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パピコォォォ
15
#文スト
パピコォォォ
34,367
文スト×ヒロアカ 1
窓の外では春の陽射しが差し込んでいた。
ポートマフィア本部、首領執務室。
書類仕事を終えた中原中也は、紅茶を一口飲みながら小さく息を吐く。
平和だった。
少なくとも今この瞬間は。
そんな穏やかな時間を破壊したのが、目の前に座る首領の一言だった。
「雄英高校に入学してくれるかい?」
中也は瞬きをした。
一秒。
二秒。
三秒。
「首領、今なんとおっしゃいましたか…?」
笑顔の森鴎外はもう一度繰り返した。
「言葉の通りだよ。“雄英高校”に入学してくれるかい?中也君。」
親愛なる首領。
尊敬してやまない首領。
命を預けるに値する人物。
そんな人の口から出たとは思えない言葉だった。
雄英高校。
言わずと知れた日本最高峰のヒーロー育成機関。
テレビでも毎日のように取り上げられる超名門校だ。
「……は?」
思わず素の声が出た。森は微笑んだままだ。
「うん、予想通りの反応だね。」
「いや待ってください首領。」
「待たないよ。」
「俺マフィアですよね?」
「そうだね。」
「ヒーロー学校ですよね?」
「そうだね。」
「俺マフィアですよね?」
「二回言ったね。」
話が進まない。
中也は頭を抱えた。
隣では尾崎紅葉が優雅に茶を飲んでいる。
止める気はないらしい。
助けてくれ。
「理由を聞いても?」
中也の問いに、森は机に肘をついた。
その表情から笑みが消える。仕事の顔だ。
「まず一つ。」
指を一本立てる。
「ヒーロー免許。」
「……なるほど。」
これは理解できる。
異能力者が増えつつある現代。表社会で自由に異能力を用いて活動するための資格はあった方がいい。
「二つ。」
二本目。
「政府からの要請。」
「異能特務課ですか。」
「そういうこと。」
種田長官とあの教授眼鏡の顔が浮かぶ。あの人なら言いそうだ。
「三つ。」
三本目。
森の口元が僅かに上がった。
「体育祭。」
中也は眉を顰めた。
「体育祭?」
「現代のオリンピックと言われるほどの知名度だ。」
紅葉が口を開く。
「顔を売るには絶好の場じゃ。」
「……あぁ。」
ここで理解する。転生者探し。まだ見つかっていない仲間たち。
そして――敵。
フョードル、ゴーゴリ、その他諸々。
彼らもまたどこかにいる可能性がある。
「つまり、目立てと。」
「そういうこと。」
森が満足そうに頷く。
中也は椅子にもたれた。理屈は分かる。
分かるが、
「……俺じゃなくても良くないですか?」
「良くないね。」
即答だった。
「君ほど派手で強くて目立つ子はいない。」
「褒めてます?」
「褒めてるよ。」
絶対面倒事を押し付けられている。
確信した。
紅葉がふっと笑う。
「それに。」
「?」
「太宰も見つかるやもしれぬぞ?」
中也の肩がびくりと跳ねた。
しまった。反応した。完全に反応した。
森がにやりと笑う。
「おや。」
「いや別に。」
「うん。」
「探してるわけじゃ。」
「うん。」
「会いたいとかじゃねぇです。」
「うん。」
二人とも全く信じていない。その証拠に二人ともニコニコとした微笑みを浮かべたままだ。
中也は盛大に舌打ちした。
「……クソ鯖。」
もう何年探したと思っている。
乱歩もいる。
与謝野もいる。
国木田もいる。
鏡花もいる。
Qもいる。
みんな帰ってきた。
なのに。
あいつだけいない。
『また来世、私が君を見つけてあげるから。』
脳裏によみがえる最期の言葉。
思わず鼻で笑った。
「無理だっつーの。」
あの青鯖が自分を見つける?見つけるのは自分だ。前世でそう言ったように。
「……分かりました。」
帽子のつばを下げる。
「行きますよ。雄英。」
森が満足そうに笑った。
「ありがとう、中也君。」
「中也の制服姿、楽しみにしてるわ‼︎」
「…エリス嬢」
「そうじゃ、今度入学準備に鏡花も含めて一緒に出かけようではないか。」
「姐さん、俺はショッピングは…」
「四の五の言う出ない!」
「ちょっと!紅葉!私にも中也の選ばせてよね!!」
中也は気付いていない。
この決断が。
百年越しの再会へ続く第一歩になることを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「写真とかで見たが生で見るとデケェな。」
雄英高校試験会場へと足を運び独り言ちる。
「今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!」
シーン…
「こいつぁシヴィー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?」
(なるほど、梶井タイプか…)
前世、そして今世でのあの檸檬狂いのハイテンションキャラを思い出し少しニヤける。
「入試要項通り!リスナーにはこの後10分間の“模擬市街地演習”を行ってもらうぜ!!!」
プレゼント・マイクが言うには、 持ち込みは自由、プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かうそうだ。演習会場には仮想敵まを3種、多数配置してありそれぞれの“攻略難易度”に応じてポイントを設けてある、 各々なりの個性で仮想敵。行動不能にし、ポイントを稼ぐのが俺達の目的。そして他人への攻撃等アンチヒーローな行為はご法度だそうだ。
