仲良くなれて良かった。
二人の間に入れて、良かった。
二人に愛してもらえて、良かった。
「こんなの、ダメなのに。僕は今、凄く幸せだよ」
流れる涙が熱い。
僕は、この世界に生きている。
僕は、この世界のリンネだ。
そう実感できる今に、安心していた
コメント
1件
うわっ、34話めっちゃ良かった…!リンネの戻った記憶が綺麗に伏線回収されてて、鳥肌立ったわ。 特に「前世の魂だった頃のリンネを覚えていなかった」ってとこ、そういうことか…!ってなった。シュメリとバルト、どっちもリンネにとって大事な人で、その狭間で「邪魔したのは僕だ」って自分を責めるけど「でも幸せ」って胸張るところが、もうね、泣ける。 記憶戻ってからのリンネの成長と優しさが滲み出てて、本当に良い回だった…!続きめっちゃ気になる🔥
お股ポテト
29
はるにし
72