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「ママン、ごはんは?」
ごめんね、と申し訳なさそうに怯えながらいうママンを見て育ったから、母親って弱い存在なんだなァって、それが俺の印象だった。
物心ついたときには、汚い部屋の端っこに追いやられていたし、部屋の大半は父親《クズ》が占領していた。だから、俺に居場所なんて無かったし、ママンは父親の奴隷だった。じゃあ、俺は何なのか。
ママンは、弱音を漏らしたことがなかった。俺を残して死のうなんて馬鹿馬鹿しいことも考えていなかった。ただ、俺を生かすために、父親の奴隷に成り下がっていた。
それが普通で、父親が人を殺してきて、家の中で捌くのも普通で。それを見せて、よく見ているんだぞ、って言われるのも普通で。目の前でバラバラになった死体を、楽しそうに箱につめる父親の姿を見るのも日常茶飯事で。
俺の普通ってそれだった。
父親に殴られても、俺は何も言い返せなかった。周りから見れば、可笑しいって言われるかもだけど。殴られても、俺はサンドバッグか何かだって自分に言い聞かせていたか、感情を遮断していたかで、全く殴られることに抵抗はなかった。アザと傷だらけの体を見て、近所の人はうわっと、化け物を見るような目で俺を見ていた。
(クソみたいだなあ……)
父親が悪いことしてるのは気づいていたし、それが普通じゃないっていうのも気づいてた。
けど、俺は何も言えなかった。いや、言うっていう考えがそもそも無かった。俺の中に、それが当たり前に根付いてしまって、俺はそれに対してノーと言えなかった。
いってしまえば、俺も父親と同類なのだと。
異常者、狂人。その枠に入るんだろうなァなんてさ、子どもながらに思ったよ。
「朔蒔、ごめんね、ごめんね」
ママンの口癖はいつも「ごめんね」だった。そして、時々「許してね」という。謝られることも、許しを乞われることも何もしていないのに、俺はママンの言葉をそのまま受け取っていた。
ママンだって、こんな俺いらないだろうって、捨てれば良いのにって。何だっけ、ほら、夜逃げとかよくいうじゃん。子供も残して出てくとかさ、出来たのに。ママンはそれをしなかった。
奴隷でありながら、母親であろうとした。俺に、愛を与えてくれていた。
でも、俺が欲しいのはそれじゃなかったんだ。
(……つまんねェの)
学校にもギリギリ行けた。義務教育なんていう制度のせいで、俺は学校に通う羽目になった。普通、こんな汚い子供、右ならえの日本の教育環境にぶち込めばさ、どうなるか分かってただろうに。
まあ、結果はお察しの通り、虐められた。汚いって、貧乏だってさ。でも、俺は、そんな奴らより頭は良かったし、容量って奴も良かった。だから、悔しがる奴を見て、内心笑ってたよ。でも、それが表に出てさ、集団リンチって奴にあった。けど、何でだったかな、俺は怖くなかったんだよ。怖いとか、痛いとかじゃなくて、早く終わらねェかな、って思ってた。そして、自分の反撃の機会をうかがっていた。
俺が抵抗しないのも、痛がらないのもつまらなくなったのか、殴るだけ殴って、蹴るだけ蹴った奴らは俺の元を去って行こうとした。俺はそれを許さなかった。主犯格を後ろから殴って、文字通りぼこぼこにした。止めに入ってきた奴らもボコボコにした。先生を呼びに行こうとした奴もボコボコにした。
そこで気づいた。
凄く楽しいって。暴力でねじ伏せる快感が、暴力を振るっているときが一番楽しいって。暴力こそが、他人を支配できる一番手っ取り早い方法だって気づいてしまった。それと同時に、俺は絶望したのかも知れない。
あの忌み嫌っていた、早く死ねとすら思った父親と同じ血が流れていること。血には抗えないとそういわれているようで、俺は、あの父親と同じ道を辿ることになるのかと。
少しさ、怖かったんだ。
だから、泣いた。それ以降泣いた覚えはないし、泣くような感情もどっか行っちゃったんだよ。
けど、暴力で支配できるって知ってからは、すぐに手が出るようになった。ママンはそのたび学校に呼び出されて、ぺこぺこと頭を下げていた。奴隷は、奴隷のままだった。けれど、どれだけ呼び出されようが、俺が一方的にボコボコにして悪いって分かっていようが、ママンは俺を否定しなかった。俺の事を全肯定して、包んでいるつもりだった。
でもさ、俺が欲しかったのはそれじゃなかったんだ。
泣きながら謝るママンの腕の中で俺の欲しいものはこれじゃないって、気づいちまった。気づかなければ、ママンの温もりだけで、生きていけたのに。
俺が、欲しかったのは、肯定してくれる人間じゃなくて、否定してくれる人間。
そんなことを思いながら、小中高と進学できた。ほんと、奇跡みたいな進学だった。白瑛高校なんて、頭だけで入ったし、内申はクソみたいだったけどな。けど、合格を出しやがったんだから、俺の事学校側が認めた、ってことで俺はそこでも気にくわなければ殴った。俺の感情表現は、暴力だった。
怒るとか、笑うとか以前に手が出た。その癖が抜けなかった。そして、大人になっていくたび、父親に似てきていることを感じて、怖くなった。誰か、今のうちに俺を止めてくれと。このまま、俺は成長したくないって。
心はボロボロの子供のままで、でも、考え方や無意識に出る行動は父親で。そんな自分を止めてくれるヒーローが現われるのを、俺はずっと待っていたのかも知れない。
「――――そんな理由で!」
「正当防衛だろ? お前だって、殴られたら殴り返すだろ? それと同じだよ」
「同じなわけないだろ! 正当防衛!? なり立つわけない、狂ってるのか!? それに、俺は殴られたからって、殴り返したりしない! 絶対に」
だから、一目見たとき、運命だって思ったんだよ。俺が、待ち望んでいた、ずっと欲しかった、会いたかったヒーローっていう奴。
「そうだ、俺はお前を倒すヒーローだ! お前が間違っているって、悪を正し成敗するヒーローだ!」
「アハハッ♥ やっと出会えた、やっと出会えた! マジでおもしれェ奴。だからこそ、俺はお前をねじ伏せたくなる、暴力でッ!」
正義は、悪がいてなり立つ存在。だから、俺と星埜は表裏一体、片割れ、運命。
星埜と出会った時、俺は此奴に出会うために生れてきたんだって、自分の人生を生を証明できたような気がしたんだ。やっと手に入った答えに、俺はそれだけで満足してた。
星埜に出会えたこと、それが俺にとって人生の機転で、それが俺にとって琥珀朔蒔という一人の人間の人生の始まりだったかも知れない。