振り向くと、ラズールが僕に続いて玄関から出てくるところだった。
「ラズール、ゼノとどこに行ってたの?」
「街の酒場へ」
「お酒を飲んだの?珍しいね」
「無理に連れて行かれたんですよ。俺は一杯しか飲んでません」
「もっと飲んで楽しめばよかったのに」
「とんでもない。フィル様のことが心配で早く帰りたかったのに、ゼノ殿がしつこくて困りました。ところで…眠れませんか?」
ラズールが階段を降りて僕の隣に並ぶ。
「うん…。ごめんね、起こしちゃった?」
「大丈夫ですよ。起きてましたから。…もしかして身体に異変が?」
「身体が…痛いんだ」
「痣が…ですか」
「そう。びっしりと棘がついてる蔦で身体をきつく縛られてるみたい。それに痛みが強くなったり遠のいたりで、波がある」
僕は再び月を見上げて、玄関前の階段に座る。
ラズールが隣に座りながら「俺も座っていいですか」と僕の髪に触れた。
「ふふっ、もう座ってるじゃないか」
「そうですね。フィル様、第二王子には、呪いのことを話されたのですか?」
「話したよ。リアムね、僕のために泣いてくれたんだ」
「そうですか」
「僕を一人にはさせないって言ってたけど……無いとは思うけど、僕が死んだ後に、もしもリアムが無茶をしようとしたら止めてね」
「さあ?俺はすぐにあなたを追いかけますので、その後に第二王子がどうしようが知りません。ただ、フィル様の後を追いかけて来られては迷惑なので、ゼノに頼んでおきます」
「じゃあゼノに、おまえのことも止めるよう、僕が頼んでおくよ」
「ゼノが止めるよりも早く、俺はあなたを追いかけますよ」
ラズールが僕の銀髪を手のひらに乗せ、顔を寄せる。そして銀髪にキスをして、まっすぐに僕を見つめてくる。
僕はラズールと目を合わせて、ため息をついた。
「はぁ…、おまえがそんな顔をしてる時は、意志が固い時だ。何を言っても意志を曲げない。ラズールには、トラビスやレナードと共にネロを助けてあげてほしかったのに…。わかったよ、もう好きにしなよ」
「ありがとうございます。死んだ後もフィル様のお世話できること、大変嬉しく思います」
「…ほんと、おまえはバカだね」
「あなたに対してだけですよ」
全身全霊をかけて僕を想ってくれるラズールの気持ちがとても嬉しい。でもこれからは、僕のことは忘れて、自分のために生きてほしいのに。
ラズールが僕を想う気持ちに、ぐっ…と胸が詰まった僕は、涙をこらえて下を向いた。向くと同時に胸を押さえて唇をかむ。涙がこぼれないようにするためだけではない。また痛みが襲ってきたからだ。
「…いっ…!」
「フィル様?痛いのですかっ」
「痛い…」
「フィル様!」
ラズールが僕を抱きしめて、痛みを和らげる治癒の魔法をかけている。
今までならすぐに効いたそれが、今の僕には全く効果がなかった。
しばらく経つと、痛みが引いた。
僕はラズールの胸を押して立ち上がる。
「もう大丈夫…部屋に戻るよ。ラズールも休んで」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん。明日はリアムにこの辺りを案内してもらう予定なんだ。ラズール知ってた?近くにノアの家があるんだって」
「ああ、あの少年ですか。彼はとてもいい子ですね」
「そうなんだ。この国で唯一の僕の友達だよ。明日はノアに会いに行きたいな」
「俺も、ついて行きますよ」
僕に続いて立ち上がり、階段の下から見上げてくるラズールに向かって、僕は笑う。
「言うと思った。好きにしなよ」
「そうします。なにか?」
僕につられたのか、心配そうにしていたラズールの表情が柔らかくなる。
「おまえを見下ろすなんて新鮮。僕は遂にはおまえの背を越えられなかったから。じゃあもう戻るよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ラズールが僕の手を取りキスをする。
小さい頃から眠る前に、必ずしていた行為。姉上が元気になって城を出されてからは、ラズールと離れていたために懐かしく感じる。
あと何回、こんな風にラズールは僕の手を取るのだろうか。
ラズールの手が離れると、僕は階段を登り家の中に入った。
息を殺して部屋に入り、リアムの隣にもぐる。
静かにゆっくりと息を吐き出して目を閉じようとしたその時、「どこに行ってた?」と耳元で低く囁く声がした。
僕は驚き横を向く。
リアムの紫の瞳が、窓から入る月明かりに反射して、まるで宝石のようだ。
僕はリアムに抱きつき、鼻をつけて大好きな匂いを嗅いだ。
「ごめんね、起こしちゃった?眠れなかったから、外に出てた」
「そうか。俺を起こしてくれればよかったのに」
「リアム、気持ちよさそうに寝てたよ。だから起こせなかった」
「ダメだな。フィーが傍にいると安心して深く眠ってしまう。もっと気をつけなければ」
「なんでよ。安心して眠ってよ。僕はリアムが安らげる場所を作ってあげたい」
「うん、頼む。この先ずっと俺を癒してくれ…」
リアムが僕を抱き寄せ、髪に唇を押し当てて喋る。震えて聞こえるのは、声がくぐもっているからか。
僕は返事をする代わりに、顔を上げてリアムの薄く形の整った唇にキスをした。
「ねぇリアム、明日は家の周りを案内してくれるんでしょ?僕、ノアの家にも行きたい」
「ああ。ノアには俺達がここに住むことを話してないからな。おまえを見たら驚くんじゃないか?」
「ふふっ、そうかも。楽しみ」
「ほら、まだ朝まで遠い。今度は眠れそうか?」
「うん。リアム、ずっとこうしてて」
「もちろんだ。フィー、愛してるよ」
「うん、僕も愛してる…」
リアムが規則正しく、僕の背中を優しく叩く。
リアムの温もりと匂いに包まれて、全身の痛みが少し和らいだ気がする。なんとか眠れそうだと目を閉じて、次に目を開けると窓の外が明るくなっていた。
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