そんな真衣香達が会話をしている隣では、ダーツゲームを楽しむ咲山やその友人達がいて、楽しそうな声が店に響いている。
先ほどまでの微妙な空気も、お酒や、ゲームの盛り上がりなどで消えてきた頃。
真衣香の隣をようやく離れ、仲間たちと談笑する坪井の姿に安心した真衣香は席を立ちトイレへと向かった。
やっと友人達と楽しめているのだ。
邪魔をしたくはなかった。
辿り着いたトイレの中は、一面シルバーのラメが散りばめられた黒い壁に覆われて、大きな鏡のゴールドの縁がキラキラと輝きを放っている。
(こ、こうゆうお店はトイレまでオシャレなんだな……)
なんとなく居心地悪く、いそいそと鏡を見て軽く化粧直しをしていると、ドアが開く音がする。
鏡越しに背後を見れば、咲山の姿があった。
「さ、咲山さん?」
振り返ると、鼻筋通った綺麗な小顔が笑顔を作った。
その笑顔に何故だか、ギクリと心臓が鳴る。
後ずさりたくなる、この気持ち。
やはり真衣香は咲山に対して脅威を感じ、苦手意識を持っているようだ。
「涼太に守ってもらって、余裕だねぇ。立花さん」
笑顔の咲山から発せられている声は、うんざりと吐き捨てるようで。
靴のかかとをトイレのタイル床でコツコツと鳴らしている。その雰囲気から、表情とは掛け離れた苛立ちを感じ取った。
「えっと……」
「でもさ、調子乗らない方がいいと思うんだよね。あ、これアドバイスだよ」
ドアにもたれて腕を組み、咲山は真衣香を睨んだ。
アドバイスと言いながらも睨まれる経験は、これまでになかったのではないだろうか。
「アドバイス、ですか?」
「そ。涼太ね、私と別れてから何人か彼女らしき女いたんだけど。でも私が会いたいって言えば会ってくれてた、別れても平気でお互いの家行き来して」
いきなり始まった話の内容に、驚愕し、何も口を挟めなでいる真衣香を見つめて。
満足そうに咲山はニヤッと口角を上げ、笑顔を深めた。
その表情の変化に、敢えて詳細を付け加えるとしたなら。
目の前の人間の不幸を糧に作られている、ような、笑顔。
「立花さんが彼女でも、涼太はきっと他の女のとこにも行くよ。立花さんだけのものにならないよ」
「そ、そんな……。坪井くんはそんなこと」
『そんなことしない』と言いたかった真衣香の声を遮って咲山は真衣香へと問いかけた。
「涼太に、好きって……言われたことある?」
「……え?」
唐突な質問だった。
馬鹿正直に思い返そうと、沈黙した真衣香の答えを待たずに咲山は続けた。
「ないんじゃないかなぁ。涼太、自分に好意的でそこそこタイプの女なら、み~んな可愛いんだよ。分け隔てなく優しくて、大切にしてくれて、でもさ」
続きを、聞きたくないと思うのに。
真衣香はある事実に行き当たってしまい、声を出すことができないでいる。
結果、咲山の声に耳を傾けてしまっていた。
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