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聞けたね。いいと思うよ!ひょっとしたら今がその時だったのかもしれない。 ささっ!ラーメン食べにレッツラゴー💨じゃなくて、出発ブンブン🚗³₃Boooon!!
話しているうちに気持ちは落ち着いたけれど、胸の奥にポッカリと穴が空いたような感覚はまだある。
「…………バカみたい。……あんな人を好きだったなんて」
私は乱暴に溜め息をつき、尊さんの腕をギュッと抱く。
すると尊さんは反対側の手で私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「人に期待した分、裏切られるとすげぇ空しくなるよな。分かるよ」
その言葉を聞いた瞬間、チリッと何かが引っ掛かってしまった。
尊さんは、ただ共感して慰めてくれただけだと分かっている。
けれど今の言葉を聞いて私の脳裏に浮かんだのは、顔の分からない宮本さんだった。
尊さんの昔話に出てきた彼女は、竹を割ったような性格をした〝いい女〟だ。
新入社員の二人は惹かれ合い、体の関係もできた。
期間は短かったけれど二人は恋人同士になり、尊さんにとって宮本さんと過ごした時間が何ものにも代えがたいものとなったのは、言われなくても分かる。
当時の人間不信になった尊さんにとって、宮本さんは貴重な〝信じられる異性〟だった。
そんな人に何も言わず去られ、彼の心に深い傷痕がつけられたのは言わずもがなだ。
きっと宮本さんだって尊さんを傷つけたくなかっただろうし、彼も酷く悲しみ、絶望した。
――この人は沢山の痛みを抱えているから、とても優しくて他人を思いやる事ができる。
トラウマありきの彼の生き方、在り方を悲しいと思うものの、「これからは私が癒していけたら……」とも感じていた。
でも……。
私は尊さんの胸板に手を這わせ、人差し指でトントンとノックする。
「……ん?」
密着した体越しに、尊さんの声が反響して聞こえてくる。
「……まだ、宮本さんの事で傷付いていますか?」
小さな声で尋ねると、彼はスッと息を吸って沈黙した。
――失敗した。
瞬時に自分が愚かな質問をしたと悟った私は、彼の肩に顔を埋める。
「……ごめんなさい。慰めてくれたのに、嫌な勘ぐりをしました」
「……いや、いいんだ」
尊さんは私の肩を抱き、静かに息を吐く。
しばらく彼は考えるように沈黙したあと、ポツポツと話し始めた。
「……急にいなくなられて確かにショックだったよ。……あいつにつけられた傷は、なかなか癒えてくれない」
私は彼に体を押しつけたまま、節くれ立った長い指を触る。
「でももう過ぎ去った事だ。以前も言ったけど、宮本が去ってから十年経ってる。怜香に酷い嫌がらせをされたとはいえ、まだ俺を想っていたなら、とっくに姿を現してるだろ」
――私はずるい。
嫉妬した気持ちを尊さんにぶつけ、「何とも思っていない」と言わせて自分を安心させ、愛されている事を確認ている。……まるでメンヘラだ。
自分の女としてのずるさ、醜さが嫌になった私は、静かに涙を流した。
「あいつとはもう終わった。朱里が心配する事は何もない」
言ったあと、尊さんは私の顔を覗き込んで――、目を見開いた。
「…………泣くなよ」
そして困ったように笑い、服の袖で私の涙を拭う。
「俺は今、十二年の想いを果たせてとても幸せなんだ。お前が相手だから、結婚しても幸せな家庭を築けると確信してる。他の誰でも駄目なんだ。そこ、ちゃんと理解してくれ」
甘く微笑んだ尊さんは、私の前髪をそっと撫でつけて額をつけてきた。
「誰よりも朱里が大事だよ。だからお前は自分に自信を持って、俺に愛されていればいいんだ」
「…………はい」
私はギューッと尊さんを抱き締め、もう彼女の事で悩まないようにしようと決意した。
「悪い事があったあとには、いい事が待ってる。……たとえば、煮卵つきチャーシュー麺が食べられるとか」
おどけるように言われ、私は思わず「ぶふっ」と噴き出す。
「……さっき、麺がのびる話をしてたから?」
「それ。急にラーメン食いたくなってきた。どう?」
「いきます!」
顔を上げてキリッとした表情で言ったからか、尊さんはクスクス笑った。
「OK! この辺、朱里の縄張りだろ。オススメある?」
「だから~。縄張りって猫みたいに……。えっとですね、ごっついチャーシューを食べられるお店があってですね」
言いながら、私は西日暮里駅近くにある百名店に選出されたラーメン屋の店名を口にした。
「よし、そこ行くか!」
尊さんは後部座席のドアを開けて運転席に移動し、私も助手席に座る。
「出発ブンブン!」
あえて明るく言うと、尊さんはクスクス笑ってから「ブンブン」と言ってくれた。