テラーノベル
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後輩の若手実況者は、ガッチマンにフラれたことで逆にタガが外れたのか、収録現場でのアプローチが常軌を逸して加速していた。
「ガッチマンさん! 今日の衣装、僕が選んだやつ着てほしくて持ってきました!」
「ガッチマンさん、喉乾いてませんか? 蜂蜜レモン作ってきたんで飲んでください!」
もはや隠す気も、空気を読む気もない。隙あらばガッチマンの視界に割り込み、ずけずけと踏み込んでくる。
だが、それ以上に変わったのは牛沢だった。
あの日、牛沢が放った「奪えるもんならやってみろ」という言葉は、単なる強がりではなかったらしい。
「……ほら、ガッチさん。台本の確認、こっちでやろ」
牛沢は、若手がガッチマンの隣を陣取ろうとするより早く、ガッチマンの左腕を掴んで自分の隣へと引き寄せた。椅子を隙間なく並べ、物理的に他人が入り込む余地をなくす。
「あ、うっしー……。ありがと。でも、そんなに近くなくても見えるよ?」
「いいの。こっちの方が集中できるから」
牛沢は平然と言い放ち、ガッチマンの肩に自分の肩を預けた。
若手が反対側から「ガッチマンさーん!」と割って入ろうとしても、牛沢はそちらを見ることすらしない。ただ、ガッチマンの持つ台本を一緒に覗き込み、時折「ここはこうする?」と、耳元で囁くように低い声で話しかける。
「……ねぇ、キヨくん。今の見た?」
「見た。うっしー、完全に『俺のガッチさん』アピールしてるわ。若手の攻撃を全部無効化してる…」
スタジオの隅で、キヨとレトルトがまたしても観戦モードに入っている。
若手が「ガッチマンさん、これ……」とお菓子を差し出せば、牛沢が横から「あ、それ俺も食いたい。俺にもちょうだい」とガッチマンの手から直接奪い取る。
若手が「ガッチマンさん、次回のコラボですけど!」と食いつけば、牛沢が「あぁ、それならもう俺と話通してるから。後で資料送るわ」とシャットアウトする。
そんな、自分を巡る戦争のど真ん中で、ガッチマンはたじたじになっていた。
「え、えぇ……? うっしー、今日なんかすごいくっついてくるじゃん…。……あと、君も、そんなに顔近くなくて大丈夫だよ……?」
右からは熱烈な「好き好きアピール」の弾幕、左からは「独占欲」を隠さない親友の重圧。
ガッチマンは、両側から挟まれる形になり、逃げ場を失って眉を下げている。
特に牛沢の変貌ぶりには、ガッチマンの鈍感なセンサーさえもが異常を検知し始めていた。
今までは「友達」としての一線を守っていたはずの牛沢が、今は明らかにその一線を踏んで、自分に執拗に干渉してくる。
「……うっしーも、さっきから距離、近くない?」
ガッチマンが小声で尋ねると、牛沢は台本から目を離さず、答える。
「……あいつに『何もしない人』って言われたから。何もしないのは、もうやめたんだよ」
「……えっ?」
ガッチマンの心臓が、跳ねるように脈打つ。
牛沢の横顔は冷静に見えるが、その瞳には、若手のそれよりもずっと深くて重い熱が宿っていることに、ガッチマンはようやく少し気づき始めていた。
「うわ、わわ…。どうしよう、レトさん。ガッチさんが茹でダコみたいになってる」
「うっしー、攻めたね〜〜。これ、若手くんが出る幕、もう一ミリもないんじゃない?」
若手が必死に「ガッチマンさん! 僕を見てください!」と叫んでも、ガッチマンの意識は、隣で自分を離さない牛沢の体温に、完全に持っていかれていた。
収録が終わり、スタジオから多くのスタッフやキヨ、レトルトの姿が消えた。もう最小限のスタッフしか残っていない。
後輩も、牛沢のあまりのガードの固さに「今日はこれくらいにしておきます……!」と、悔しそうな顔をして捨て台詞を残して帰っていった。
静まり返ったスタジオ。機材の微かな排気音と少量の足音だけが響く中、ガッチマンは椅子に座ったまま、ぼーっと天井を見上げていた。
(……何だったんだ、今日一日。……疲れた……)
右からの猛アタックと、左からの鉄壁の威嚇。その中心にいたガッチマンの心労は計り知れない。
特に牛沢だ。あんなに、片時も離さず側に居てくれた。
