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翌日、情報部から続報が送られてきた。シェルドハーフェン東部の平原に『血塗られた戦旗』の部隊が続々と集結しつつあり、既に大規模な野営地が築かれていると。
「リナさん、部隊の一部を割いて野営地の監視をお願いします。動きを見せたら速やかに伝達を。交戦はしないように細心の注意を払ってください」
「はい、お任せください!」
シャーリィはリナ率いる『猟兵』に野営地の監視を下命する。
「現時点で集結した人数は五百を越えた、か。まだまだ増えそうだと書いてるな」
執務室にてシャーリィの傍に控えるベルモンドは、送られてきた報告書を読みながら苦笑いをする。既に『暁』の三倍近い人数が集結しつつあった。
「ロメオ君達の尽力で、私達の戦闘員は二百名。これ以上は増やせませんね。となれば、調略が必要になります」
回復薬を惜しみ無く投入して治療に当たるが、死者を甦らせることは出来ず、また四肢欠損などとても戦える状態では無い者も少なくなかった。
「それなんだけど、主様。何人か野営地に潜り込ませたわよ」
報告のために戻っていたマナミアが声をかける。
「素晴らしい判断です、マナミアさん」
「ふふっ、良いのよ。何なら今すぐに破壊工作を仕掛ける?」
「いえ、下手に今動いて彼方が攻撃を取り止めては困ります。一網打尽にするためにも、総攻撃をして頂かないと」
「だが三倍か。マナミアの姐さん、連中はまだ増えるんだろう?」
「ええ、大々的に募集しているからまだまだ増えるわ。それだけじゃない。『エルダス・ファミリー』や『三者連合』の残党も加わってる。まあ、あれね。主様を恨んでる人達も集まってるわ」
マナミアの言葉にシャーリィは満面の笑みを浮かべる。
「素敵ですね、敵を一気に殲滅するチャンスです」
「お嬢、連中は俺達を恨んでるんだ。死に物狂いで突っ込んでくるぞ。厄介になるな」
「付け入る隙を自ら作ってくれたんですよ?むしろ感謝すべきです」
「ん?どう言うことだ?シャーリィ」
椅子に座って話を聞いていたルイスが首をかしげる。
「『血塗られた戦旗』だけでなく様々な人達の集まり。東方の言葉を借りるならば、烏合の衆です。そして、マナミアさんが何人も手練れを忍び込ませてくれた」
シャーリィの言葉を聞いてマナミアも楽しそうに笑みを浮かべる。
「主様ったら、内側から崩すつもりね?」
「そうです。マナミアさん、野営地に噂を流してください。今回の戦い、『血塗られた戦旗』は戦果を独り占めするために余所者を盾に使うつもりだと。残党には事を成したら彼らを始末するつもりだとも」
「おいおい、そんな噂を流すのか?お嬢も人が悪いな」
「相手は傭兵、組織のために命を懸けるとは思えません。まして外部からの協力者なら尚更です」
「直ぐに取り掛かるわ。疑心暗鬼になるでしょうね」
「『血塗られた戦旗』にも噂を流してください。リューガは今後のために自分に反対するものを始末するつもりだと」
「あら、『血塗られた戦旗』にも?そんなことをしたら……」
「ええ、皆が疑心暗鬼になります。例えリューガが私達の謀略だと気付いても、止めることはできません。人数が増えれば増えるだけ統率は難しくなる」
「そしてそれをまとめるには、リューガ自身が先頭に立つ必要があるわね」
「今回優先すべきは『黄昏』を護ることですからね。頭を失った連合は瓦解するだけ。今回は最悪大将首だけで我慢するとしましょうか」
「恐ろしいもんだ。あっちは一気に潰そうって意気込んでるが、お嬢の掌で踊ってるんだからな」
ベルモンドが苦笑いを浮かべる。
その日のうちにマナミアは工作員達に噂を流すように指示を飛ばす。目立たず少しずつ噂が伝播するように仕向けた。
『血塗られた戦旗』も方針で揉めていた。五百が集まった段階で総攻撃を企図していたリューガだったが、失敗を恐れるガイアが慎重論を提示。可能な限りの戦力を集めることを優先したため、攻撃開始には日数を要した。
またこれまで『暁』が仕掛けた破壊工作が効果を表し、『血塗られた戦旗』の保有する武器弾薬が中々集まらず外部協力者の装備が順調に行えなかった。
更にカサンドラが手に入れた戦車の慣熟のため時間が欲しいと直談判。
これらの状況からリューガは野営地に留まり更なる戦力の増加を図ることとなった。
それは同時に『暁』に、シャーリィに時間を与えるようなものであり、潜り込ませた工作員達が暗躍する時間を与える結果となった。
「彼方はじっくりと戦力を集めている様子。ふふっ、領邦軍が到着するのも時間の問題。『傭兵王』は焦れているでしょうね」
夜、シャーリィはルイスと夕食を共にしながら機嫌が良さそうに呟く。
「『血塗られた戦旗』は良いとして、貴族様はどうするんだ?シャーリィ。領邦軍に手を出すってことは、貴族様に楯突くことになるんだぞ?装備も優秀なんじゃないか?」
「問題はありません。むしろ領邦軍に手を出すような輩は稀ですから、彼らは油断しています。自分達に歯向かうはずがないと。ですから、領邦軍そのものは脅威ではありません。少なくともガズウット男爵の部隊はね」
「そんなもんか?」
「忘れたのですか?ルイ。私はこれでも伯爵令嬢ですよ?貴族の傲慢さは嫌と言うほど見てきました。私に言わせれば、お父様のように聡明で民を慈しみ帝国をより良く導けるような貴族は全体の一割も居ませんよ」
笑みを浮かべるシャーリィ。そんな彼女を見てルイスも頷く。
「なら、厄介なのは男爵本人か」
「それについては考えていますが、明日の反応次第ですね」
「明日……妹さんか」
明朝にはレイミがエーリカ、アスカを伴い『黄昏』に戻る予定である。
「その通りです。カナリア様に私の正体を正しく認識してもらうには、レイミを使者として派遣するしかありません。それも、ガズウット男爵の領邦軍が攻撃を仕掛けたタイミングで事をなさねばなりませんから」
「ああ、シャーリィと妹さんは通信?が出来るんだったな。けど、妹さんが納得するかねぇ?」
「セレスティンを派遣することも考えましたが、レイミが一番です。確かにあの娘の心中を思えば難色を示すでしょうが、あの娘は聡明ですから最後には納得してもらえるはずですよ」
シャーリィは貴族工作のために明日帰還するレイミの力を借りることとする。反発を覚悟しつつ上手く説得出来るか。
どうやって納得させるべきか、納得してくれるか。そのことを少しだけ不安に思いながらも、今はルイスとのささやかな時間を過ごしていた。