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洗濯がうまくいかなかったとカメさん、落ち込んでいる。
「俺は何のために生きているのか、分からなくなりました」
別に洗濯するために生きてるわけちゃうやろ!
どいつもこいつもウザイねん。いい加減にしろや!
さすがにそんなことは口に出せない。
カメさん、見るからにズズン……と暗い。
スーパーハウスキーパーとしてのプライド、ズタズタらしい。
「このKILLTシャツが異常なんや! 重ッ!」
ズシッとくる。
重さで手首を持っていかれそうや。
赤短パンもまた然り。
何の素材でできてるんや、コレ。
総重量20キロはあろうか。
手足首のアンクルだけじゃなく、かぐやちゃんは衣服にも恐ろしく負荷を与えて鍛えているらしい。
そう、全ては実戦に備えて。
「洗濯を失敗するようでは、俺はハウスキーパー失格だ……」
カメさんは褒められると育つタイプだと、アタシは薄々気付いていた。
失敗すると途端に落ち込む。
可哀想で見ていられない。
見苦しくて見てられない。
「カ、カメさんは天才や。ナンバーワン・ハウスキーパーやもん。ダントツや。カメさんのおかげでお姉のゴミ……きたな……ご、へ……部屋がどんだけ救われてるか……。感謝しても足りんわ。いや、て言うか、そもそも何でかぐやちゃんの洗濯をアタシらがするねん。本人にやらせたらいいやん!」
クソー! この忌々しいKILLTシャツ。あのデンパ野郎め!
蘇る負の記憶。
足裏のダメージはまだ癒えない。
「いつか復讐してやる……!」
アタシは心に誓っていた。
しかし褒めまくったおかげか、カメさんは瞬時に立ち直っていた。
この人も勝手な人や。
「俺について家事を学べばいいですよ、リカさん」
「……はぁ、ありがたいことです」
疲れるわ、この人。
週イチの契約で来る筈のカメさん、しかし連日入り浸っている。
お姉が散らかすから、見張ってないと不安らしい。
それはいいけど、なぜかアタシを助手か何かと思ってるらしく、家事のサポートや、コインランドリーへの同行を強要するのだ。
2人でアパートに帰り、アタシはカメさんについてお姉の部屋へと入った。
幸いなことに、この部屋の変態住民は留守のようだ。
うらしまは会社、お姉は買い物か?
アタシは勝手に冷蔵庫を開けた。
「カメさん、ゴメンな。冷蔵庫こっそり使わせてもらって」
隅の方にアタシの秘蔵のチョコレートが、キレイなラップ(リボン付)にくるまれて隠してある。
このリボンはカメさんの仕業やな。
ストレス緩和効果のあるチョコを、アタシはガリガリ食べた。無心で食った。
実はアタシの部屋には冷蔵庫がないのだ。
「これから夏にかけて食べ物腐るから不安やわ。冷蔵庫欲しいけどお金ないし。お姉に借りたらマジでショバ代とられるしな」
「でもこちらの冷蔵庫も限界のようです。奥に入れていた刻みネギが凍っていました」
うらしまが寝ぼけてソレを食べてたらしい。
想像すると何だか怖い光景やけど、アタシには関係ない話や。
カメさんは尚も何か言いかけるが、アタシは知らん振りしてチョコを片手に自分の部屋に帰った。
「ただいまー、桃太郎。お土産あるで……アレ?」
部屋の中はシン……としている。
桃太郎がいない。
いつもウザイくらいに部屋に居座っている桃太郎が。
そういや例の雨乞いの一件以来、かぐやちゃんになついて竹やぶに出かけたりしているっけ。
「イェッヘーイ!」
久々の1人をアタシは謳歌した。
この部屋、1人きりだと広く感じられる。
「イェーイ! 広―いお部屋でローリングぅ! そぉーれ、ゴローン!」
コローンと前転してたら、押入れのフスマが数ミリ開いた。
一寸法師が顔を強張らせてこっちをじっと見てる。
アタシと目が合うと、ピシャッとフスマを閉めた。
我に返って恥ずかしくなり、アタシは最後の前転を途中でやめた。
その時だ。
「アッ!」
奥歯に激痛が走った。
ガクリとその場に横になる。
「どうしたでゴザル、リカ氏?」
法師が慌てて駆けてきた。
「歯、歯が痛い……」
噛んでたチョコレートが虫歯にへばり付いて強烈な痛みが。
前から冷たい物がしみて、ヤバイと思っていた所や。
「アアッ、歯が……歯がッ!」
口で息をするのも痛い。
スースーと空気が触れるだけで痛い。
「拙者、リカ氏の口の中に入ってチョコレートを剥がすでゴザルよ」
法師が妙なことを言い出した。
「やめて! そんなん気持ち悪い! 気持ち悪いからやめて!」
さっきまで何ともなかったのに。
突然のこの激痛は何や?
「クソゥ! 歯医者はキライやねん」
アタシはドンと床を叩いた。
「幼稚園のころ、怖い歯医者に行ってしもてん。ヘンな病院で、診察室が和室やねん。障子で仕切られた狭い個室の中に診察の椅子があるんや。怖くて泣いてるアタシはオカンと離されて一人で連れて行かれて。暴れるから危ないって言ってベルトで手足を固定されて、更に看護師さん三人がかりで押さえつけられたんや。コレ、ホンマの話やで!」
「そ、そうでゴザったか」
「その後、何年もあの時の夢見てな……。何回も何回も見てるうちに、医者の顔面がピカーッと光るようになってきてん。こりゃもう完全にトラウマやで?」
あれ以来、歯医者には行ってない。
歯が痛くなると薬を詰めて誤魔化している。
しかしそれも限界のようだ。
「アカン! アカンって! 絶対行かない。歯医者だけは怖いねん。歯医者に行くくらいなら宇宙の彼方に消えてしまいたい」
「宇宙の長い歴史に比べたらリカ氏の一生など、ほんの一瞬でゴザル。その中で歯医者の時間など一瞬の中の一瞬ではゴザらぬか」
法師がアタシの口を覗き込む。
「そんな慰め方せんといて! 否応なしに怖さ倍増や! ああぁ、いっそ人間に歯なんてなかったらいいのに! 人類総入れ歯ならいいのに」
虫歯になったら部分交換。
痛んできたら全交換。
眼鏡みたいなもんや。
数年に1回、オシャレ感覚で入れ歯を交換する文化。
ピンクの歯とかラメ入りの歯とか、ダイヤモンドの歯なんてのも出てくるかも。
それなら歯を選ぶのも楽しいやろ。
そんな世の中になったらいいのに。
恐怖のあまり、アタシはヒドイ妄想を口走っていた。
「グー! ググーッ!」
窓の外からはかぐやちゃんの腹の音が響く。
更に玄関前には人の気配。
扉をドンドン叩くのはカメさんや。
アタシを追ってきたらしい。
「ずっと考えていました。確かにリカさんの言う通り、俺のおかげでこのアパートはきれいに生まれ変わることができたと思います。でもまだ足を踏み入れていないエリアがあるのです。気になって気になって仕方がありませんッ!」
そんなんどうだっていいねん!
「ググーッ、グググーッ!」
外からはムカツクくらい大音響の腹の音が。
あの人、最近は腹いっぱいにごはん食べてるやんか。
どういう胃袋してんねん!
「リカさん、付いてきてください。掃除エリアが」
アタシは「ガーッ!」と吠えた。
威嚇の叫びや。
「今はそれどころちゃうわァッ!」
「34.最後の刺客・根田太郎登場~不毛アパート全員集合!」につづく