私は、この屋敷、『デビルズパレス』の主だ。
悪魔執事という執事達に甘やかされながら日々を過ごしている。
私はデビルズパレスに来る前からお屋敷に住んでいたため、周りに執事やメイドがいることはあったが、それでもここまで甘やかされるのは初めてだ。
そんな生活にも慣れてきた頃、事件は起こった。
1年前の冬_____________
「主様、足元が滑りやすいのでお気をつけくださいね」
「うん、ありがとうハウレス」
私たちはグロバナー家に投げつけられた任務遂行のため、北の大地へと向かっていた。
その日は大雪で、北の地に咲く「椿」という真っ赤な花が、白銀の世界によく映えている。
「すごく綺麗」
私は、少し雪が乗った椿の花をつん、とつついた。
たちまち椿の花の上に乗っていた雪は落ち、
黄色い中心部分が顔を覗かせる。
「わあ!主様!綺麗ですね!」
私にだっこされているムーが、感嘆の声を上げた。
よほどその動作が気に入ったのか、何輪もの椿をつついては嬉しそうにはしゃいでいるムー。
可愛いなあ。
するとハウレスが、私の腕の中で抱っこされているムーを横目に口を開いた。
「全く。主様に抱っこされて移動する執事なんて聞いたことがないぞ。ムー。」
「だって主様の腕の中、暖かいんですもん!」
「だってとはなんだ。主様が重いだろう?」
「ふふ。いいんだよハウレス。私もムーを抱っこしてると冷えないから」
「そうですか?だったら…..」
少しだけムーを恨めしそうに見るハウレス。なんて平和なんだろう。
私は幸せを噛み締めながら、2人を見つめた。
ずっと、一緒にいたいなぁ。
そんな、うかうかした気持ちだった気持ちもつかの間。
天使が現れた。
この日は遠出ではあったが、天使の出現率が比較的に少なく、出現したとしても1匹程度だと言われている地への任務だった。
そのとおり、天使は1匹だけだった。
1匹だけの天使。それは
「やあ。悪魔執事さん。わざわざ来てくれてありがとう」
知能天使だ。
正確に言うと、知能天使の1人セラフィム。
ハウレスの亡き妹さん…トリシアさんの幻覚を見せた張本人である。
「なぜっ、ここにお前が!!!」
「そんなの、君たちが来るからに決まってるじゃないか。罠を仕掛けておいたんだよ」
知能天使は、天使とは到底思えない、悪魔のような微笑みを浮かべる。
私は全身のほとぼりが、サァーっと冷めていくのを感じた。
急いでハウレスの能力を解放し、仲間に助けを呼ぶ。
「主様っ!!!危険なので下がっていてください!」
ハウレスのその言葉と同時に、戦闘が始まった。
ハウレスが華麗な身のこなしで斬り掛かろうとするが、知能天使は余裕たっぷりの表情で、するりとかわしていく。
「いいねぇ。この前よりずっと強くなっている。じゃあ、これはどうかな。」
天使はそういうと、何かの合図を出した。
その瞬間、私は目を見開いた。
「えっ………?」
たくさんの天使たちが、私とムーを取り囲んでいたのだ。
「ごめんムー!!!!」
とっさに私はムーを、危険から遠ざけるために、天使たちの隙間から、ムーを放り投げた。
雪に転がり落ちたムーは、私の意図を汲み取ったのか、涙を浮かべていた。
「主さまあ!!!」
天使たちが、私に手を伸ばす。
「っ!消される!!!助けてっ!!!ハウレスっ!!!!!」
天使たちの手が、もう目の前に来ていた。
私は怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
ジャキンッ
何かがきれる音。
目を開けると、もう私を取り囲む天使たちは居なかった。
「ハウレスっ」
私は恐怖と不安で、涙が溢れ出す。
「遅れて申し訳ございません。主様。お怪我はございませんか?」
私とハウレスがいた場所は、すごく離れていた所だったのに。ハウレスも絶対不安なはずなのに。自分も危険だろうと分かっているはずなのに。
助けに来てくれた。
「ありがとう。ハウレス」
私は立ち上がって、ムーが転がっているところに駆けつける。
「大丈夫?!ムー!投げちゃってごめんね。」
「ぼっ、ぼくは大丈夫です!!主様こそ大丈夫ですか?!」
「私は平気。ハウレスが助けてくれたの。それより、どこか怪我はない?」
「うぅ、、、ごめんなさい。守ることが出来なくて….」
「そんなこと気にしなくていいよ。とりあえず無事でよかった。」
「……ハウレスくんってば凄いねぇ。あんなに離れていたところなだったのに、5秒もしないうちに斬り裂くんだもんねぇ。」
知能天使セラフィムは、楽しそうにほくそ笑んだ。
「でもね、ハウレスくん。僕に背中を向けちゃだめじゃないか。」
そのとき、私の方を向いて守ってくれているハウレスの背後に、何かが見えた。
あれは…….雪でできた、大きな刃のようなもの…..?
とてつもないスピードでこちらに飛んできている
ハウレスを….狙って。
このとき私は悟った。知能天使はこの際、私たちを本気で殺しに来ているのだと。
今までのように、私たちを余裕たっぷりに嘲笑っているが、目は本気だった。
今から逃げても、間に合わない。私は意を決して立ち上がる。
あんなの、まともに食らったらどうなっちゃうんだろう。そんな思考とは裏腹に、私の体はもう動き出していた。
「….?主様?どうかされました______」
「後ろに下がってて!!!!!」
私はハウレスの前に立ちはだかる。
その。瞬間。視界が一瞬で白く染まった。
「主様っ!!!!!!」
ダンッ
雪の刃物が、私に斬りかかった…..のだろうか。いや、斬りかかったんだろう。人ってあまりに大きな痛みを受けると何も感じなくなるとは聞いたことがあったが、本当だったのか。
私は、ハウレスが無事か確認したかったけど
、もう、後ろを見れる余裕はなかった。
私は、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「主様っ!!!主様!!!!!!」
「あるじさまっ!!!」
ハウレスとムーが必死の形相で私に呼びかけている。
でも、もう。意識が朦朧として、上手く言葉が話せない。
『 主様っ!!!!』
あれ?みんなの声が遠くから聞こえる。援軍が来たんだ。
よかった。まだ怖いけど、少し安心はできる。
ああ。雪の上に真っ赤に染まった血が、ハウレスの服に着いてしまう。
深い赤色は、雪の上にどんどん染みを作っていく。
なぜか、私は今日の朝のことを思い出していた。
椿…綺麗だったな。
そんなことを考えていたまま、わたしは意識を手放してしまった。