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チラリと先程矢を向けられていた男性を見れば、まだ青ざめて、坪井を眺めていた。


そんな視線に坪井は見向きもせず。


「あー、鈍ってんなぁ」と呟き、少し離れたところに放置されていた丸イスを、ガタガタと引きずりながら近付けて真衣香の隣に座った。


そして当たり前のように腰に手を回して、ギュッと引き寄せられる。


(ひ、人前でも距離が近い……)


いまだ触れ合いに慣れることができないでいる。

ドキドキと胸を高鳴らせながら見上げると、満足げな笑みが見えた。




甘い気持ちが広がって、けれど、苦味が上から降ってくるような。


そんなふうに。


笑顔と、向けられる優しさにいまいち喜び切れないのは何故だろうかと考える。


自分がわがままだからなのか。

それとも、坪井と咲山の距離感がおかしいのか。


経験のない真衣香には判断がつかない。


わからないまま坪井が持ってきてくれたグラスに真衣香が口をつけると、ジッと見つめ問いかけられた。


「どう?飲めそう?」


「う、うん。甘くて、美味しいよ。ありがとう」


いまいち落ち着かない心を隠すように、元気に答える。


「そ、よかった〜。お前今日帰り際忙しそうだったもんね、飲みたい気分だったんなら安心した」


スラリと伸びる脚を組んで、その膝元に肘をついて真衣香を見る優しい瞳は、言葉のまま本当にホッとしたような表情だ。


「そうそう、これは? こっちも甘めのやつ。ここのマスターさ、俺の友達の先輩なんだけど。強面だったろ? なのに甘いカクテル、すっげぇ得意なんだよ」


クスクス笑い声を上げながらイタズラっぽく笑顔を作って、別のグラスを真衣香に差し出した。


ミルク勝ちなカフェオレのような色をしたカクテルに素直に口をつけた。


バニラの風味が口に広がり、心地いい苦味が少し残る。


「わぁ、甘くて美味しいね、キャラメルっぽい!」


「だろ〜? ベイリーズミルク。カルーアよりコーヒー感ないし、お前好きそうかなって思って作ってもらってきた」


「わざわざありがとう。坪井くんの分は?」


ニコニコと楽しそうに真衣香にカクテルを飲ませる坪井は、死角部分に置かれたジョッキを体勢を少しズラしながら指した。


「ビールも持ってきたから大丈夫」


それを、一口飲んでから「あ、そうだ」と何かを思い出したように何度か瞬きをして、真衣香の腰に回している手に力を込める。


触れ合う個所が、むず痒くも幸せだと感じる。 そんな真衣香の心を彼は知っているのだろうか。


頬が、熱を持つ。


「甘いカクテルだとさ、前一緒に行ったバーの方がうまいんだよね、今度また行こうな」


”今度”という、未来の話が、今の真衣香には嬉しく、どこか救われる気分になり自然と笑顔になった。


つられたように、坪井もまた笑顔になる。


本日やっと、ほんの少しだけ、デート気分を味わえた真衣香だった。

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