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やがて、ふわりとした感触が背中を包む。
嗅ぎ慣れた自分の部屋の匂い、ベットの感触。 心地良くてすぐに布団を顎の辺りまで上げてかぶった。
「大丈夫か?」
と、優しい声がした。夢の中の八木は随分と真衣香に甘い。
だから、ぽつり、ぽつりと本音がこぼれ落ちてしまう。
「あのね、八木さん。 私も悪いんですよ、坪井くん……だけ、じゃ、ないんです」
「……急にどうした、なんの話だ?」
真衣香の言葉に、優しい声は反応を返してくれた。
「冗談……だったん、ですよ、坪井くん。なのに……真に受けてしまって。一緒にいたあいだ、嬉しかったのは私だけで……嫌な思いさせてたのかなぁ、って」
「…………あのなぁ、どうしてそうなる」
深く大きなため息と一緒に、大きくひんやりとした手が真衣香の額に触れて、髪を撫でて、火照った頬を包んだ。
「坪井は、なんで、こんな女を泣かせるかねぇ。 理解できねぇな」
冷たくて気持ちがいい。なのに、暖かい。
不思議な感覚が真衣香を包む。
夢ならばと、その手に縋り付いた。
「八木さん、どう、どうしよう、まだ……、坪井くんを見たら、ドキドキしたんです」
夢の中の八木は真衣香の手を振り解いたりはしなかった。
「なんで、もうドキドキしたって無駄……、なのにっ」
ポロポロと涙が溢れて、流れた。 大きな手が撫でるようにしてそれを拭い取る。
「アホか、まだ何日も経ってねぇんだから」
そう言って八木は真衣香の頭を小突いた。
夢の中の八木も、やっぱり変わらず少し乱暴だ。
「衝撃の大小はあってもなぁ、世の中みんな経験して乗り越えてるから」
乱暴だけど、声は、優しくて。
「その時は無理だ、絶対忘れられねぇって思うんだよ。 みんな同じだ、お前だけは無理だなんてそんなことねぇから、大丈夫だ、絶対。 大丈夫だから負けんなよ」
――その言葉どおり、真衣香も乗り越えていけるんだろうか。
この胸の痛みを。忘れたくても、何をしても消えてくれない脳裏の中、浮かぶ彼を。
「はいぃ……」
涙まじりに返事をした真衣香に、八木は静かに言った。
「鍵、ポストに入れとくから起きたら取れよ」
頷いて、真衣香はにっこりと笑顔になる。
何日ぶりかに、笑えたような気がした。
「あり、がと……ざいます、八木さ、ん」
眠気から、たどたどしくなってしまったように思うが、精一杯の感謝を伝えると。
いつも真衣香を雑に扱う八木からは想像もできない……。そんな優しい笑顔が視界に入った。
朦朧とした意識が見せた幻か、はたまた夢か。
現実ではないのかもしれないけれど。
優しさが、こんなにも潰れそうな心に染みるなんて真衣香は知らなかった。
そして、恋の傷がこんなにも、全てを支配するなんて、知らなかったんだ。
(でも乗り越えなきゃ……、私が立ち直らなきゃ坪井くんも気が重いでしょ)
薄れていく意識の中で、繰り返し聞こえたのは『頑張れ、負けるな』と言った八木の声。