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──放課後。

誰も触れてこない空気に、静かに塗り潰されていく教室。


音だけが残っていた。椅子の擦れる音。鞄のファスナー。

それすら、どこか遠くに感じた。

耳に届いているのに、鼓膜の奥で反響しない。


動けなかった。

教科書を開く意味も、鞄を手に取る理由も、もうなかった。

生徒という枠に自分だけが収まっていないような、そんな疎外感。

まるで、ここにいること自体が、間違いのようで。


窓の外ばかりを見ていた。

けれど実際には、どこも見ていなかった。

木目。埃。傷ついた机の縁。その一点に視線を固定させておかないと、

ばらばらになりそうだった。


名前が呼ばれる。

一瞬、心臓が跳ねた気がした。でも──顔は上げない。


あれは、きっと他人の名前だ。

自分のような人間に、あんな声は届くはずがない。


「……お前、今日のこと──」


その言葉に、内臓を掴まれたような感覚が走った。

今日のこと。

あの空気。あの言葉。あの視線。


それを知ってる顔で、こんなふうに声をかけてくる人間が、

まだ、この世界に残っていること自体が、痛かった。


爪が机を抉る。

指先にだけ力を集めないと、今にも崩れそうだった。


「“好き”とか、“守る”とか……そんなん、他人に言われるもんじゃねえだろ」


その言葉に、反応したのは身体だけだった。

微かに指が震える。

でも、それだけ。


——違う。

守られたいと思った。あのとき確かに、思ってしまった。

誰でもよかったわけじゃなかった。

あいつの声が欲しいと、願った瞬間が、確かにあった。


「勝手に決められて、勝手に潰されて──そんなの、ただの暴力だ」


暴力なのは、こっちの方だ。

そんなふうに思わせてしまう自分の方が。


汚れていると思っていた。

触れられたいと思った過去も、

無理だと思っていた癖に、信じたかった夜も──全部、自分の甘さだ。

間違った願いだった。

願ったこと自体が、加害だった。


「お前が“気持ち悪い”とか、“抱かれたかった”とか……そんなの、全部、嘘だ」


その言葉に、目の奥がぐしゃっと崩れた気がした。


違う。

嘘じゃない。

気持ち悪かった。

でも、望んでしまった。


それが、いちばん気持ち悪かった。

嫌悪と渇望を同時に抱いて、

それを抱えたまま、あいつを“救い”だと思ってしまった自分こそ──最悪だった。


なのに、それを「全部、嘘だ」なんて。


違う。

おまえの前でだけ、

本音も、汚さも、見せたかっただけなんだ。


信じてくれると言われて、

息が詰まった。


信じられたくなかった。

そんな資格はない。


何も言えなかった。

言葉を返すことすら、贅沢すぎた。


だから、鞄を取った。

無言で立ち上がる。

反応を返すこと自体が、図々しい気がした。


出口の前で、一瞬だけ迷う。

でも、振り返らない。

その瞬間に期待を含ませてしまいそうだったから。


あいつの視線が背中に刺さっているのを、知っていた。

それが、唯一の“温度”だった。

教室という冷却された牢獄の中で。


でも、振り返ることは、赦されない。

まだ、生きていてもいいのかさえ、自分では判断がつかなかったから。


——どうか、

もう少し、黙っていてほしい。

今はまだ、言葉が刺さる。


全部、全部、まだ……

心に入ってくるには、痛すぎるから。



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