リアムと出会ってから十日が経った。毎日移動を続け、そろそろイヴァル帝国の国境を抜ける。この国にいる限り命を狙われると思っていた僕は、国境を越えたらリアムから逃げようと決心した。
しかし十日も一緒にいると、リアムの素性が気になってきた。その内に話してくれるかと待っていたけど、どうやらリアムから話すつもりはないらしい。その代わり僕のことも詳しく聞いてはこない。出自のよくわからない僕を妻にできるのかと一度聞いてみたが、できると即答された。
「今のフィーが好きだから素性はどうでもいいよ。まあ…気にならないと言えば嘘になるけど」
そう言って笑ったリアムの笑顔は、すごく眩しかった。
僕はリアムは太陽のようだと思った。輝く金髪もそうだけど、性格が太陽のように明るくて眩しい。ならば逆に僕は月のようだと思った。僕の銀髪は冴え冴えとした冷たい印象を持つ。それに愛された記憶のない僕は、実際冷たいのだと思う。
明るいリアムの傍にいることが、僕は少し楽しくなっていた。と同時に辛くもあった。彼の明るさが眩しすぎる。時おり、どう接すればいいのかわからなくなる。そんな僕に対してリアムは、常に明るく優しく接してくれる。そうされればされる程、リアムがなぜ僕を気に入ったのかが理解できなかった。
明日には国境を越える。明日、夜になってリアムが眠ったら逃げよう。
そう固く心に誓い、隣に並ぶリアムに不審に思われぬよう、ロロの首を撫でた。
翌日、隣のバイロン国に入った。僕は通行証を持っていなかったが、リアムの通行証だけで同行者の僕もすんなりと入国できた。その際、バイロン国の役人がリアムに最敬礼をした姿を見て、やはり位の高い貴族なんだと確信した。
無事に国境を抜けて安堵の息を吐いた僕を振り返り、リアムが笑う。
「もう大丈夫だぞ。この国でおまえに無体を働く者なぞいない」
「なんでわかるの?」
「俺が傍にいるからな」
「リアムが強いからってこと?」
「まあそれもあるが違うぞ。この国で俺に逆らう者がいないからだ」
僕は目を丸くする。
「もしかして…ここはリアムの国?」
「そうだ。俺はフィーのいたイヴァル帝国の隣国、バイロン出身だ」
「そうだったんだ」
だからか…と納得する。通行証は身分によって作りが違う。リアムの通行証は、この国の高貴な者が持つ作りだったんだな。まあイヴァル帝国を出たことの無い僕は、通行証なんて見たことがないけど。
ロロの背中で頷く僕に、リアムが不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「リアムは…この国の偉い人なんでしょ?いい服を着てるし、今もリアムといたから通行証を持ってない僕も入ることができた…」
「まあな。フィーの服も良い生地を使ってるじゃないか。しかし宿に泊まる度に洗ってもらっていたが、やはりそれ一着じゃ不便だ。ということで服を買いに行くぞ」
「え?僕の?」
「そうだ。とびきり綺麗なのを買ってやる!」
「ええっ!待って待ってっ、リアム!」
リアムは僕の声など聞こえないかのように馬を飛ばしてしまう。
今この隙に逃げようかと思ったが、ここにはまだ国境警備の役人がいる。僕は仕方なくロロの脇腹を蹴ってリアムの後を追いかけた。
「疲れた…」
僕はベッドに倒れ込み、大きく息を吐く。
高級そうな服飾店に入り、何度も何度も着替えをさせられた。そして買うにしても一着でいいからと、張り切るリアムを説得するのにも疲れた。
「でも…何だか楽しそうだったな」
僕が新しい服を着る度に、リアムが嬉しそうに頷いていた。リアムが次々と選んで着ろといい、どれもよく似合うと笑って全部を買おうとするから驚いた。僕は必死になって止めた。
そもそも旅の途中だから、いっぱいあったら邪魔になる。そして僕は煌びやかな服が苦手だ。なぜなら女装をしてドレスを着ていたからだ。だから今の質素な服の方が好きなんだ。
僕が頑なにいらないと首を振り続けると、リアムが可哀想なくらいに落ち込んだ顔をした。
それを見た僕は何だか申し訳なくなって、つい「リアムの城に着いたらたくさん買ってよ」と言ってしまった。それを聞いた途端にリアムが再び嬉しそうな顔に戻った。
僕はつられて微笑みながら、同じ高貴の出でも育つ環境でこうも違うのかと胸が痛くなった。
「フィー、寝てるのか?」
店でのことを思い返していると、リアムが部屋に戻って来た。僕のひどく疲れた様子を見て、宿の人に軽食を用意してもらっていたのだ。
僕は返事をするのも億劫で、寝たふりをする。すると机の上に食器を置く音がして、リアムが近づいてきた。
ベッドが音を立てて沈み、リアムが僕を上から覗き込んでいる気配を感じる。目を開けようかと思ったその時、ふわりと髪を撫でられた。
「おまえが嫌がるから止めたけど、本当は美しいドレスを買ってやりたかった」
髪を撫でていた手が今度は頬に触れる。とてもやさしい手つきに、僕の身体が小さく震える。
「おまえはどんな格好でも可愛いけど、ドレス姿は堪らなく可愛いだろうな。なぜ嫌がるのだ。まあ確かにドレスで馬には乗りづらいだろうが…。あ、でもやはり止めて良かったかもしれない。フィーのドレス姿なんて見たら皆が惚れてしまう。だから俺以外には絶対に見せられない」
僕は今度は可笑しくなって身体を震わせた。
リアムは何を言ってるんだろう。僕のドレス姿なんてただの女装だよ。それに国では僕のドレス姿を見たからといって、誰も好きにはなってくれなかった。見とれる人はいたけど好きにはなってくれなかった。だって僕は呪われた子だから。それなのにリアムは何を言ってるんだろう。
「フィー?もしかして起きてる?」
僕は横向きだった身体を仰向けにして目を開けた。すぐ目の前にリアムの端正な顔がある。
「ごめん、起きてた」
「なんだ…聞いてたのか」
リアムの耳が赤く染まっている。珍しい反応に、僕は思わず手を伸ばしてリアムの耳に触れた。その手が大きな手で掴まれ、美しい紫の目に映る僕の顔が近づいてくる。そして唇に柔らかい感触がした。
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