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麗太
#女主人公
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──本物の勇者が勇者像に触れれば、奇跡が起こる──
それがタニアの先祖が脈々と引き継いできた言い伝えであった。
無論、何が起こるのかはタニアにもわからない。
カイトたちは、勇者像の前にやって来た。所々風化しているが、綺麗に磨かれており、目立った汚れはなかった。
「『勇者感謝祭』のために、みんなで像を磨いたんですよ」
タニアが言った。
「ただ、魔物の襲撃でお祭りどころじゃなくなってしまいましたが……」
タニアはカイトを見てきた。
「それでは、カイトさん。像に触れてみてください」
カイトは頷き、一歩前に進み出た。
(これに触れれば、何かが起こる)
勇者像は、慈愛の笑みを浮かべた若い男性だった。
目覚めてから鏡などを見ていないので、自分に似ているかどうかはわからない。
期待と不安が入り混じる中、カイトは右手を伸ばし、触れてみた。
その瞬間だった。
カイトの右手の甲の紋様が輝き始めたのだ。
それに呼応するように、勇者像も光を発する。
あまりにも強い光で目が眩むが、少しずつ発光は収まっていった。
視界が元通りになると、異変に気づいた。
先ほどまで勇者像の前にいたはずなのに、周りが白い空間になっていたのだ。
さらに目の前に、三人の人物、大きな獣が現れた。
一人目は、十代後半くらいの、小柄な少女だった。
肩にかかるくらいの紫色の髪。少しウェーブがかったフワフワした髪の毛を、大きな帽子に収めている。
顔立ちはとても整っており、ほのかに笑みを浮かべているのだが、その表情はどこか悲しげだった。青色の目がほんのりと潤んでいる。
二人目は、黒髪の短髪で、意思の強さを感じる目をした青年だった。
身長は低いのだが、防具からのぞく両腕は丸太のように太い。
背中に巨大な剣を背負っており、一見して凄まじい膂力の持ち主だとわかった。
三人目は、四十代くらいの男性だった。
くしゃくしゃの茶髪で、おっとりとした雰囲気を感じさせる垂れ目をしている。丈の長い黒のローブを身に着けており、首からは十字架を下げている。神に仕える神聖さを感じる見た目だった。
そして少女の隣には、大きな獣がいた。
銀色の毛をした大きな狼である。紛れもなく、モフモフだった。
現れた三人と一匹は半透明で、実体はなかった。
周囲が白い空間ということもあり、夢の中で幻を見ているような感覚だった。
やがて、大きな帽子を被った少女が口を開いた。
「やあ、忘れん坊のおバカさん。カイトがこれを見ているのは、きっと遠い未来のことだよね。そのときカイトの状況がどんなものなのかは、想像もできません。すべてを忘れた状態なのか、少しでも記憶を取り戻しているのか……。何にせよ、まっさらな状態かもしれないから、最初から状況を説明するね」
少女は一呼吸置き、胸に手を当てた。
「アタシはエミリア。魔法使いよ」
次に若い青年が話しだした。
「俺はゲルハルト。戦士だ」
最後に、壮年の男性が続く。
「私はヨハネス。御覧の通り、僧侶です」
それからエミリアが、狼の頭を撫でながら言った。
「この子はモフモフ。銀色ノ狼っていう魔物ね。魔物だけど、カイトが子どもの頃からの知り合いよ。いわば親友ってやつね」
モフモフは「ガウッ」と力強く鳴いた。
モフモフは、カイトの親友だった……。
五百年という時を越えて再会した、唯一の知り合いだったのだ。
衝撃と感動に打ち震える間にも、エミリアは続ける。
「アタシたちは勇者パーティのメンバーよ。リーダーはもちろん、あなた。勇者カイト」
カイトは胸に手を当て、ぎゅっと拳を握った。
全身が熱くなっていた。
「自分が勇者なんて自覚はないかしら? 記憶がない状態なら、そうだよね。でもあなたは紛れもなく勇者カイトよ。あなたとアタシたちは、魔王討伐のために世界を旅した。だけど魔王の力は絶大でね……。あなたは、みんなを……世界を救うために、とある能力を使ったの。それは、記憶の力」
