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Episode.2/もう1つの棟
柏木さんに案内され、棟の外へ出た。
そこには緑色の芝生と綺麗な噴水があり、ずっと真っ白で無機質なものばかり見ていたからか、綺麗な緑色の芝生に感動してしまった。
(精神がおかしくなりそうになったら、ここに来よう……!それにしても、緑って安心するんだな…)
そこまで考えてふと気が付き、柏木さんに問いかけた。
「柏木さんって、緑色がお好きなんですか?」
柏木さんは少し首を傾け、不思議そうな顔をする。
「どちらかと言うと好きですが…何故そう思われたんですか?」
「さっきも緑茶を飲んでいたし、ここがお気に入りの場所だと言うので。」
オレが真面目にそう言ったのが面白かったのか、柏木さんはクスッと笑った。
「たしかに…それもそうですね。」
返答に若干の違和感を感じつつも、特に気に留めなかった。
ふと、棟の横にある、もう1つの棟が気になり、柏木さんに問いかけた。
「あのもう1つの棟には何があるんですか?」
柏木さんは少し考え、オレの方を見る。
「あの棟には、安易に近付かない方がいいでしょう。何があるかは、俺も詳しく知りません。」
そう話す柏木さんは真剣で、恐ろしさをも感じるほどだ。
「…何か、少しでも知ってることはありませんか?」
そう食い下がってみた。
「あれは特別な棟だそうです。幹部や、特別な信者しか入ることが出来ないみたいです。」
特別な棟……幹部……
(施設を全て回ったが、咲希はいなかった…部屋にいただけかもしれないが、もしかしたら……)
その後は温泉、サウナ、エステ…様々な施設を案内し、紹介してもらってから部屋へ戻った。
柏木さんの部屋はオレと同じ階だったようで、今後も関わることが多くなりそうだ。
「〜〜〜〜〜〜〜…」
誰かの話し声が聞こえる。
オレは積み上げられた荷物の後ろに隠れ、必死に息をひそめていた。
(本当に、オレって奴は……!!)
現在、絶体絶命のピンチだ。
事の発端は約30分前に遡る。
オレは柏木さんの言っていた”特別な棟”がどうしても気になっていた。
そこに、もしかしたら咲希がいるかもしれない。
オレは妹に会いたい気持ちが強いばかりに、冷静さを欠いていた。
気が付けばオレの足は、自然とその棟へと向かっていた。
見張りか何かがいるかと思ったが、不思議と誰もおらず、すんなりと中へ入れてしまった。
足を踏み入れて、まず驚いたのは…建物の内部が白くなかったことだ。
外観はオレたちがいた棟と同じく真っ白なのに、内部は灰色系色で、小綺麗な場所だった。
廊下の両端には一定の感覚で謎の真っ白な彫刻が置かれている。
(なんだこの彫刻…人?にしては異質なような…)
ブーンッ
「?!?!」
突然眼前に迫ってきた黒いなにかと、聞き覚えのある羽音に驚き、謎の彫刻にぶつかってしまった。
思ったより大きな音が鳴ってしまい、焦って周りを確認する。
(な、何も来てない…か?)
ひとまずホッと一息つき、壁にもたれかかった。
「…………ん???」
壁にもたれかかると、突然丁度頭の位置の壁がボタンのように凹んだ。
(え??)
重そうな音を立て、突然壁がゆっくりと開き始める。
(……嘘だろ?)
よくある隠し部屋のような扉を、いとも簡単に開いてしまった。
(ど、どんな偶然…いやいや、罠かもしれん!!が…折角なら、調べておくべきだろうか、)
オレは少しだけ悩み、中へ入ることにした。
部屋の中は倉庫のような場所で、大きな棚や荷物らしきものがたくさん置いてある。
(荷物は封がしてあるから、容易には開けられんな…)
オレは少し進んだ先の棚に、たくさんのファイルが置いてある棚を見付けた。
なんとなく、端っこの方の水色のファイルを手に取ってみる。
手に取ったファイルの表紙には、『レポート⑳』と書かれていた。
(レポート…⑳?)
表紙を捲り、中を見ようとした時、
「〜〜〜〜〜」
「!!」
遠くからこちらの方に、誰かが話しながら歩いてきてるのに気付いた。
(ま、まま、マズイ!!バレたら殺されるかもしれん!!)
