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放課後を告げる無機質なチャイムの音が、誰もいなくなった廊下に、重く、虚しく響き渡る。
部活動へと向かう生徒たちの騒がしい足音が遠ざかり、校舎は夕闇に飲み込まれる直前の、耳が痛くなるほどの不気味な静寂に包まれていた。
(……行かなきゃ、いけないんだよね。……角名、先輩のところへ。逃げられないんだよね……)
心臓が、喉の奥を力任せに突き破らんばかりに、激しく、不規則に脈打つ。
廊下の大きな窓から差し込む、燃えるようなオレンジ色の夕日が、私の影を長く、歪に引き延ばして足元に這わせている。
私は逃げるように視線を落とし、震える指先で制服のスカートの裾を白くなるまで握り締めながら、一歩、また重たい一歩と「あの場所」へと足を進めた。
バレー部の部室。
昨日の激しい雨の記憶が、壁や床の隅々にまで染み付いているかのような、重苦しく、湿り気を帯びた空気。
鉄の扉の前に立ち、震える手を伸ばそうとした瞬間——微かに「カチャリ」と、内側から鍵が開けられる乾いた音がした。
「……遅いよ。四ノ宮。待ちくたびれて、嫌なことばっかり考えてたんだけど」
扉が開いた刹那、そこには練習着姿の角名さんが、壁に背を預けて立っていた。
逆光の夕闇の中に沈む彼の三白眼は、獲物をじっくりと待ち構えていた肉食獣のように、底知れない、ドロりとした執着の色を宿して私を射抜いている。
「っ……、すみません、……っ、角名、さん……っ、少し、準備に時間が……っ」
「いいよ。……入って。早く。誰かに見られたいの?」
背中を冷たい、硬い鉄の扉に押し付けられ、閉まる音とほぼ同時に、再び鍵が「カチャリ」と、私の逃げ道を完全に断つように掛けられた。
逃げ場はない。
窓から差し込む、細い一本の夕暮れの光が舞い踊る狭い室内で、彼の巨大な影が、私の視界を、そして存在そのものを完全に飲み込んでいく。
「……ねぇ、紬。今日の昼休み、教室で俺のこと、ずっと見てたでしょ。……他の男に馴れ馴れしく話しかけられて、泣きそうな、不安そうな顔してさ」
角名さんが、音もなく、ゆっくりと私との距離を詰めてくる。
一歩近づくたびに、激しい運動を終えたばかりの彼の高い体温と、清潔な石鹸の匂い、そして彼特有の狂おしいほど熱い香りが私の鼻腔を支配し、思考をドロドロに麻痺させていく。
「……そんなこと、してません、……っ、私は、ただ、……っ」
「嘘。……俺には全部、透けて見えてるんだよ。……君が俺の視線から必死に逃れようとして、でも結局、どこにいても俺のこと探しちゃうの。……可愛いね、本当に」
彼は私の細い腰を、骨の感触を確かめるように両手で掴み、強引に、長机の上へと押し上げた。
足が宙に浮き、不安定な姿勢のまま、視線の高さが彼と全く同じになる。
至近距離で見つめ合う彼の瞳は、暗く、澱んだ熱を帯びていて、私は蛇に睨まれた蛙のように一歩も動けなくなる。
「……今日の『教育』は、昨日よりもっと深く、身体の芯まで教え込んであげる。……君が誰のものか、骨の髄まで、一生忘れられないように。……いい?」
角名さんの、長く、骨ばった白い指先が、私の首筋に生々しく残る「昨日の痕」を、わざとらしく、時間をかけてじりじりとなぞり始めた。
全身の皮膚が粟立ち、指が触れる場所から、火がつくように熱くなっていく。
「……っん、……あ、角名、さん……っ、だめ……っ」
「いい声。……今はもう、誰もいないから。……もっと、俺の名前、呼んでいいよ。……昨日みたいに、雨が君の端ない声を隠してはくれないけど。……ねぇ?」
彼は意地悪く三白眼を細めると、私の首筋、昨日よりもさらに目立つ、制服の襟では隠しきれない場所に、今度は一生消えない契約でも交わすかのように、深く、熱く、自分の唇を暴力的なまでに押し当てた。
柔らかな唇の感触と、その奥に潜む、私を粉々に砕いてしまいたいという狂おしいほどの独占欲。
「……紬。君、俺にこんなことされるの、本当は期待してたんでしょ。……ほら、身体が、こんなに俺を求めて震えてる。……隠せてないよ、君」
角名さんの耳元での低い囁きが、私の積み上げてきた最後の一片の理性を、粉々に打ち砕いていく。
攻略不可の先輩による、逃走を永久に許さない「秘密の放課後」。
私は、彼の逞しい腕の中で、角名倫太郎という名の底なしの、けれど心地よい沼に、さらに深く、深く、永遠に沈んでいくことしかできなかった。