記憶の力。
カイトは、右手の甲に視線を落とした。そこには紋様が刻まれている。
「記憶の力は、カイトの持つ記憶を代償に、大いなる力を得るという能力なの。あなたはそれを使って、これまでの旅の記憶すべてを差し出し、魔王を上回る力を得た」
本当に、勝手なことして──エミリアは視線を下に落とし、悲しげに言った。だがすぐに顔を上げて、話を続ける。
「それでもあなたのおかげで、魔王を倒すことができた。ただ、魔王は死ぬ寸前に呪いをかけたの。はるか遠い未来に、あなたを飛ばしてしまう呪いをね……」
どうやら神父の語っていた説は正しかったようだ。
だが、そう説明されても実感は湧いてこなかった。
「アタシたちはあなたを助ける方法を探した。……でも見つからなかった」
エミリアは両目を伏した。
涙がこぼれ落ちる。
「あなたは、遠い未来の世界で、記憶を失い、一人ぼっちになってしまう……。長命種のモフモフなら、もしかしたら再会できるかもしれないけれど……その可能性は限りなく低いだろうし……」
彼女は流れ出る涙をそのままに、声を荒らげた。
「世界を救った勇者なのに! そんなのってないでしょう! だからアタシたちは必死に考えた! あなたを別の形で救うことはできないかって!」
そこまで言うと、エミリアはついに堪えきれず、声を上げて泣き出した。
それを見かねたのか、戦士のゲルハルトが話しだした。
「話を続けよう。その後、俺たちはまた世界を旅した。カイトが平和にしてくれた世界をな。それですごい魔法を見つけたんだよ。お前に俺たちの思いを届けられる魔法だ。それがこの記憶の残響だ」
記憶の残響……。
カイトは内心でくり返した。
「この魔法すげえだろ! 初めて見た時はマジで腰を抜かしたぜ。お前の驚く姿を見たかったなあ!」
ゲルハルトは、はっはっはと高笑いをした。
僧侶ヨハネスが苦笑しつつ、話を引き継いだ。
「ゲルハルトさんが仰るように、この魔法は本当にすごいものでした。記憶の残響は、私たちの会話や動きを記録、保存することができ、後でそれを振り返って見ることのできる魔法だったのです」
なるほど、たしかにすごい魔法である。
勇者が魔王を倒したのは五百年前らしい。つまり、目の前でくり広げられているこの光景も、実際は五百年前のものなのだ。果てしない時間の隔たりがあるはずだが、まったく違和感がない。
ヨハネスは続ける。
「さらにこの魔法のすごいところは、保存性に優れていることです。記録したものは一度再生されるまで、ずっと残り続けるのです。そう、あなたがどれだけ遠い未来に飛ばされても、ね。再生についても、特定の条件を設けることで、他者が誤って再生して失われてしまう、なんてことも防げるのです」
だからこそ五百年という時が経った今でも、この魔法が残っていたということか。
「……ありがと、二人とも」
エミリアは涙を拭い、顔を上げた。
「もう一度、アタシに説明させて」
カイトとエミリアは、改めて向き合う形になった。
「この魔法を使ってあなたにしてあげられること……。その結論が、アタシたちの記憶、思い出を、あなたに届けることだった」
エミリアは、遠くを見るように視線を上向かせた。
「世界中を旅して、あなたがしてきたこと。それは数え切れないほどある。その一つひとつを、アタシたちは全部覚えてる。その思い出を、記憶の残響で残すことにしたの。発動条件を『記憶の力を持つ青年──つまり勇者カイトが触れる』というように設定してね」
そして記憶を残した場所に住む人たちに、
『いつか本物の勇者が現れたら、その場所に導いてほしい』
と語り継ぐようにする、と。
「そうすることで、はるか遠い未来においても、かつてあなたが何をしてきたのか知ることができるはず。記憶を失っても、取り戻すことができる」
カイトは、深々と息を吐いた。
(なんて、壮大で、遠大な計画だろう……)
カイトの目頭は、熱くなっていた。
彼らの取り計らいは、五百年の時を越えて、カイトに届いたのだ。
その事実が、カイトの心を激しく震わせていた。