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ベッドの中にリアムの姿がない。部屋にもいない。手を伸ばすとシーツに温もりが残っているから、先ほどまではいたんだと、目を擦りながら起き上がる。
起き上がった拍子に、身体にズキンと痛みが走ったが、うん、まだ大丈夫。ガマンできる。
僕はベッドを降りると、棚の上にキレイに畳んで置かれてるシャツとズボンを手に、隣接する洗面所の扉を開けた。
白い陶器でできた大きな器に手をかざすと、上部に空いた穴から水が出てくる。それを手にすくって顔を洗い、跳ねた髪を整える。同じく陶器でできた台に積まれた良い香りの布を手に取り顔と湿った髪を拭く。そして丈の長いワンピースのような夜着を脱ぎ、鏡に映った自身の裸を見た。
白い肌に広がる黒い蔦のような模様。蔦の先に無数に咲く小さな赤い花。目を背けたくなるおぞましさだというのに、リアムやラズールは、これを美しいと言う。
僕は小さく苦笑してクルリと向きを変え、背中を映した。そして息を飲んだ。
「あ…あ…」
背中に広がる蔦の先にも、赤い痣が出始めている。今はまだ全体には広がっていないけど、あと数日で、全身に赤い花が咲くだろう。
「リアム…どう…しよう…」
覚悟をしていた。物心がついた頃から呪われた子だと言われ続け、いつ死んでもいい覚悟はできていた。
だけどリアムと出会い、愛されること愛することを知って、欲ができた。幸せになりたいと願ってしまった。
皆の前では冷静な振りをしていたけど、本心は怖い。病や戦死ではなく、呪われて死ぬということは、どんな苦しみを伴うのだろうか。
僕は震える手でシャツを着て、ボタンを止める。しかし小刻みに震える手では、うまく止めることができない。
その時、扉を叩く音と共にラズールの声が聞こえた。
「フィル様、おはようございます。お目覚めですか?第二王子にフィル様を呼ぶよう、偉そうに命じ……言われましたので呼びに来ました」
「…ラズー…ル…」
ラズールを呼んだけど、口の中で掠れた声しか出なかった。
だけどラズールは僕の声を聞き取ったらしく、すぐに洗面所で立ち尽くす僕の元へ来た。
涙目で震える僕の肩を掴み、顔を覗き込む。
「どうされたのですか?もしや痣が痛いのですか?」
「ちが…ラズール…」
「俺の前でウソはダメですよ。正直に話してください」
僕はラズールの上着を掴んで涙を流した。
「怖い…ほんとは…怖いんだ」
「…そうでしょうとも」
「背中にも…赤い痣が出てきた。僕の死が…近づいてる…」
ラズールが急いでシャツのすき間から背中を覗く。そして僕を抱きしめる。
「あなたを一人では逝かせません。俺がついてますよ」
「ラズールっ」
僕はラズールの胸に顔を埋めた。
幼い頃から何かある度に抱きしめ続けてくれた、優しく力強い腕の中で、僕は声を上げて泣いた。
「もう大丈夫。ありがとう…」
しばらくしてから鼻声で伝えてラズールから離れる。
ラズールが僕の頬を撫でた後に、布を濡らしてそっと当てる。
「目が腫れて顔も赤くなってしまいましたね。少し冷やしてから、第二王子の所へ行きましょうか」
「うん…」
濡れた布の冷たさが、火照った頬に気持ちいい。
僕はラズールにされるがままに顔を拭かれ服を着せられ、手を引かれて部屋に戻り椅子に座らされた。
「本日は、朝餉の後に散策に行かれるのでしょう?良い天気で風が心地よさそうですよ。外で食べれるよう、軽食を持って行きましょうか」
「うん…。ノアの分も作ってくれる?ノアも一緒に食べられたらいいな…」
「きっと大丈夫ですよ。フィル様の好物をたくさん用意しましょうね」
僕の前で両膝をつき、僕の両手を握りしめて、小さな子供をあやすように、ラズールが優しく話し続ける。
イヴァル帝国で、僕が甘えられた唯一の存在のラズール。死ぬ前にリアムに会いたいと、ラズールをイヴァル帝国に置いて離れようとしたけど、今は僕について来てくれてよかったと心底思う。
死が近づいている僕の恐怖心を、リアムと共にラズールが和らげてくれる。
「そろそろ参りましょう。第二王子が、フィル様のために朝餉を作ったそうですよ」
「…え、リアムが?」
「はい。フィル様のお口に合えばよろしいですが…。そもそも食べられる物なのでしょうかね」
「またそんな意地の悪いことを言う。でもそっか。だから部屋にいなかったんだ…。ふふ、楽しみだね」
ラズールが立ち上がり、僕の背中を支えて扉に向かう。そして扉を開けながら、すごく不服そうに呟く。
「なんとも腹の立つ。第二王子はあなたをすぐに笑顔にさせることができる…」
「ラズールも、僕をいつも安心させてくれるよ?おまえには感謝してる」
「いえ…あなたは俺の何よりも大切な方ですから、当然です」
少しだけ、ラズールの表情が柔らかくなる。
ラズールは、無表情で感情がよくわからないと皆に言われるけど、僕はそれが不思議でたまらなかった。こんなにも不満そうにしたり嬉しそうな顔をするのに、どうしてわからないんだろう?
ラズールに手を引かれてラズールのことを考えていると、小さな家だからすぐに食堂に着いた。扉は開いていて、僕に気づいたリアムが飛び出してくる。
僕はラズールの手を離して、両手を広げてリアムを受け止めた。
二三歩後ろによろけた僕を、リアムが抱きとめる。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「おまえこそどうした!泣いてたのかっ?」
「あ…少し…」
「ごめんな。俺が一人にさせたから…。フィーが目覚めるまで傍にいればよかったな」
「ううん、謝らないで。それよりもリアム、料理を作れたんだね。早く食べたい」
「ん、こっちにおいで」
リアムに手を引かれて椅子に座る。
机の上に並べられた料理に目を輝かせている僕の隣に、リアムも座った。