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その晩、潤から電話があったのは9時を回った頃だった。
「俺だ。今から出てこられるか?」
言葉少なに言う潤の声が緊張している。
「うん。どこ?」
場所は都内のホテル。
初めて行く店ではあるけれど、迷うことはなさそう。
「今から迎うわ」
「ああ、待っている」
すでに自宅に帰り部屋着に着替えていた私は、急いで身支度をすると家を飛び出した。
今日も父さんは遅くなるらしく、誰からも行き先を聞かれることはない。
さあ、鷹文。あなたは一体どんな人になっているのかしら。
会いたいような、怖いような、複雑な気持ち。
それだけあなたは特別な人だったんだから。
私がまともに付き合った初めての人。それが浅井鷹文だった。
高校時代から名前は知っていた。
浅井コンツェルンの御曹司で、頭もいい、見た目だって悪くない。
そうなれば同世代の女子が黙っているはずもなく、彼は有名人だった。
大学に入り、私の友人だった堀内由奈が潤の彼女だったことがきっかけで会うようになり、真面目で嘘をつかない性格と引っ張っていってくれる強さに惹かれ、私から告白した。
幸せだった。この時間が終わることはないと思っていた。
8年前の事故の日まで。
***
カランカラン。
バーのドアが開き、カウンターに座る背中が2つ並んで見えた。
1人は潤。見ただけですぐにわかる。
そしてもう1人は・・・。
「ああ、悠里」
潤が気づき右手を挙げた。
「こんばんわ」
2人の間まで行き挨拶をする。
この時の私は声が震えないように必死だった。
「久しぶりだな」
大学生だった頃の幼さは消え、凜々しくたくましくなった元彼はしれっと声をかける。
なんだかとても気まずい。
この気持ちは3人とも同じだろうけれど、いたたまれない気分。
「元気そうね」
にっこりと笑顔で言ってみた。
でも、これは嫌み。
8年も姿を消していた鷹文に、一言くらい言いたかった。
それに対して、
「ああ」
ちょっと投げやりな短い返事が返ってきた。
「俺、ちょっと電話してくるわ」
この場の空気を一番感じていたらしい潤が席を立つ。
「気を使わせたわね」
「ああ」
「8年ぶりね」
「ああ」
スッと、鷹文が視線を外す。
その瞬間、私はこみ上げるものを押さえられなかった。
8年間、ずっとあなたを探していたの。そう言いたいのに、涙声になりそうで言葉が出てこない。
そんな私の様子を見て
「ごめん。突然連絡を絶ってしまって、申し訳なかった」
鷹文が辛そうに頭を下げた。
***
「付き合っていたはずの男がいきなりいなくなって、面食らったわよ」
出来るだけ明るく言う私。
「すまない」
うなだれる鷹文。
「仕方ないわ。それだけのことがあったんだから」
これが私の本音。
突然消えられた寂しさはあるけれど、正直恨む気持ちはない。
彼がどれだけ苦しんでいたかを私は知っているんだから。
「すまない」
何を聞いても同じ言葉を繰り返す。
その苦しみが今さらながら伝わってきて、
「苦労したのね」
鷹文の手に自分の手を重ねた。
「飲みましょう。今夜は8年ぶりの再会を記念して朝まで飲むわよ」
と言いながらグラスを空ける私を、マジマジと見つめる鷹文。
そう言えば、あの頃の私はお酒なんて飲めなかったものね。
でも、働き出して6年。ここ数年は1人で海外と日本を行き来する生活。
仕事をしていれば酒席だってあるわけで、飲めないではやってこられなかった。
鷹文が苦労して変わったように、私も変わったって事。
その後、潤も戻ってきて私達は朝まで飲み続けた。