オレはすぐファイルを元の位置に戻し、咄嗟に奥の積み上げられた荷物の後ろに隠れた。
必死に息をひそめる。
「〜〜〜〜〜」
話し声が段々と大きくなってきた。
「む……開いてますな?」
部屋の入口辺りから、少し年配そうな男性の声が聞こえてきた。
「そうだね。誰かが迷い込んだのかな。」
その後すぐ、若い男性の声も聞こえてくる。
2つの足音が部屋に入り、近付いてきた。
(ま、マズイマズイ……!!)
心臓が痛いほど早鐘を打っている。
「偶然迷い込んだとは思えませんし…侵入者でしょうか?」
「さぁ…どうだろう。」
(頼む!来るな来るな……!)
必死に祈っていると、後ろからまた声が聞こえる。
「私はあちらを探しますね。」
「分かった。」
しばらく、後ろの方で何かを探すような音が聞こえてきた。
(探してる……!!オレが見つかるのも、恐らく時間の問題…!!)
(もし……見つかったら、どうなるのだろうか…)
オレは最悪の場合を想像し、身震いする。
(ダメだ…!!もう一度、咲希に会うんだろ!諦めるな!!)
オレはもう一度決意し、必死に息をひそめることに徹した。
段々、探す音が近付いてきている。
(大丈夫!オレは昔から強運だったじゃないか!頼む、なんとかなれ…!!)
必死に心の中で祈っていると、上から気配を感じ、咄嗟に顔を上げた。
(あっ)
顔から血の気が引いていくのが分かる。
オレの頭上には、驚いたような顔でこちらを覗き込む男性(?)の顔があった。
(?)と称したのは、その男の顔があまりにも綺麗で美しく、不思議な雰囲気を纏っていたからだ。
(き、綺麗な顔だな……さっきの声的には、恐らく男性なのだろうが…)
一瞬血の気が引くのも忘れて、その雰囲気に見とれた。
「…さ、」
男が、オレを見ながら一言だけそう呟いた。
(さ?)
と、考える暇もなく、奥の方から年配の男性の声が聞こえてきた。
「こちらには何もいませんでした。そちらはどうですか?」
頭上には、こちらを覗く綺麗な男性がいる。
オレの心臓は破裂しそうなほど早鐘を打っていた。
(ま、マズイマズイマズイ!!!これは…どう言い訳すればいい?!)
オレは必死に思考を巡らせる。
こちらを覗いていた男性は顔を上げ、後ろの方に声をかけた。
…が、その言葉は意外なものだった。
「何もいなかった。どうやら、セキュリティが誤作動を起こしただけみたいだ。」
男性はハッキリとそう発言した。
(……え?)
オレは状況がイマイチ飲み込めなかったが、とにかく息をひそめ続ける。
また年配の男性の声が聞こえてきた。
「セキュリティが…最近誤作動が多いですね。老朽化でしょうか。」
「そうかもしれない。そろそろ、新しいセキュリティの導入を考えてもいいかもしれないね。」
「では、次の会議で提案してみましょうか。」
「あぁ。」
「〜〜(聞き取れなかった)様?戻られないのですか?」
「誤作動の原因を探って対処法を考えようと思う。先に戻っていてくれ。」
「承知いたしました。では、また後ほど。」
コツ…コツ…コツ…と、足音が1つ遠のいていく音がした。
(な、なんだ…見逃された、のか?確実に目が合ったのに、何故嘘を…)
思考を巡らせていると、重そうな何かが動く音がした。
(こ、この音……もしかして、)
オレは荷物の間からこっそりと向こうを覗く。
すると、予想通り壁が閉じており、密室状態になっていた。
(と、とと、閉じ込められた?!?!)
額から嫌な汗が伝う。
焦っていると、頭上から声が聞こえてきた。
「君。」
「?!?!」
驚きのあまりバランスを崩し、後ろに手をつく。
頭上からは、先程の若い男性(?)がこちらを覗き込んでいた。
(こ、この人と閉じ込められたのか?!)
オレはその時、1つ嫌なことを閃いた。
(も、もしかして、さっきの嘘は庇ってくれたんじゃなくて…オレを閉じ込めるため?!)