(うっしーは……友達として、俺が困ってるのを見て、守ろうとしてくれてるんだよね、多分。純粋な、善意で……)
何度も自分に言い聞かせる。けれど、あの時囁かれた「何もしないのは、もうやめたんだよ」というセリフ。あの射抜くような瞳。
(……俺のこと好きなのかも、とか、……普通に失礼だよなぁ。……うわー何考えてんの、自意識過剰すぎる。相手はうっしーだぞ? 十年以上の付き合いの……)
照れくささがこみ上げて、ガッチマンは顔を両手で覆った。
でも。もし、もしも後輩の言ったことが本当で、うっしーが本当に自分のことを――。
「……何、一人で茹だってんの。ガッチさん」
不意に、すぐ後ろから声がした。
ガッチマンがビクッとして顔を上げると、いつの間にか戻ってきた牛沢が、椅子の背もたれに手を置いてこちらを覗き込んでいた。
「う、うっしー! 忘れ物?」
「いや。……ガッチさんを置いて帰るわけねーだろ。あいつがまた外で待ち伏せしてたらどうすんだよ」
牛沢は相変わらず、不機嫌そうな顔をして呆れたように言う。
その牛沢にとっては当たり前のようなその過保護さが、今のガッチマンには毒のように効いた。
「……ありがと。でも、うっしーも忙しいのに。俺のためにこんなに……。……なんか、ごめんね」
「謝んないでよ。……それにしてもあの後輩、相当しつこいな」
牛沢は隣に座りグッと距離を詰めた。
逃げ場を塞ぐようにして、顔を近づける。あの居酒屋の夜よりも、ずっと確かな意志を持って。
「……だから、俺が守るから。しばらくはずっと俺が隣に居るから、覚悟しといて」
「……っ……」
「覚悟」
その言葉は、ただの守護にしてはあまりにも独占欲に満ちている。
ガッチマンは、目の前にある牛沢の瞳から目を逸らせなかった。
これが友達としての善意だとしたら、あまりにも過剰で、あまりにも思わせぶりだ。
でも、もしこれが、「自分を後輩に奪わせないための行動」なのだとしたら。
「……う、うっしー。それって、……」
「何」
「……いや、なんでもない……。……うん。よろしく、お願いします……」
ガッチマンは、パンクしそうな頭をどうにか動かして、それだけを絞り出した。こんな人のいる場所で確認できるはずもない。
ガッチマンの顔はもう、隠しようがないほど真っ赤だった。
牛沢は、その様子を見て満足げにフッと口角を上げると、ガッチマンの肩を軽く叩いて立ち上がる。
「よし!帰るよ、ガッチさん。……家まで送るから」
「……うん……」
歩き出す牛沢の背中を追いかけながら、ガッチマンは自分の心臓の音がうるさくて仕方がなかった。
勘違いだと思い込もうとしても、繋がれた視線の熱がそれを許さない。
何もしないのをやめた牛沢と、牛沢の気持ちに気づかされそうになっているガッチマン。
二人の友達という関係は、後輩という異物の介入によって、ただの友達には戻れない場所へと、確実に歩みを進めていた。
夜の静寂が包むガッチマンの自宅前。
街灯の淡い光が、二人の影を長く地面に引き伸ばしていた。
牛沢に送られ、玄関の鍵を取り出したところで、ガッチマンの足が止まる。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさく鳴り響き、このまま帰ってしまったら、一生後悔するような――そんな得体の知れない予感に突き動かされていた。
「……う、うっしー」
「ん?」
ガッチマンは、うつむいたまま、牛沢のコートの袖をぎゅっと掴んだ。
「うっしーってさ……その、違ったら聞き流してほしいんだけど。なんて言うか……」
顔が熱い。頭が沸騰しそうだ。それでも、今日一日の牛沢の行動を思い返すと、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……俺のこと、好きだったり、する……?」
言い終えた瞬間、ガッチマンの頭は真っ白になった。
何を言っているんだ、俺は。相手はうっしーだぞ。今の言葉で、十数年の友情が壊れたらどうするんだ。
「――っ、や、やっぱ今のなし!!! 忘れて! おやすみ!!」
恐怖に負けたガッチマンは、高速で手を離すと、逃げるように家の中へ飛び込もうとした。
だが、それよりも早く、ガッチマンの手首を強い力が掴み取った。
「……ちょっと、勝手に帰んないでよ」
低く、少しだけ焦ったような牛沢の声。
