「ん…」
鼻から甘い息を吐いて、僕の肩が震えた。
唇に触れた柔らかい物はすぐに離れ、リアムが僕を見つめながら頬を撫でる。
「フィー…好きだ」
「……」
僕は答えることが出来なかった。
だって好きというものがどういうことか知らない。リアムの傍は心地よいけど、それが好きという感情からきてるのかわからない。それに…僕は男だ。僕を女と思って好意を向けてくれるリアムと結ばれることはない。
だから本当は、今も押し返すべきだった。触れさせてはいけなかった。だけどなぜか僕は動けなかった。リアムにキスされても嫌じゃなかった。むしろもっと触れていたいとさえ…。
「……え?」
「ごめん…嫌だった?」
「…リアムのばか」
「えっ?ごめんっ!」
リアムが慌てて上半身を起こし、あたふたと焦っている。
僕はリアムを睨みつけながら、ドキドキと高鳴る鼓動に気づかれないように、ゆっくりと呼吸を整えた。
もっと触れていたいってなに?どういう感情?ああそうか。姉上ともっと話したいとかラズールに傍にいて欲しいとかと同じ感情なのかも。そっか…。僕はリアムを家族みたいに思ってるのかな。
そう考えたら何だか滑稽になって、僕はふふっと吹き出してしまった。
「フィー?怒ってない?」
「うん。びっくりしたけど怒ってないよ。でももう、僕の断りなくするのはやめて」
「くっ…わかった。次からは断りを入れてからにする」
「うん、そうし…て?」
あれ?これって断りを入れたならキスしてもいいってことじゃないか!僕はなに頷こうとしてるの?
僕も慌てて起き上がり、両手を胸の前で交叉させる。
「違っ!今のは間違い…っ」
「駄目だ。もう言質をとったぞ」
リアムが僕の両手を掴み太陽のように明るく笑う。その顔がとても眩しくて目がくらくらする。
僕は両手を掴まれたまま顔を伏せた。しかしすぐに耳朶に何かが触れて「フィー」と楽しそうな声がする。リアムの唇だ。僕は逃れるように反対側に頭を逸らした。するとあらわになった首を強く吸われた。
「あっ…」
「甘…」
何度も何度も吸われてついに我慢ができなくなった僕は、両手に力を込めてリアムの胸を押した。
リアムは押されるままに僕から離れ、両手を合わせて再び「ごめん」と謝る。
「フィーが可愛いし甘い匂いがして我慢できなかった。調子に乗った。本当にごめん。フィーがいいって言ってくれるまでもう触れない」
「ほんとに…?我慢できるの?」
「うっ…できる!」
黙っていればとても美しく凛々しい姿のリアムが、ベッドの上で正座をして僕に謝ってる姿が可愛くてとても面白い。僕は片手で口元を押さえ、思わず声を出して笑った。
僕を見てリアムの腰が浮き手を伸ばしかけたけど、ギュッと拳を握りしめて耐えていた。本当に約束通りに我慢している姿に、僕は目を細めて笑い続けた。
翌朝、賑やかな街を出て大通りを外れ、人があまり通っていない細い道へと入った。
王都に向かうにしてはずいぶんと寂しい道だ。それにリアムから逃げるには、人通りが多い方が都合がいい。だからもしリアムが気の向くままに進んでいるだけなら、再び大通りに戻って欲しいと思い馬をリアムの隣に並べた。
「ねぇ、どこに行くの?この道の先にリアムの城があるの?」
「ん?ないよ」
「えっ?城に戻ってるんじゃないの?」
「ああ。まだ戻らない」
「じゃあどこに…」
「フィーのイヴァル帝国とは反対側のトルーキル国に行く」
「…どうして?」
「俺は諸国を旅していると話しただろう?イヴァルとその向こう側の国には行ったが、反対側はまだだ。だから俺の妻になるのはもうしばらく待っていてくれ」
僕はロロの手綱を引いてリアムの馬の後ろに下がった。
それを見たリアムも手綱を引き、僕の隣に並ぶ。
「どうした?そんなに早く俺の妻になりたかったのか?ふむ、フィーがどうしてもと言うならすぐに城に戻って式を挙げても」
「違うよ」
「え?」
このまま放っていたら本当に城に戻って式を挙げそうな勢いだ。
僕はロロの足を止めると、まっすぐにリアムの目を見つめた。
「リアム、僕はリアムの妻になると承諾していない。だから旅が終わってもリアムの城には行かない。なんなら旅の途中で僕を放り出してもらってもいい」
「嫌だ」
「…え?」
リアムは馬の身体が触れるくらいにピタリと寄ってきて、左手で僕の右手を握りしめた。
「俺はフィーを放さない。放したくない。傍にいて欲しい。妻になって欲しい。でも…無理強いはしない。フィーがその気になってくれるまで待つ。だから…一緒に来てくれ」
「リアム…」
あまりにも真剣な眼差しに、僕はつい小さく頷いてしまった。
途端にリアムが安堵したように笑って、顔を寄せて僕の頬にキスをする。
「あっ!我慢するって言ったのに!」
「無理だっ!フィーが可愛すぎて無理だっ」
僕はリアムの顔を押し退けた。しかしその手を掴まれて手の甲にもキスをされてしまう。唇が触れた所が熱くてこそばゆくて、僕は慌てて手を引いて胸の前で固く握りしめた。
リアムがポンっと僕の頭を軽く撫でてゆっくりと進み出す。
「さっ、行くか。この先少し怪しい森を抜ける。俺から離れるなよ」
「…わかってる」
僕は先を行くリアムの広い背中を見ながら、胸の中が痒いような変な気持ちになって、トントンと拳で胸を叩いた。
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