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翌日、上澤家にやって来た私は昨日同様インターホンを鳴らして中へと入れてもらう。
割り当てられた部屋に持って来た荷物を置いた私はその部屋の広さに思わず息を呑む。
(……メイドの私が住むには広過ぎるし、家具とか装飾も立派過ぎるような……)
自分の部屋の倍以上の広さや立派な調度品の数々に戸惑いつつも、荷物を置いたらすぐに部屋を出るよう言われていたことを思い出して急いで部屋を出た。
「それでは、来栖様が担当する上澤家のご子息、巴様の元へご挨拶へ伺います」
「は、はい!」
待っていた如月さんに連れられて今日から私が担当することになる上澤家子息、上澤 巴さんの部屋へ向かった。
「巴様、今日から働くことになったメイドが挨拶に来られました」
「入れ」
「失礼致します」
如月さんに続いて巴さんの部屋へ入った私は、言葉を失った。
さっき荷物を置いた部屋も充分広かったけれど、その倍の広さがある部屋だったから。
そして、大きなソファーに腰掛ける黒髪の短髪に切れ長の鋭い瞳を持つ、整った顔立ちの好青年が本を読む手を止めてこちらへ視線を向けてくる。
まるで童話に出て来る王子様なような見た目だけど、冷ややかな視線と眉間の皺がそれを台無しにしているように思った。
「お前が新しいメイドか……」
そして、低く落ち着いた声がこの場の空気を変えた。
「来栖 侑那です。本日からお世話になります」
「……ふん」
名乗りながら頭を下げる私を巴さんは興味なさそうに一瞥すると、
「どうせまたすぐ辞めるだろ、雇うだけ無駄だ」
そんな辛辣な言葉を投げ掛けた。
「そうならないよう、こちらでしっかり教育させていただきますので」
「どうだかな、いつも続かないから期待も出来ない」
「申し訳ございません」
表情こそそのままだけど、アンドロイドのような如月さんですら、どこか焦りの色を浮かべているのが分かる。
この家の子息だし、偉そうなのは仕方が無い。
これまで沢山のメイドが辞めていったみたいだから、新たな人を雇っているけどまたすぐ辞めるのではないかと疑心暗鬼になるのも……まあ理解は出来る。
私が何か粗相をしてしまったのなら、冷たく辛辣な言葉を向けられるのも仕方が無い。
だけど、私は今日初めてここへ来て、これから仕事を始めるわけで、今はただ、名乗って挨拶をしただけ。
それなのに、こんなにも色々言われるっていうのは、正直納得がいかない。
でも……このくらいのことで腹を立ててはいけないし、ここは笑顔で乗り切らなければ。
そう頭では分かっているのに、怒りがふつふつと込み上げてきた私は気付けば、
「これまでの人がどうだったか分かりませんが、私はそんなにすぐには辞めるつもりはありません! 根性だけは人よりあるつもりですから!」
笑顔も無くし、ムッとした表情を浮かべながらそう言い放っていた。
「巴様、大変失礼致しました! すぐに下がらせますから――」
巴さんに生意気な態度を取った私に、先程以上の焦りを浮かべた如月さんが私の腕を掴んで部屋を出ようとするけれど、
「偉そうなことを。まあ金に困って応募したんだろうから、すぐには辞められないだろうな。けど、初めは皆、お前のようなことを言うんだ。今までのメイドもみんなそうだったしな」
私の言葉に苛立ったのか、巴さんから言葉が投げ掛けられたことで再び部屋に留まる羽目に。
別に否定はしない。
だって、お金に困ってるから応募したのは事実だし、そもそも困っていなければ働きになんて来ないもの。
「ええ、そうです。お金の為に来ました。だから、簡単に辞められないんです」
そう正直に答えると、彼は意外そうに目を細めた。
「はっ、開き直りか」
「そういう訳じゃありません、事実を申したまでです」
部屋の空気が更に凍りついていくのは感じていたし、如月さんも青い顔をしながら『もう止めなさい』と目配せしているのが分かったけど、私は止められなかった。
微動だにせずにじっと見つめてくる巴さん。
その瞳は相変わらず冷たい感じがするのに、先程までとはどこか違い、興味を持たれているような眼差しに感じられたけど、気のせいだろうか。
「――まあいい、そんなに言うならやってみろ。但し、あれだけ偉そうなことを言ったんだから、少しでも弱音を吐いたらすぐにクビにしてやるから、肝に銘じておけ」
「ありがとうございます! クビにならないよう、頑張ります! それと、偉そうなことを言ってすみませんでした。何もしていない段階で決めつけられるのは嫌だったので、無礼を承知で言わせていただきました」
一応、さっきの無礼な態度について詫びると、巴さんの口元がわずかに動いたけれど、それが笑みなのか嘲りなのかは分からない。
でも、どちらにしても負けず嫌いな私はとにかく頑張るしか無い、頑張って彼から良い評価を貰いたいと思った。
こうして、無事に巴さんへの挨拶を済ませた私は如月さんに腕を引かれて部屋を後にした。