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今日はちょっとだけ昔の可愛い仁人の話
「佐野くん…ちょっと話があるんだけど…」
普段のにこにこ笑顔じゃなく緊張した面持ちの仁人に声をかけられる。
「どした?」
「いや、その、さ、ちょっと」
言い出しずらそうに楽屋を見まわたすからきっとここでは言いにくいのだろうと二人で楽屋から出る。
「で、なんかあった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
いまだに言い渋る仁人の次の言葉をゆっくり待つ。
「…こういうことさ、年上の佐野くんにしか聞けないっていうか」
「ん」
「…次の撮影で、キスシーンが、ありまして…」
「うん」
「でも、俺したことなくて」
だろうな。
「どうしたらいい?」
どうしたらいいとは?
20歳の仁人。14歳から芸能界にいてキスの経験がないのなんて当たり前で、俺も2017年放送の『トドメの接吻』で演じるまで経験なんて一切なかった。
「仁人はどうしたい?」
「……佐野さんさえ、よければ、練習に、付き合って、ほしい」
頬をほんのりピンクに染めながら伏目がちで話す仁人は普段の自信がある仁人とは全然違って、そんな仁人が可愛くって。
「いいよ。今日の夜、俺ん家来れる?」
「え!いいの?い、いける!え、本当にいいの?」
「じゃ、俺ん家で。」
楽屋に戻ろうとする俺の後ろで何度も。
「ねぇ、ほんとに?いいの?ねぇ、佐野さん聞いてる?ねぇ!」
「そんなに言うならやんねぇぞ」
「駄目!それは困る!」
ぱたぱたと後ろをついてくる仁人に頬が緩んだのは気のせい。
「じゃ、よろしくお願いします」
ソファーに座る俺と床で正座する仁人。傍から見ると奇妙は主従関係のような位置。
「いや、なんで床?」
「なんとなく?教えてもらうから」
「ソファー座れや」
「はい」
大人しく俺の指示に従順に従う仁人。
「あーっと、シーン的な流れは?」
「ちょっと待って台本ある」
仁人が鞄から取り出した台本を二人で覗き込む。
ト書きには、抱きしめてゆっくり離れてその後目を瞑り触れるだけのキスと書いてあった。
「触れるだけのキスってなんも難しくなくね?」
「佐野くんにとってはでしょ。俺には無理よ?したことないもん」
「したことあったらできんの?してやろっか?」
「はぁ?そういうことじゃないじゃん!なに言ってんの?!佐野さん疲れてんじゃないの?!」
一人慌てふためく仁人にふっっと笑いがこぼれる。
「冗談だわ。じょーだん」
「…俺はまじで、困ってんのよ。からかうなし」
「悪かったって。相手役は?仁人と身長差どんくらい?」
「10cmくらい?」
10cmか…俺と仁人の身長差が6cmだけど…ま、いいか。
「ほい。立て。俺が仁人の役やるからとりあえず流れ確認するぞ」
「はい」
「俺だったらこうやるって流れでやるから仁人は見とけ」
「うん」
素直に立ち上がった仁人を抱きしめてゆっくり離れる。
こんなに間近で仁人を見ることなんてなくて、目でけぇなーまつ毛なげぇなーなんて感想を頭に浮かべながら仁人の唇に視線を落として再度ゆっくり顔を近づけていく。
ぽってりと色づき少しかさつき、ささくれだった唇。
リップクリーム塗ってねぇのかなこいつ。
ふと目線を上げて仁人の顔を見ればギュッときつく閉じられた目。
見とけって言ったのに目閉じてたら意味ねぇなと思いつつ、ちょっとした悪戯心でポケットに入っていたリップクリームを取り出す。
かさつきが目立つ唇にリップクリームをゆっくりと這わす。
「えっ、ちょ、さのっ」
「黙ってろ」
いまだに目を瞑ったままの仁人を黙らせて、リップクリームを触れて離し、触れては離しをくり返す。
きつく閉じられた目に、赤く染まった頬。キスもしたことない仁人が想像してることなんて容易に想像できて、可愛らしくて愛らしい。
悪戯もこの辺にするかとリップクリームをポケットに突っ込み、最後に………
「はい。おしまい」
「っふぅ…」
緊張していたのか息を吐き出し、でかい目を開きガンつけられる。
「仁人、目つぶってたら意味ねぇじゃん」
「はぁ?俺悪くねぇもん!佐野くんじゃん!あんな!あんなっ~……」
さっきのことを思い出したのか真っ赤になりながら怒っている仁人。
「練習付き合ってやったのにその態度かよ」
「ち、違うじゃん!だって、ぇ、違うじゃん!え、だってぇ…ほんとにさ……するなんて」
「するわけねぇじゃん。リップクリームな?」
ポケットからリップクリームを取りだけで仁人に見せつける。
「はぁ?!なっ、もういい!勇斗には頼んないわっ!!」
「へぇーされたと思ったんだ」
「おまっ、ほんとむかつく!!帰る!」
怒りながら玄関に向かう仁人を追いかける。
「頑張れよ」
「はいはい。一人で頑張りますよっ!」
「悪かったって。気ぃつけて帰れや」
「お邪魔しました!」
ぷりぷり怒りながら帰って行く仁人を見送る。
「……なにやってんだろ…おれ」
一人唇を撫でる。
自分の気持ちを自覚してなかった昔の俺の話。
END