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第7話:独占欲の芽生え(極限濃密・最終ロングバージョン)
昨夜の、すべてを無慈悲に押し流そうとした激しい豪雨が嘘のように、翌朝の空は抜けるような鮮やかな青に染まっていた。
洗われたばかりの空気はどこまでも澄み渡り、校庭の隅に並ぶ木々の葉が、朝露を抱いて宝石のようにキラキラと眩い光を放っている。
けれど、私の胸の奥底には、あの密閉された薄暗い部室の、湿り気を帯びた熱気が重たく澱んだまま、どうしても消え去ってはくれない。
(……おはよう、って。昨日までみたいに、普通に言えるかな……。なかったことに、できるかな……)
校門をくぐる足取りが、目に見えない鉛の鎖を引きずっているように重い。
周囲を行き交う生徒たちの賑やかな話し声が、今の私には妙に遠く、現実味のない雑音のようにしか聞こえなかった。私は無意識のうちに、制服の第一ボタン付近を指先で何度も、何度も、生存確認をするように確かめていた。
鏡で見なくても、肌に刻まれた記憶だけで鮮明にわかる。あの時、激しい雨の音に紛れて、角名先輩が執拗に、そして深く刻み付けた「独占の痕」が、いまもドクンドクンと熱を持って、私の柔らかな肌を支配し続けている。
「……おはよ。四ノ宮。顔、すごい赤いよ。……熱でもあるんじゃないの?」
背後から、低く、少し鼻にかかった気だるげな響き。
聞き慣れたはずのその声に、今は心臓を冷たい指先で直接鷲掴みにされるような、激しい戦慄が走る。
振り返ると、角名さんが眠たそうな三白眼をわずかに細めて、私のすぐ隣、肩が触れ合うほどの、親密すぎる距離に音もなく立っていた。
「あ、か、角名先輩……っ。おはようございます……っ」
私は逃げるように視線を斜め下、自分の靴の先へと逸らす。けれど、彼はそれを決して、慈悲深く許してはくれなかった。
校門付近には、登校中の生徒たちが波のように押し寄せている。教師たちの監視の目もそこかしこにある。
なのに、角名さんは平然とした鉄面のまま、私の細い肩に大きな、節くれだった腕を回すと、抗うことを諦めさせるような力で、自分の方へと強引に引き寄せた。
「っ……、角名さん、……みんな見てますっ、離して……っ」
「見てればいいじゃん。……別に、後ろめたいことしてるわけじゃないし。……ねぇ、紬。昨日、俺があんなに丁寧に教えてあげたこと、まさか一晩寝て忘れたわけじゃないよね?」
彼は私の耳元に、唇が触れるか触れないかの限界まで顔を寄せ、鼻先が私の頬の産毛を掠めるほどの至近距離で囁く。
登校中の喧騒が、一瞬にして真空状態のように遠のいていく。私の世界には、今この瞬間も、彼の高い体温と、彼が放つ独特の「毒」のような、清潔でいてどこか熱を帯びた香りが満ち満ちていく。
「……これからは、俺の視界から一歩も外に出るなって言ったでしょ。……他の奴と一言二言喋る時も、まずは俺に許可取って。……分かった?」
「……っ、そんな……無理です、学校なんですよ……っ」
「無理じゃないよ。……君が俺のものだって、俺がこの手で、周囲の認識ごと全部、俺の色に書き換えてあげるから。……ほら、前見て」
角名さんは、私の肩に置いていた手を、ゆっくりと、わざとらしく数秒かけて首筋へと滑らせた。
長い指先が、あの「痕」を正確に、慈しむように、そして他者を威嚇するように執拗になぞる。
全身の皮膚が粟立ち、心臓が肋骨を激しく叩く。周囲の生徒たちが「あの二人、いつの間にあんな仲に?」「付き合ってるの?」と、さざ波のようなヒソヒソ声を漏らすのが聞こえる。
けれど、角名さんはそんな周囲の反応など、最初からこの世に存在しないかのように、欠片も興味がないようだった。
昇降口までのわずかな距離。
彼は私の歩調を無理やり自分に合わせさせ、誰にも、一瞬の隙間さえ割り込ませないほどの、密着した暴力的なまでの距離感で歩き続ける。
教室に入ってからも、彼の「独占」は終わらなかった。
授業の合間の短い休み時間になるたびに、彼は私のクラスの入り口に音もなく現れ、ただ黙って、スマホをいじるフリをしながら、私という獲物を監視するように窓ガラス越しに眺めている。
他の男子生徒が私にプリントを渡そうとしたり、軽く冗談を飛ばそうとしたりするたび、角名さんはその男子を「今すぐ排除すべき不快な侵入者」として、底冷えするような、射殺さんばかりの冷たい視線で射抜くのだ。
「……四ノ宮。それ、俺の好きなパン。……半分、ちょうだい。お腹空いたんだけど」
昼休み。彼は当然のような顔をして私の席の真横に陣取り、私の食べていた菓子パンを一口、わざとらしく、私の指が今しがたまで触れていた、まさにその場所を選んで、ゆっくりと、愛おしそうに齧り取った。
間接キス。
クラスメイトたちが驚きで一斉にざわつく中、角名さんは満足げに目を細めると、私の指先に残ったパンの僅かな屑を、自分の舌で、密やかに、けれど執拗に、ねっとりと時間をかけてなぞり取った。
「……甘いね、紬。……君の味がする。……これ、明日からも俺が半分食べるから。勝手に決まりね」
攻略不可の先輩による、逃げ場のない公然の「マーキング」。
芽生えたばかりの彼の独占欲は、もう誰にも、そして彼自身にさえ止められないほど、深く、暗い根を私の平穏な日常の隅々にまで張り巡らせていた。
「……放課後。……昨日と同じ場所、鍵を閉めて待ってるから。……遅れないでね」
立ち去り際、彼は私の耳元で、約束ではなく、拒絶を許さぬ「呪い」のような命令を残していった。