テラーノベル
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朝。カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいた。
目を開けた途端、思考が止まる。
(……あれ?)
(なんで私の視界いっぱいに、ドアップのイケメンがいるの?)
整った鼻筋。長いまつ毛。数センチ先で、すやすやと眠る顔。
――慧だった。
しかも、彼のシャツの袖を、私の手がしっかりと握っている。
「――はあああああああああ!?」
反射的に手を離し、掛け布団を跳ね飛ばして、ベッドの端まで飛び退いた。その大声に、慧が迷惑そうに眉を寄せる。
「朝から騒ぐな……」
「騒ぐでしょ! なんであんたが私のベッドにいるのよ!? 寝室は立ち入り禁止区域でしょ!? ヘンタイ! 不法侵入!」
「言いがかりだ」
慧は身体を起こし、乱れた髪を無造作にかき上げた。寝起きのくせに、無駄に絵になる。
「昨日、車で寝たお前を部屋まで運んだ。そのあと、俺の服を掴んで離さなかったのはお前だ」
「っ!? ま、まったく記憶にございません!」
「だろうな。ほとんど意識がなかった」
(やばい!)
(私、完全に大やらかししてる――!?)
慌てて自分の服を確認する。昨日のボルドーのドレスのまま。つまり本当に、ただ隣で添い寝していただけらしい。
(……って、いやいやいや!)
(添い寝されただけでも、心臓が爆発しそうなんですけど!?)
「そ、そもそも、なんであんたが運んだのよ! 黒瀬さんに頼めばよかったじゃない!」
「黒瀬には別の仕事を頼んでいた」
「だからって!」
「完全に荷物状態のお前を、他の男に運ばせたくなかった」
「は? お荷物扱い!?」
「まあ、案外重かったしな」
「乙女に向かって、ひどすぎるでしょ!」
むっと睨みつける。慧は一瞬だけ黙った。
「……本当は、拍子抜けするほど軽かった」
「え」
「それだけだ」
ぼそっと落とされた言葉に、今度は私が固まった。
(な、何なのよ)
(その無駄に甘いフォロー!)
(ずるくない!?)
「ふんっ。今さら取り繕っても遅いから!」
「別に取り繕っていない」
「そういうところが、余計に腹立つのよ!」
まくしたてていると、慧が不意に口を開いた。
「……『どこにも行かないで』」
「……え?」
「『ひとりにしないで』。昨日の夜、そう言った」
「……私が?」
「ああ。だから、放っておけなかった」
その言葉を聞いた途端、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
『どこにも行かないで』
『ひとりにしないで』
なぜだろう。そんな言葉を、昔、誰かに言ったことがある気がした。
でも思い出そうとしても思い出せない。ただ、ひどく寒くて、心細かった感覚だけが蘇る。
「……ごめん」
「何がだ」
「いろいろ。運んでくれたこととか、寝言とか……」
「別に気にしていない」
「でも、昨日のことは今すぐ全部忘れて! 恥ずかしすぎて死ぬから!」
「断る」
「なんでよ!」
「永久保存した」
「はああ!? 今すぐ消去しなさいよ!」
「命令か?」
「そうよ! 絶対命令!」
「……分かった」
「なんでちょっと嬉しそうなのよ!」
「気のせいだ」
「絶対、気のせいじゃないでしょ! 顔に出てるのよ!」
「出ていない」
「出てる!」
「見間違いだ」
「この距離で見間違えるわけないでしょ!」
ああ、もう。よりによって、こいつの前で大失態を犯すなんて。本当に終わった……。
それなのに、胸の鼓動は一向に収まってくれない。昨日の夜、私はほかに何を言ったんだろう。聞くのが怖い。だから、もう忘れることにした。
私たちは、たった一年の契約で結ばれただけのビジネスパートナー。そう言い聞かせるには――今の距離は、あまりにも近すぎた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第20話、読みました…! 朝から慧がベッドにいるっていう、もう心臓に悪い展開すぎる(笑)。でも「どこにも行かないで」って寝言、自分でも覚えてないのに言っちゃうの、切なくて胸がぎゅってなったよ…。 慧のさりげない優しさとか、甘いフォローを照れ隠しで喧嘩にしちゃう二人の距離感が、すごくリアルで好き。 「永久保存した」って言う慧、顔に出てるよ!(笑) ビジネスパートナーって言い聞かせてるけど、もうとっくに近すぎるよね…🌙