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◻︎真澄の性格
ある夜、ふと気配がして目が覚めた。暗闇の中に、ぼんやり浮かび上がる真澄の顔があった。
「……なに?」
「えっ、あっ!」
僕の声に驚いた真澄は、充電器に繋がれていた僕のスマホを手から落とした。慌てた真澄の様子を見て、ピン!ときた。
「僕のスマホ、見ようとしてたの?」
「えっ、と…」
「勝手に?」
「ごめんなさい!だって最近のあなた、ずっとおかしいんだもの、何か私に隠してるよね?」
「別に隠してることなんてないよ」
「だって、まえはスマホにロックなんてかけてなかったじゃない?なのに……」
床に落ちたスマホを拾う僕を、疑いに満ちた目で見つめる真澄。
「最近取材してるところは、そういうコンプライアンスが徹底しててね。取材内容も決して明かさないことを約束にやり取りしてるとこが多いから。万が一落とした時のためにロックをするようにしてる」
「ホントに?だったら、見せてよ、そのスマホ。何もないなら見せて」
「何もって?」
「たとえばその、浮気とか?」
「わかった、はい」
僕はロックを解除して、スマホを真澄の前にだす。それを受け取ろうと手を伸ばした真澄の目の前で、パッとスマホを引っ込めた。
「真澄も出して、スマホ」
「えっ!」
「僕は真澄に全部見せられるよ、だから真澄のも見せてよ」
「わ、私、?」
「僕のを見るなら真澄のも見せてくれないと、フェアじゃないと思うけどな」
真澄は、自分の枕元にあるスマホを見つめている。何か思い詰めたように、唇を噛んでじっとしていた。
「どうしたの?」
「えっと、あの、友達の相談に乗ってることとかあるから、見せられない。その子のプライベートなことが書いてあるし」
「そっか。じゃあ僕のだけ見せるっておかしいよね。僕だって仕事上見せられないこともあるんだし」
「うん、ごめんね、なんか私、おかしいよね?近頃の彰君、なんだか変わった気がして、それで不安になって……。ごめんなさい」
「僕が?変わった?」
「なんだかその…うまく言えないけれど、カッコ良くなったから。だから、他の女が手を出してるんじゃないかって、心配になっちゃった。それに私の知らない彰君がいる気がして…」
___あぁ、そういうことか
合点がいった気がした、真澄という女の性格が。隣の芝生は青く見えてしまう、というか他人のモノは格上げされてよく見えてしまって、そっちの方が欲しくなる性格なのだ。だから浮気相手も《他人の夫》なのかもしれない。
それからナオとの約束の日まで、特に何事もなく過ぎていった。いや、正確に言えば、僕は身だしなみをととのえたり、新しい服を買ったりと準備をしていた。
それが真澄にはとても気になるようで、時々何か言いたそうにしていたけど、僕はあえて気にしないようにしていた。
「あのさ…やっぱり、明日はダメなの?」
結婚記念日の前の晩。
「うん、ごめん、やっとアポが取れたからこれを反故にするわけにはいかないんだ」
「そっか……」
明日の結婚記念日は、ナオとの約束の日だ。何がなんでもその日に架空のデートをすると決めていた。これは真澄に対する、ある意味での復讐かもしれない。
「真澄は?友達と出かけたりしないの?」
「あ、うん。なかなかみんなつかまらなくて。だから、どこにも行かないと思う」
___僕が仕事で遅くなるとわかっているのだから、てっきりアイツと会うのかと思ってたけど
「そうか。ごめんね、そのうち何かで埋め合わせするから」
僕は立ち上がって、真澄の頭を撫でた。まるで幼い子供に言い聞かせるように、優しく。
「うん、大丈夫。彰君はお仕事頑張って!」
「あぁ、いい記事を書くよ」
◇◇◇◇◇
今日は、ナオと約束の日だ。
待ち合わせは10時、遊園地のチケット売り場だ。もちろん探しあったりはしないけど、もしかしたらどこかですれ違ったり、何かの拍子にお互いの存在に気づいたりするかもしれないと思ったら、オシャレにも気をつかう。
髪をきちんと分けて軽く固めて、黒縁のかっちりした伊達メガネをかける。紺と白のストライプのシャツに麻のジャケットを羽織る。玄関の姿見で確認して、おろしたての靴を履く。
「もう行くの?」
「うん。遅くなるかもしれないから、先に休んでてね」
じゃあとドアを開けようとしたら、真澄に腕を掴まれた。
「え?なに?」
「あ、えっと。アレ、ほら、取材用のパソコンやカメラは?いつものバッグを忘れてるから」
デートなんだから、そんなモノは必要ないんだけど。
「今日は、そんなモノは必要ないんだ。行ってくるよ」
「……行ってらっしゃい」
真澄から見たら、今日の僕は怪しさ満点だろう。真澄が僕の行動を気にするようになったから、僕はわざとスマホを身につけてやたらにいじっていた。もちろんそれはナオとのやり取りのこともあったけど、それ以外にネットサーフィンだけをしていることもあった。
そして僕は今日のために髪型をととのえ新しい服を買い、普段はかけない伊達メガネをかけ、ご丁寧に香水とやらも身にまとってみた。
ずっと真澄のことばかりを気にしていた頃とは違い、どちらかといえば真澄の行動など、何の気にもしていないと真澄には見えていただろう。言葉にこそしなかったけれど、僕が浮気をしていると思っているに違いない。だからこそ、僕のことが気になっているのだ。