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射撃訓練場へ向かう途中の廊下で、アレクシアは黒髪黒目の男性と、銀髪赤目の小さな少女とすれ違った。彼らは医療服を着ていて、医療棟からやってきた。
「それで体に異常は?」
「ブーストドラッグによる影響が残っている。やはりもう戦闘は無理なようだ」
「もう雄二が戦わなくて良いのは、素直に喜ばしいのだけれど、やっぱり心配ね」
「姉ちゃんこそ、体に異常とかないのか?」
「私? 私は平気よ。筋肉自体は衰えてしまっているけれど、それもリハビリを経て復調したし。コピーへの躾も問題なし。今では貴方より元気よ」
「そうか、それは何よりだ」
「そういえば貴方、養成所の教官依頼が来ていたけれど、あれはどうしたの?」
「断る前に、ある男にそういうのは大人の俺達に任せろ。今までがんばった分、家族と一緒に幸せになれ、と言われた。話してみて、信用できる男だと思った」
「へぇ? 貴方には及ばないけど良い男の台詞ね。その彼の名前は?」
「槙島慎也。公安局の元刑事だそうだ」
たきなはそんな話を聞き流す。今度は紫髪の高校生くらいの女子と、髪の長い線の細い青髪の青年が歩いてきた。
「マスター! やっと検査終わったよー!」
「お疲れ様。でも駄目だよ? いくら面倒だからって定期検査を後回しにしちゃ。苦しむのは自分なんだから」
「うううう、でも、なんか色々やだし」
「わがまま言わない。定期検査をサボって、それが原因で不幸が起こったら悔やんでも悔やみきれないよ。だからこれからはちゃんと受けること。これは命令だよ」
「うん、わかった。マスター」
男女のコンビは珍しいな、と純粋な興味で視線を向ける。ここはエージェントの場所だ。だから男は少ない。
しかし、逆に大人の女性同士を見るのも珍しかった。
金髪に派手な赤い口紅に着崩した白衣を纏った女性と、黒いスーツに黒いネクタイ、黒髪をポニーテールにした整った容姿のクールな女性の二人組がたきなの背後を歩いていく。
「あのさー、私がいくら優秀な厚生省公安局総合分析室総合分析官で、医療にも知識があるとはいえ、いくらなんでも別部門ともいっていい積極的防衛局の定期検査まで駆り出さないでほしいのよねー」
「今までの上層部はいつも利権争い、下はそれに付き合わされてきた。だけどラジアータ、パノプティコン、タナトスで日本は人間による派閥の概念がなくなり、一枚岩になった。後ろに敵がいないのは、私としては楽だけど」
「三つの最高に素晴らしいシステム様の仕事は認めるけどさぁ。その分、サボる時間が無くなっちゃったのよね」
「仕事はサボらない。でも、その分、定時に上がれるようになって一緒に帰ったり、休日の合わせが楽になったから、一緒にいられる時間が増えて私は嬉しいわよ」
「まぁね。今までは上の無茶振りに振り回されたからね」
「護衛としてこうして一緒に居られるのも、システムのお陰よ。私達の関係を公的に認めてくれるし、関係が良好なら共にいることを推奨して手回しもしてくれる」
「私達の相性はパーフェクトってことね」
「ええ。貴方の命は私が守るし、私の社会的な命は貴方が守ってくれる。反社会的な活動をして捕まった私を、貴方が見出して助けてくれた。そして恋に落ちた」
「ふふ、そう考えると人間よりシステムによる統治のほうが素晴らしいわね」
色々な人がいるんだな、と思いつつたきなは視線を射撃訓練場に視線を戻す。すると、そこにはセカンドエージェントの制服を纏った少女がいた。
「いやー、ここヤバいっすね。色んな組織の色んな人たちが集まって、まるでカオスっすよ。しかもやばい。何がやばいって、口したら消されるレベルでやばい」
「そんなに機密レベルの高い人たちなんですか?」
「え? 知らないっすか。セカンドレベのエージェントなのに? まぁいいや、ども~っす。グレイ・ザエルっす。アンタ、命令無視した挙句仲間にブッ放したって本当っすか~?』
それにアレクシアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「うっわマジなんすね」
「違う……私は……」
「やっぱ敵より味方撃つのがより燃える~、みたいな?」
煽るように、からかうように、言う。
「やめてください」
「おっとおっかない。撃たないでくださいよ。あ、殺しの時しか笑わないんだって?」
『誰がそんな嘘を……」
「いやぁ~あーしは好きっすよ?映画の殺人鬼みたいでかっこいいっす! あははは! まぁ安心してくださいよ。先輩が抜けた穴は後任の私がしっかり埋めますから」
「後任?」
「あれ? 聞いてなかったっすか? 自分がこれからフキさんのパートナーを務めるっす。味方殺しのあんたの席はもうないっすよ」
アレクシアは、様々な感情が湧き上がり震える。その瞬間、高圧的な声がかけられる。
「ふたりとも、そこまでにしなさい」
その声の主は鼻から頬にかけてソバカスがあり、髪をサイドアップにして左にシュシュでまとめあげている。しかしそれでもかわいいと言える顔立ちをしている。
「誰っすか、アンタ」
「厚生省公安局刑事課長兼統括監視官、神威海燕」
「うえっ!? すげぇお偉いさんじゃないっすか!?」
「味方殺しのエージェントの件は聞いています。独自の判断で行動し、味方と情報源を潰した」
それにアレクシアは顔を伏せ、グレイ・ザエルは勝ち誇ったように笑う。
「けれど、それを裁くのは彼女の上司であって貴方ではないわ。それに今回の件の不祥事の責任を取る形でDA本部から支部に人事異動されている筈です。なら、罰は受けたものとして、それを責めるのは筋違いというものよ」
「けど、こいつは仲間を殺したんすよ!」
「セカンドなら貴方にも情報開示されているでしょう。作戦中にハッキングがあり、通信ができなくなっていた。それにセカンドが人質に取られてすぐにでも助けなければ確実に仲間が殺される状況であったとも」
神威海燕は真っ直ぐに言う。
「独断専行と仲間殺しと情報源の三つの罪と責任、それは上層部が正式に罰を下し、本人もそれを受け入れている。本人のメンタルや状況からも意図した仲間殺しではないのは明らかです。故に、この話は上層部が罰を与えた時点で終わりであり、貴方が文句を言う立場にはありません。身の程を弁えなさい」
「わかりました、すいません」
「味方殺しが近くにいる怖さも理解できるわ。私も、そうだったから。でも、それで貴方のキャリアを棒に振ることはないわ。貴方は、ただ任務に集中して生き残りなさい。そうできるように、私達がいるのだから」
神威海燕は、どちらの気持ちも理解していた。だからこそ、一介のエージェント同士の言い争いに介入したのだろう。
「じゃあね」
そう言って去っていった。