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俺は、スマホを鞄に突っ込んだ。
……馬鹿らしい。
アリウム?
紫の花?
未来の俺?
どう考えても、
悪質なイタズラだ。
誰かが、俺の投稿を見て、
それっぽい言葉を並べてるだけ。
偶然だ。
全部。
そうじゃないと、
困る。
俺はもう一度、
教室を見回した。
笑い声。
机を叩く音。
窓から入る風。
ちゃんと、ある。
現実だ。
せっかく――
せっかく学生時代に戻れたんだ。
俺は迷わない。
今度こそ、
ちゃんと笑う。
ちゃんと話す。
ちゃんと選ぶ。
後悔しない方を。
チャイムが鳴る。
放課後。
ミオが振り返って言った。
ミオ「ねえ、帰ろ」
その一言が、
胸に落ちる。
夢の中と、
同じ言い方。
同じタイミング。
……だからなんだ。
同じでいい。
同じがいい。
「うん」
俺は即答した。
ユウが、
少しだけ遅れて立ち上がる。
ユウ「俺、今日は用事あるから」
その声が、
夢より低かった。
でも、
気にしなかった。
⸻
昇降口。
夕方の光が、
床をオレンジ色に染める。
俺は、
あの名前のない席の方を
一瞬だけ探して――
やめた。
探す必要なんてない。
ここは、
やり直しなんだから。
ミオ「どこ寄る?」
ミオが聞く。
「どこでもいい」
本心だった。
どこへ行くかより、
“今ここにいる”ことが
大事だった。
靴を履き替える。
立ち上がる。
その時、
背後で声がした。
××「……あれ?」
小さな声。
振り返ると、
あの子がいた。
名前の出てこない、
あの子。
ミオ「どうしたの?」
ミオが聞く。
その子は、
困ったように笑った。
××「靴、 片方ないんだけど」
俺は、
反射的に口を開きかけて――
止まった。
名前。
今、
呼べそうだった。
呼んだら、
自然だった。
でも、
アリウムの言葉が
頭をよぎる。
――呼んだら終わり。
俺は、
視線を逸らした。
「ロッカー、 間違えてない?」
冷たい声。
自分の声なのに、
少し驚いた。
その子は、
一瞬だけ
俺を見た。
何か言いたそうに。
でも、
何も言わなかった。
××「……そうかも」
そう言って、
昇降口の奥へ
歩いていく。
足音が、
途中で消えた。
本当に、
途中で。
ミオは、
何も気づいていない。
ミオ「早く行こ」
腕を引かれる。
俺は、
逆らわなかった。
外に出る。
空が、
少し紫がかっている。
ミオ「きれいだね」
ミオが言う。
俺は頷く。
その瞬間、
ポケットの中で
スマホが震えた。
見ない。
見なくていい。
これは、
俺が選んだ時間だ。
せっかく、
戻れたんだから。
でも。
帰り道の途中、
何気なく窓を見ると、
校舎の一階。
窓際に、
ヒヤシンスが見えた。
茎が、
完全に折れていた。
花は、
まだ落ちていない。
落ちていないのに、
もう立っていない。
その状態が、
なぜか――
胸に悪かった。
スマホが、
もう一度震える。
今度も、
見なかった。
見なかったことに、
した。
それが、
俺の選択だ。