テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
511
61
風が、吹いていた。
さっきまでの激しさが嘘みたいに。
ただ、静かに。
アルトは動けなかった。
その場に座り込んだまま。
フィリアも、何も言わずに隣にいる。
歌の余韻だけが、まだ空気に残っている。
――そのとき。
「……シオン……」
かすれた声が、響いた。
フィリアが顔を上げる。
少し離れた場所。
崩れた地面の中で――
クレハが、膝をついていた。
身体は、ほとんど動かないはずなのに。
それでも、無理やり起き上がっている。
「……シオン」
もう一度、名前を呼ぶ。
返事は、ない。
当たり前なのに。
「……ねえ」
震える声。
「どこに行ったの?」
沈黙。
風だけが答える。
クレハの肩が、小さく揺れる。
「……また」
ぽつりと零れる。
「また、ひとりで……」
唇を噛む。
血が滲む。
「シオンは、いつもそう」
笑おうとする。
でも、うまくいかない。
「何も言わないで」
声が、崩れる。
「ひとりで全部抱えて……」
拳が震える。
地面に、爪が食い込む。
「……私には、何もくれなかった」
その言葉は、責めているようで。
本当は――
寂しさだった。
ゆっくりと。
クレハが立ち上がる。
ふらつきながら。
その目は、どこか遠くを見ていた。
「……じゃあ」
小さく、呟く。
「シオンがいないなら……」
その手に、光が集まる。
刃が、形作られる。
でも、それは――
誰かに向けられていない。
自分自身へ。
フィリアの目が、見開かれる。
「……やめて」
一歩、踏み出す。
クレハは、微笑む。
壊れそうな笑み。
「だって」
静かに言う。
「もう、意味ないでしょ」
その言葉は、空っぽだった。
「守る人も」
「隣にいる人も」
「全部、いなくなった」
刃が、胸へと向けられる。
「だから――」
その瞬間。
「だめ!!」
光が、弾ける。
フィリアが、クレハの腕を掴んでいた。
刃が、止まる。
あと少しで届く距離で。
「……離して」
クレハが言う。
力は弱いのに。
その声は、どこか強い。
フィリアは、首を振る。
「離さない」
「絶対に」
クレハの目が、わずかに揺れる。
「……なんで」
フィリアは、まっすぐに見る。
「ひとりじゃないから」
その一言。
クレハの呼吸が、止まる。
「……何言ってるの」
かすかに笑う。
「もう、いないよ」
フィリアは、強く首を振る。
「いる」
「ここに」
自分の胸を指す。
「ちゃんと、残ってる」
クレハの瞳に、涙が滲む。
「……残ってるだけじゃ、意味ない」
フィリアは、少しだけ近づく。
「意味は、これから作るの」
静かな声。
でも、揺るがない。
「シオンがいなくなったから終わりじゃない」
「シオンがいたから、続くの」
クレハの手から、力が抜ける。
刃が、崩れる。
光になって、消える。
「……ずるい」
ぽつりと、零す。
「そんなこと、言われたら……」
涙が、溢れる。
「……死ねないじゃない」
フィリアは、少しだけ息を吐く。
「うん」
小さく、頷く。
「死なせない」
クレハの膝が、崩れる。
そのまま、フィリアに支えられる。
声を殺して、泣く。
壊れるみたいに。
でも――
今度は、ひとりじゃない。
その頃。
別の場所では。
リュシアとノクスが、構えていた。
目の前には、変わり果てた花人たち。
動きが止まることなく、襲いかかっていたはずの存在。
――が。
「……止まった?」
ノクスが呟く。
花人たちの動きが、ぴたりと止まっていた。
まるで、糸が切れたように。
リュシアが、ゆっくりと武器を下ろす。
「……シオンが……」
静かに言う。
その声には、理解と――
少しの寂しさ。
花人たちは、その場に立ち尽くしたまま。
動かない。
敵意も、意思も、何もかもが抜け落ちたように。
風が吹く。
戦いの音は、もうどこにもない。
終わりは、唐突だった。
でも。
完全な終わりじゃない。
何かが、確かに残っている。
壊れたまま。
それでも――
続いていくものが。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!