ガッチマンがビクッとして振り返ると、そこにはいつもの余裕をかなぐり捨て、真剣な瞳をした牛沢が立っていた。
「…う…うっしー……」
「……もし、そうだったら。……ガッチさんは、どうする?」
牛沢は逃がさないように手首を掴んだまま、静かに問いかけた。
ガッチマンは目を泳がせ、赤くなった顔を左右に振る。
「ど、どうって言われても……。か、考えたことなくて。そんな、うっしーが俺を……なんて……」
「……じゃあ、今考えて」
牛沢が一歩、距離を詰める。
その圧迫感に、ガッチマンは背中をドアに押し付けた。
「あの後輩の時みたいにさ。『好きじゃないしな』とか、『男だからどうやって断ろうかな』とか……。俺に対しても、そう思う?」
牛沢の声は、ひどく穏やかで、残酷なほどに核心を突いていた。
ガッチマンは、自分の胸の奥に手を当てるように、必死に答えを探す。
後輩に言われた時は、申し訳なさと「どう断るか」という悩みしかなかった。
けれど、今。目の前で自分を追い詰めている牛沢に対して、そんな拒絶の言葉は、一欠片も浮かんですらこない。
「……お、思わ、ない……」
「……え?」
「断ろうなんて……思わない。……わかんない、わかんないけど、うっしーにそう言われても……別に、嫌じゃ、ない……」
ガッチマンは泣きそうな顔で、けれど逃げずに牛沢を見つめ返した。
牛沢の目が見開かれ、掴んでいた手首の力がふっと緩む。
「嫌じゃないってことはさ。俺にはチャンスあるって、自惚れてもいい……?」
牛沢が、噛み締めるような低い声で尋ねた。
ガッチマンは、あまりの心臓のうるささに眩暈を覚えながら、震える唇を動かす。
「……うっしーって、俺のこと、ほんとに……」
言い終わる前に、牛沢の手がガッチマンの口元をそっと塞いだ。
言葉を遮られた驚きで目を見開くガッチマンを、牛沢は真っ直ぐに見つめる。
「好き。俺はガッチさんが、好きです」
それは、今までどんな収録でも、どんな冗談でも聞いたことがない、牛沢の魂が乗ったような真剣な告白だった。
数十秒、いや、数分にも感じられる沈黙。
ガッチマンの瞳は、困惑と熱に浮かされて激しく揺れていた。
うっしーが、俺を?
こんな、ただのおじさんの俺を?
友達だと思って笑い合っていたあの時間は、全部、うっしーにとっては恋だったの?
俺は、それを聞いて、……どう思った……?
頭の中が、かき混ぜられたようにぐちゃぐちゃになる。
そんなガッチマンの混乱をすべてお見通しだというように、牛沢は静かに笑うと、塞いでいた手をゆっくりと離し、ガッチマンを解放した。
「……ゆっくり考えて。ガッチさんが、どうしたいか決めて」
牛沢は一歩下がり、自分たちが保っていた安全な距離まで戻る。
「拒絶でも、俺はあの後輩と違って、ちゃんと受け入れるからさ。ガッチさんに嫌な思いはさせない」
そう言い残し、牛沢は潔く背を向けて歩き出した。
あまりに引き際が良すぎて、ガッチマンは手を伸ばしかける。 だが、数歩歩いたところで、牛沢は一度だけ振り返り、夜の闇に溶けるような、最高に優しい笑顔を見せた。
「でも、この世界で一番ガッチさんのことを好きなのは俺だから。それだけは、覚えておいて」
その言葉が、呪いのようにガッチマンの心に深く突き刺さる。
「……おやすみ。今日寒いし、あったかくしなね」
いつものように自分の体調を気遣う言葉を残して、牛沢の背中は夜道に消えていった。
一人、玄関の前に残されたガッチマンは、寒さも忘れて呆然と立ち尽くしていた。
「世界で一番、好きだ」
後輩に言われた時とは、重みが、熱が、何もかもが違った。
(…………世界で一番って、……俺が、散々、うっしーに言ってきた言葉じゃん………。)
ガッチマンは、冷たくなった自分の手を、熱くなっている自分の頬に当てた。
牛沢の執念と、後輩の特攻。
それが重なり合って導き出された答えを、ガッチマンが受け入れるまで、あと少し。
夜風は冷たいはずなのに、ガッチマンの胸の奥だけは、いつまでも消えない火を灯されたように熱いままだった。
コメント
2件
おほー(^^ω) これは天才の小説ですね、ふむ、やっぱり天才ですね 口角下がらなくなったので天才です なので口角下がらなくなったらみんな天才になります あなたは天才だ