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結局、引っ越すことにした。狭いものの実家を出てきてからずっと住んでいた場所だから少し寂しい__が、悔しいことにあいつが用意した新しい住処はかなり魅力的だった。
何より、おれが返事を出す前に買ったというのだから責任をもって住まなければ。……いや。ルームシェアの誘いに対して返事を待たせはしたがほとんどあいつが勝手にトントン拍子に契約やら何やらを進めた訳で、無理矢理あいつの策略にはめられたと言っても良いぐらいなのだから、おれに責任は無いかもしれない。
とはいえ。
その策略に見事ハマってしまった現状を悪くは思っていないのだから、おれはそこそこ、あいつのことが嫌いではないのだと思う。
ただ、あいつは頑なに同棲と言い張るが、これはルームシェアだ。
あいつはおれを愛しているのだと何度も言うけれど、おれは佳依を愛してはいない。嫌いではないし無関心でも無いのだから好きではある。お互いに同じ想いを抱いていないのだから不誠実だ。
でもあいつはそれでも良いと言う。「佐久が俺を愛していなくても、俺が佐久を愛することを受け入れてくれるのならそれだけで良い。それに、君は俺を好ましく思っているでしょう。それだけで俺は何よりも幸せだよ」と。頭が痛くなるほどに不誠実で不健全だ。
だから、これはルームシェア。ひとりの男とひとりの男が、利害の一致の上で同じ家に住むというだけ。
たったそれだけ。
出会いは数年前の勤務中。単純にホストがウチに来ること自体は特段珍しい事では無いが、向こうの通りのでかい店のナンバーワンだかツーだかといった有名なホストが、この中堅のコンカフェにひとりで足を踏み入れたのだから、店は大騒ぎだった。しかも、かの大物ホストの”ケイ”が、特別目立ちもしていなかったおれを目的に店を訪れたのだと。
大混乱だ。同じ街の有名人なのだから、そりゃあ名前くらい知っている。どデカい看板でも顔を見たことがある。ウチの客に彼の姫だっていたはずだ。
それよりも何よりも混乱したのが、おれは彼と全く接点がなかったことだ。当たり前だろう。中堅コンカフェ務めのおれと、超売れっ子有名ホストのケイ様。どこでどう知り合おうってんだ。
だがどんな人間であれ、出禁以外は入店した時点で客は客。おれに会いに来店くださったのであれば、きちんと仕事として対応しなければならない。おれはいちキャストの”サキ”として席に案内した。……の、だが。座るやいなや開口一番、「君に一目惚れをしたんだ。俺と付き合って欲しい」、と。
店によるがキャストと客が付き合うだのどうだのという話は出禁問題に触れかねない。今までも同じように口説いてくる客がいた。テンプレ通りに当たり障りなくお断りしたいところだったのだが、あいつは街全体を揺るがす爆弾発言を投下し、その爆風の渦中におれを巻き込みやがった。
「君に惚れたから、今日でホストを辞めるつもりなんだ。……ああいや、サキくんの答えによって変わることでは無いから気負わないでね。もう辞めることは決めてるんだ。もう俺は君しか見えてないから、ホストはできないと思って。
それで、どうかな? サキくんの好みもあるだろうけど、俺は本気で今、君に告白しているのだけれど」