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井野匠
さくらぶ
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私が、初めてハビーデスチャンネルの存在を知ったのは、莉子を産んだ病院で知り合ったママ友、片岡舞子(かたおかまいこ)からの情報だった。
その日は舞子のパートが休みで、子供を幼稚に預けてから、お迎えまでの時間を利用してウチに遊びに来たのだ。
「莉子チャンの幼稚園はもう決まったの?
四歳からの二年保育でしょう。
ウチは、早くパートに出たかったから四年保育を選んだけど、完璧主義の凛は、他人に子供を預けるのが嫌だろうけど、育児って手を抜かないと大変だよ」
私は、大きなため息をついた。
「そうなのよ。
旦那が協力的だったら助かるんだけど、ウチは、子供が二人居るようなもんだから、他の家よりも大変だわ」
舞子は、苦笑いを浮かべながらデトックスウォーターのグラスを持ち上げる。
「このデトックスウォーターの材料だって全部無農薬なんでしょう?」
私は、頷きながら「そうよ」と呟いた。
「こんなの作るだけでも大変でしょう。
材料も高いし…
もう、授乳してないんだから、こういう所から手を抜かないとストレスが溜まっちゃうよ。
紙パックのアイスコーヒーで十分だよ」
私は首を振りながら「駄目だよ…」と呟いた。
「コーヒーにはカフェインが入っているし、市販の商品には添加物が大量に入っているんだから」
舞子は、ため息を吐きながら、「そういうところだよ」と批判的に呟いた。
「ところで、旦那とは上手くいっているの?」
舞子が聞いてくるので、私も、ため息を吐きながら、「上手くいっている訳ないじゃない」と吐き出すと、舞子も「だろうね」と頷く。
「昨日、幼稚園のママ友と喋っていたら、面白いこと聞いちゃったのよ。
凛は、ハビーデスチャンネルっていうネットの闇サイト知ってる?」
私が首を振るのを確認してから、舞子が話を続ける。
「そのサイトには、旦那に早く死んで欲しいと願う主婦が、大量の悪口を書き込んでいて、そこに旦那の愚痴を書き込むと、同じ悩みを持つ主婦が、応援してくれたり、一緒に対策を考えてくれたり、時には、法律に触れない旦那の殺し方を教えてくれたりするんだって」
私は驚いて、「こ、殺し方って…」と呟いた。
「まあ、そこまでは大袈裟だけど、使ってるママ友いわく、ストレス解消にはもってこいだって。
凛も使ってみたら?」
私は、舞子を見つめながら、「舞子は使っているの?」と聞くと、「私は、そこまで切羽詰まっていないから…」と言ったので、「私も必要ないわ」と素気なく答える。
こういうのが、女友達の邪魔くさいところだ。
ここで、「使ってみたい」なんて言おうものなら、周囲に、あることないこと言い触らされるに決まっている。
そして、そんな空気を察知していながらも、舞子のハビーデスチャンネルの説明は続いていた。
「サイト内では、旦那のことをアメリカ風にハビーって呼んでいて、妻のことをワイフィって呼んでいるそうよ。
そうやって、直接的な表現を避けることで、罪悪感や起訴のリスクを下げているみたいなの。
だから、抗男性ホルモン剤のシテロンがSで、女性ホルモン剤のエチニラがE、抗うつ剤のパキシルがPって呼ばれているそうよ」
私が驚いて、「そんな薬を何に使うのよ?」と聞くと、舞子が可笑しそうに笑う。
「旦那の食事に混ぜちゃうのよ。
旦那の浮気に悩んでいたり、毎晩迫られて困っている妻が、抗男性ホルモン剤のシテロンを食事に混ぜれば、旦那は勃起障害に陥って問題解決ってわけ。
他にも、怒りっぽくて暴力的な旦那には女性ホルモン剤のエチニラを混ぜれば、気使いの出来る優しい旦那に早変わり、ネガティブで愚痴の多い旦那には抗うつ剤のパキシルを飲ませて、明るい性格に変えるそうよ」
私は、驚いた顔のままで、「それって、確実に犯罪だよね?」と聞くと、舞子は当然という顔で、「だから、SとかEとか分からないようにアルファベットで表記してるんじゃないの」と言い切った。
私は、自分には無縁の地獄を見た驚きで、自慢げに話し続ける舞子の顔を、まじまじと見詰めてしまう。
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