明朝、シャーリィの指示に従いレイミがエーリカ、アスカを率いて急遽『黄昏』へ帰還する。シャーリィは館で三人を出迎えて労い、次の指示を下す。
エーリカには再建された自警団の指揮を任せて、アスカには事が起きるまで『黄昏』の警備を任せた。二人を下がらせたシャーリィは、人払いを命じて執務室にレイミと二人きりとなる。
「レイミ、先ほども言いましたが無事で良かった。何度も危ない場面があったと聞いています」
二人は応接用のソファーに並んで座り、セレスティンが淹れた紅茶を片手に言葉を交わす。
「確かに危険はありましたが、成果を挙げることは出来ました。工作員に被害を出すことを防げたのですから」
「ですが、武器を失ったと聞きましたよ?」
レイミの腰にいつも差されていた刀が無いことを案ずるシャーリィ。
「あの場面では、それ以外の方法が浮かびませんでした。惜しくはありますが、仕方ありません」
「代わりの武器を直ぐに用意するようドルマンさんに伝えています。その刀?の製法に難儀していましたが」
「刀鍛冶は東方の技術ですからね、再現するのは難しいでしょう」
「ふむ、今後に備えて東方から職人を招く事も考えなければいけませんね。東方の品は高値で売れますから」
「伝手があるのですか?」
「探してみます。マーサさん辺りなら知っているかもしれませんからね」
「確かに、商人繋がりで何かあるかもしれませんね。良い考えだと思いますよ」
二人は一頻り語り合うと、レイミが姿勢を正す。
「お姉さまとはもっとお話をしたいのですが、本題を話しましょう。人払いをしたのです。何か重大な案件なのですね?」
妹に合わせてシャーリィも姿勢を正す。
「レイミ、貴女にはハイネスブルクへ向かって貰いたいのです」
ハイネスブルクとは、帝国西部にある帝国最大の商業都市でありレルゲン公爵家の本拠地である。
「ハイネスブルク……目的はレルゲン公爵家。いえ、カナリア様ですね?」
「そうです。『血塗られた戦旗』を撃退しても、次はガズウット男爵の領邦軍が控えています。撃退は難しくありませんが、問題は相手が貴族であることです」
「下手をすれば西部閥全てを敵に回してしまいますね」
「その通りです。ただ、カナリア様ほど聡明な方がガズウット男爵の不正を知らないとは思えません」
「確かに、噂を聞く限りカナリア様に無断で悪事を働いている様子ですからね」
「その通りです。もちろんこれらは希望的観測に過ぎません。カナリア様が十年で変わってしまっていたら意味を成しませんが」
「はい、お姉さま。西部閥の悪い噂は聞きません。私もカナリア様の本質は変わっていないと思います」
「レイミと見解が一致して嬉しい限りです。私の狙いは分かりますね?」
「邪魔なガズウット男爵を排除する大義名分をカナリア様に用意する、ですか。私達はカナリア様の従姉妹、つまり身内です。身内に手を出したとなれば、排除するのに十分な理由となりますね」
「その通りです。だからこそ、貴女を派遣したいのです」
姉の言葉に理解を示しながらも、レイミは難色を示す。
「『血塗られた戦旗』の攻撃が迫る中、お姉さまのお側を離れろと言うのですか?」
予想通りの妹の反応に、内心嬉しく思いつつもシャーリィは説得を試みる。
「最初はセレスティンを派遣して、少しずつ友好関係を構築しようと考えていました。私達姉妹の存在は最後に明かす形で。しかし、ガズウット男爵が領邦軍を差し向けた今、その様な交渉を行う時間的な余裕がありません」
「だから私を派遣すると?」
「はい。私自らが出向くべきですが、流石に離れられません。そうなると、レイミ以外に派遣できる人は居ません。カナリア様には貴女自身で生存を証明するしかないのです」
「理屈は分かります。迂遠な交渉より遥かに時間を短縮できるでしょう。それでも心配はあります。大前提として信じて貰えるか否か」
「これを持っていってください」
シャーリィは羽根を模した髪飾りを差し出す。これは脱出時に身に付けていたものであり二つと存在しない一点もので、自分の正体を知られる心配があったため今まで大切に保管していたのだ。
「これは、お姉さまの髪飾り?」
「八歳の誕生日にカナリア様がプレゼントしてくださった髪飾りです。特注品なので、帝国に同じものは無いでしょう」
「なるほど、お姉さまの存在を証明する手掛かりとなりますね。私がレイミである事を証明する物も持参しないといけませんか」
「何かありますか?」
「ふむ、カナリア様からはたくさんの贈り物を戴きましたが……お屋敷で焼け落ちたはず。となると……うーん」
レイミは思い悩む。
基本的に赤を好むが服装に頓着の無いレイミには普段から身に付けているアクセサリーの類いはない。
「あっ、これはどうでしょう?」
レイミがスカートのポケットから取り出したのは、赤い花を象った小さなペンダントである。
「それは……お母様の!?」
「はい、普段身に付けていたものです。あの日、いつの間にか握っていました」
母との死別を覚悟したレイミは、せめてもの形見と無意識に床に落ちていたそれを拾っていた。
「充分ですね」
「お母様が身に付けていたのをカナリア様もご存知の筈。間違いはありません。ただ、どうやって接触するか……」
「『暁』の名を出してください。うちの産物については西部閥でも知られている筈。少なくとも門前払いにはならないでしょう。後は……」
「私の力量次第と」
「頼まれてくれませんか?レイミ」
「……これから起きるであろう戦いを思うと、お姉さまの傍を離れたくはないです。聖奈だって居ますし、マリアさんだってどんな動きをするか分かりません」
「はい」
「それでも、私が出向かなければいけない理由も理解できるのです。『血塗られた戦旗』だけならば問題ないのに」
「ガズウット男爵がこんなに直接的な関与をしてくるとは思いませんでした。姉の不明を許してください、レイミ」
「お姉さまでも読めないことがある。それが分かっただけでも良しとしましょう。安心してお姉さまに意見具申ができます」
「私は間違ってばかりですよ。皆に支えられる日々です」
「ふふっ……分かりました。必ずや成し遂げて見せましょう」
「ありがとうございます、レイミ。貴女には我慢させてばかりですね」
「全てはお姉さまのために、です。現地にはどのように?」
「帝都からハイネスブルクへ鉄道が延びています。そこを使えば十日以内にハイネスブルクへ辿り着く筈です。高級車両を手配しておきましたので、快適な旅を楽しんでください」
「シェルドハーフェンからハイネスブルクまで高級車両ですか?お金も掛かるでしょうに」
「ん?たった金貨二枚ですよ?」
首をかしげる姉を見て、自分自身の金銭感覚が狂わないように気を付けようと気持ちを新たにするレイミであった。