なんとか逃げられないかと思考を巡らせるが、この状況から逃げる方法は思い浮かばない。
すると、男性(?)が口を開いた。
「ここから出たいのかい?」
イマイチその言葉の意味が分からず、顔を上げる。
「そんな所にいたら話しづらいよ。」
そう促され、オレは警戒しながら荷物の影から身を出した。
「君、どうやってここに入ったんだい?」
綺麗な顔に覗き込まれ、思わず目を瞑りながら答える。
「ぐ、偶然壁が開いて……」
これは事実なのだが、傍から聞いたら言い訳にしか聞こえないだろう。
流石に怪しまれるか…と思ったが、男性(?)は案外簡単に引き下がった。
「そう。強運なんだね。」
男性(?)は綺麗なその顔を、ほとんど動かすことなく問いかけた。
「君は家に帰りたくなったから、こんな所まで来たのかい?」
オレは少し考え、とりあえず首を横に振った。
「そう……なら、別の目的があると?」
オレは何も考えず、咄嗟に頷いてしまった。
……が、すぐにその選択は誤りであったかもしれないと後悔した。
(お、オレのバカ!!たまたま迷い込んでしまった体で進めた方が良かったんじゃないか?!また馬鹿正直に答えてしまって…)
すると男性(?)は、また表情を変えずに呟いた。
「そう……」
一言だけ呟き、若干目を伏せた彼があまりに綺麗で、何故だか守りたいと感じた。
彼のことが妙に気になり、質問してみる。
「オレは天馬司、今日ここに来たばかりです。貴方のお名前は?」
すると彼はまた、表情を変えずに答えた。
「神代類。」
真っ直ぐとこちらを見つめる金色の目に吸い込まれそうになる。
「……僕の顔に何かついてる?」
どうやら見とれてしまっていたらしく、慌てて弁明する。
「い、いや!綺麗だなと、思いまして…!」
オレの言葉を聞くと、表情を変えずに不思議そうに首を傾げられた。
「綺麗……何が?」
オレは少し迷ったが、なんとなく思ったことをそのまま伝えたいと思った。
「貴方が。貴方のその金色の瞳も、流しがちな目も、美しい紫苑色の髪も、纏う雰囲気も全てが、綺麗だと思いました。」
オレの言葉を聞くと、しばらくの間沈黙が流れた。
(…もしかして、気持ち悪いとか思われたか?!)
沈黙が続き、徐々に不安が募り始める。
そんな時、やっと彼が沈黙を破った。
「変わってるね。」
と、それだけ。その一言だけ、呟くように放った。
その後もまた彼は口を閉ざしてしまった。
(えっと…どうしようか。とりあえず、部屋に戻りたいんだが…)
壁は閉まっており、開け方は分からない。
意を決して、オレは”神代類”と名乗った彼に頼んでみることにした。
「あの、すみません。部屋に戻りたい…んですけど、」
恐る恐る尋ねると、また彼は表情を変えずに答えた。
「戻りたいの?本当に?」
彼はオレを覗き込んで続ける。
「ここから出たいのなら、逃がしてあげることも出来るよ。」
(ち、近…っ!?)
オレは反射的に身を引き、答える。
「に、逃がす…とは、どういう意味ですか?」
すると、彼はまた沈黙した。
「…そう。分からないならいいよ。」
しばらく間を空けてからそう言い、立ち上がった。
それに続いてオレも立ち上がる。
「他の人に見られると困るから、裏から出るよ。静かにしててね。」
「は、はい!!」
「声が大きいよ。」
「すみません…!!」
外はもう夜で、真っ暗だった。
そこからは神代さんに着いて行き、オレがいた棟へと戻った。
その間会話などは一切無かったが、オレは月明かりに照らされる彼の背中に、ただただ見とれた。
「もう、勝手に入っちゃダメだよ。」
神代さんにそう言われ、オレは頷く。
「はい、すみませんでした。案内してくれてありがとうございます!」
深くお辞儀すると、神代さんは少し顔を伏せた。
「お礼なんて言われる筋合いはないよ。さようなら。」
そう言って立ち去ろうとする神代さんを、思わず彼の腕を掴んで引き止めた。
「ま、待ってください!」
「……何?」
相変わらず、彼の表情は動かない。
「また……会えますよね?」
オレは失礼を承知で彼の手を握り、彼の目を見た。
神代さんはまた沈黙する。
「…また、僕に会いたいのかい?」
「はい!」
オレがハッキリ答えると、神代さんは初めて顔を逸らした。
「……そう。」
小さくそう呟いて、神代さんは立ち去ってしまった。
(行ってしまった…)
小さくなっていく背中を見送る。
(助けてくれた…よな。あの人…)
オレはさっき、神代さんの腕を掴んだ時の感触を思い出した。
(…すごく、細かった、)
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