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仁人がいなくなってから、何をしていても気持ち悪い。
ご飯を食べても、
眠ろうとしても、
誰かと話していても。
頭のどこかに、ずっと仁人がいる。
俺の隣にいたはずなのに。
当たり前みたいにそこにいたはずなのに。
今は、どこを探してもいない。
「……なんで」
何度も同じことを考える。
どうして俺は、あのとき仁人をちゃんと見なかったんだろう。
思い返せば、仁人はずっと俺を見ていた。
俺が誰かと話しているときも、
少し離れたところから俺を見ていた。
俺が疲れているときは、何も言わずに近くにいてくれた。
それなのに俺は、仁人が寂しそうな顔をしていることに気づいていながら、気づかないふりをした。
「勇斗、最近全然俺のこと見てくれないよね」
そう言われたことがある。
俺は笑って、
「そんなことないよ」
って答えた。
でも、本当は分かってた。
仁人が欲しかったのは、そんな適当な言葉じゃなかった。
「俺のこと、ちゃんと見てほしい」
「……うん」
「なんか最近、勇斗が遠い気がする」
「そんなことないって」
「本当に?」
そのときの仁人の顔を、今でも覚えている。
笑おうとしていた。
でも、上手く笑えていなかった。
「俺、寂しいんだけど」
小さな声だった。
俺はそれを聞いていた。
ちゃんと聞こえていた。
それなのに、
「ごめん。最近ちょっと忙しくて」
そう言って終わらせた。
仁人は、
「……そっか」
って笑った。
本当は、もっと言いたかったんだと思う。
もっと俺のそばにいてほしい。
もっと俺を見てほしい。
俺だけを見てほしい。
そう言いたかったはずなのに。
仁人はいつも、俺に嫌われるのが怖いみたいに、最後まで我慢していた。
「勇斗、俺のこと嫌いになった?」
一度だけ、そんなことまで聞かれた。
「なんで?」
「だって……前はもっと一緒にいてくれたから」
「そんなことないよ」
「でも、俺ばっかり好きみたいで嫌だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸が痛くなった。
俺だって好きだった。
むしろ、好きすぎるくらいだった。
だからこそ、俺は仁人が誰かと話しているだけで嫌だった。
仁人が他の人と楽しそうに笑っていると、どうしようもなく腹が立った。
誰かに名前を呼ばれて嬉しそうにしているのも嫌だった。
俺の知らない話で笑っているのも嫌だった。
俺以外の誰かに「ありがとう」って優しくするだけでも、おかしくなりそうだった。
仁人が誰かと二人でいるのを見ると、
「何話してたの?」
って聞いた。
「別に普通の話」
「ふーん」
それだけ。
本当は、
誰と何を話してたのか全部知りたかった。
何でそんなに楽しそうだったのか知りたかった。
俺よりその人のほうが大切なのかって、聞きたかった。
でも、そんなこと言えるわけがなかった。
重いと思われたくなかった。
面倒くさいと思われたくなかった。
だから、わざと素っ気なくした。
仁人が誰かと話していると、急に黙った。
仁人が俺のところに来ても、
「別に」
って冷たく返した。
本当は、
「俺だけ見て」
って言いたかった。
「俺以外の人とそんなに楽しそうにしないで」
って言いたかった。
「俺のことだけ好きでいて」
って、何度も思ってた。
でも言えなかった。
そんな俺の態度を見て、仁人は何度も困った顔をしていた。
「勇斗、怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあ、なんでそんな顔するの?」
「別に」
「……俺、何かした?」
違う。
仁人は何もしてない。
悪いのは俺だった。
嫉妬しているだけだった。
好きだから、取られたくなかっただけだった。
なのに俺は、その気持ちを仁人にぶつけることすらできなかった。
そして仁人は、何度も俺の顔色をうかがうようになった。
「ごめん」
って言うことが増えた。
何も悪くないのに。
俺が勝手に不機嫌になっただけなのに。
「ごめんね、勇斗」
そう言って笑う仁人を見るたびに、今なら胸が苦しくなる。
あのとき俺は、どうして抱きしめてやれなかったんだろう。
「仁人は何も悪くないよ」
そう言ってやればよかった。
「俺が勝手に嫉妬してるだけ」
って、ちゃんと伝えればよかった。
でも俺は、何もしなかった。
仁人が俺を好きでいてくれることに甘えていた。
どれだけ冷たくしても、
どれだけ放っておいても、
仁人は俺のところからいなくならないと思っていた。
だから、
「俺、寂しい」
って言われても。
「もっと一緒にいたい」
って言われても。
「勇斗にとって俺って何?」
って聞かれても。
俺はちゃんと答えなかった。
今になって分かる。
仁人はずっと、俺に助けてほしかったんだ。
俺に気づいてほしかった。
俺の隣にいてほしかった。
それなのに俺は、仁人がいなくなるまで何も分かっていなかった。
「……どうして」
部屋の中で、何度も呟く。
「どうして俺を置いていったの?」
返事はない。
「なんで勝手にいなくなったの?」
また、静かになる。
「俺、まだ何も言ってないじゃん」
声が震える。
「まだ、ちゃんと謝ってない」
仁人に言いたかった。
あのときはごめんって。
寂しいって言ってくれたのに、ちゃんと向き合わなくてごめんって。
俺以外の誰かを見ているだけで嫉妬して、勝手に不機嫌になってごめんって。
本当はずっと、仁人のことしか見てなかったって。
なのに。
もう伝えられない。
「……なんで置いていくんだよ」
怒っているはずなのに、声はどんどん弱くなる。
「俺、仁人がいなくなるなんて思ってなかった」
そんな未来、考えたこともなかった。
明日も会えると思ってた。
また話せると思ってた。
喧嘩したって、少し時間が経てば戻れると思ってた。
仁人はずっと俺のところにいると思ってた。
「勝手にいなくなるなよ……」
涙が落ちる。
「俺、まだ仁人に言いたいこといっぱいあるんだよ」
好きだった。
大切だった。
誰よりも。
誰にも渡したくないくらい。
失うのが怖いくらい。
なのに俺は、その気持ちを一度もちゃんと伝えなかった。
「……俺のこと、待っててくれてたの?」
そう聞いても、当然答えは返ってこない。
でも、たぶんそうだった。
仁人はずっと待っていた。
俺が振り向くのを。
俺がちゃんと見てくれるのを。
俺が「好き」って言ってくれるのを。
なのに俺は、最後まで気づけなかった。
「ごめん、仁人」
何度言っても足りない。
「ごめん……」
もう一度、名前を呼ぶ。
返事はない。
それでも呼んでしまう。
仁人がいなくなった現実を認めたくなくて。
あの日々が終わったなんて信じたくなくて。
俺だけが、まだあの頃に取り残されている。
仁人と笑っていた頃。
仁人が俺を見てくれていた頃。
俺が、仁人のことを誰よりも大切に思っていた頃。
あの時間に戻れたら。
今度こそ、ちゃんと抱きしめる。
今度こそ、ちゃんと見る。
「寂しい」って言われたら、絶対に一人にしない。
「俺のこと見て」って言われたら、他の誰も見ない。
嫉妬したって、隠さない。
好きだって、何度でも言う。
だから、
「……帰ってきてよ、仁人」
もう一度だけでいい。
俺の名前を呼んでほしい。
もう一度だけ、
俺の隣にいてほしい。
俺は今になってやっと分かった。
仁人を失うことが怖かったんじゃない。
仁人がいない世界で生きていくことが、
怖かったんだ。