ここまで説明が終わると1人の男が質問した。
「プリントには4種の敵が記載されております!ごさいであれば日本最高峰たる雄英に置いて恥ずべきちたい!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座して居るのです!」
言いたいことは分かるがそこまで言うかね…と思いながら呆れ目で眼鏡の少年を見ていると、少年がばっとこちらを向く。
「ついでにそこの頬を付いてるそこの君!先程からだらしないぞ!物見遊山のつもりなら即刻雄英から去りたまえ!」
(いやいや、なんでこいつ後ろにいる俺のこと見えてんだよ。)
思いながら少年へ言葉を返す。
「別にどうしようと俺の勝手だろ?それにずっと気張り続けて真面目にしていたら大事な所で失敗する可能性もある、今のうちにこうやって体休めてんだよ。」
「む!?、そ、それもそうか、俺の勝手な思い込み…すまない!!」
(案外素直なやつだな。まぁ、緊張してたんだろうな)
すっと手を上にあげ大丈夫だとジェスチャーし、ニコッと笑うそうるすと少年はぺこりと頭を下げ席に戻る。
「オーケーオーケー!受験番号7111くんナイスなお便りサンキューな!四種目の敵はOP!そいつは言わばおじゃま虫!」
どうやら会場に一体所狭しと邪魔をしてくる “ギミック”らしい。そしてプレゼント・マイクはいくつか言い、最後に「Plus ultra!!」と言いプレゼンは終わった。
そして会場へ足を運ぶとこれまたドデカイ会場だった。
(敷地内にこんなんまであんのかよ…)
さすが日本最高峰のヒーロー育成高…と勝手に納得しながら歩いているの、すぐに入り口に着いてしまった。
〈ハイ、スタート!〉
何処からか聞こえた声に皆ハテナを浮かべる、試験はもう始まっていた。中也はスタートと同時に既に走ってギミックを潰していた。
〈どうしたァ!?実践じゃカウントダウンなんざねえんだよ!!走れ走れ!賽は投げられてんぞ!〉
次々と走ってくる受験生達、少し距離があり先頭を走り敵を潰している中也、そしていくつ倒したか分からなくなるほど倒してしまった。そして中也は今現在どれぐらいギミックが居るのか確認するため中心の大きい建物の屋上まで上り見る。すると一体先程まで居たギミックとは違う大きいbotが居た。恐らく0Pの仮想敵だろう、受験者皆その仮想敵から逃げて行くのが見える。少し様子を見ていると1人破壊されたギミックに挟まれていて動けずにいる受験生を見つけた。
見つけてしまったのだから仕方ない、助けようと屋上から飛び降り受験者の元へ走る。 仮想敵の下敷きになる寸前に受験者を助け、仮想敵の居る場所から離れた所に受験者を置く。
「生きてっか?」
「はっ!、た、助かった…」
「足怪我してんな、下手に動くなよ。」
ドカっと音がすると仮想敵はこちらを向いてきていた、崩れた建物の破片が飛んでくるが中也いとも簡単にその破片を跳ね返す。 このままじゃここら一体崩れ落ちると考えた中也は怪我をしている受験者にここで待てとだけ言い0P仮想敵の元へ走る。少し個性を使い体を軽くし仮想敵の中心まで行き個性を使い中心を触れると地面に着地する、そして受験生の所まで行き、「行くぞ」と手を貸す。
「いやいや待って!?仮想敵来てるよ!?目の前だよ!?」
「んぁ?、あぁ、」
パチン、と指を鳴らす。するとズシャッと仮想敵が潰されたかのように地面にぺしゃんこになっていた。
「…え、?」
「ほら、さっさとしねぇと置いてくぞ?」
「あ、はい。」
「試験終了〜!!!!」
会場中にプレゼント・マイクの声が響き渡る。 受験者達は様々な表情を浮かべ、スピーカーを振り仰いだ。ある者は口角を上げ、ある者は安堵の溜息を溢し、ある者は阿保面を晒し、ある者は胃液を吐き出し、ある者は絶句している。
「はい、お疲れ様。お疲れ様、お疲れ様。」
スピーカーを見上げて突っ立っている受験者達の間を割って、小さな老婆が姿を現した。
「グミお食べ。」
そう云って何やら菓子を配っている。
(あれは…リカバリーガールか。雄英の屋台骨。無茶な入試が出来るのもあの婆さんの個性あってこそな訳だ。)
中也は怪我なんてしていないので、リカバリーガールを一瞥して、退場指示に従った。
ーーーーー
「中原、中也……か」
静まり返った会議室に、低い声が落ちる。
大型モニターに映し出されているのは、入試試験の記録映像。
瓦礫の上を駆ける橙色の髪の少女。
仮想敵を次々と破壊し、受験者を救助し、そして最後には零ポイントの巨大仮想敵すら沈黙させた存在。
映像が停止する。
少女がこちらを振り返った瞬間の画で止まった。
「彼女は一体何者なんですか……?」
最初に口を開いたのはミッドナイトだった。
その問いに、教員たちの視線が一斉に集まる。
しかし返答したのは誰でもない。
雄英高校校長、根津だった。
「わからないのさ」
その言葉に数名の教師が眉をひそめる。
「政府から開示された情報はごく僅か。氏名、年齢、戸籍、そして現在の保護責任者だけなのさ」
「経歴は?」
セメントスが尋ねる。
「非公開」
「個性の詳細は?」
「非公開」
「家族構成は?」
「非公開なのさ」
室内に沈黙が落ちた。それは、あまりにも異常だった。
ヒーロー科入試を受ける生徒でありながら、その背景がほぼ空白。
しかもその状態で政府から直々に推薦されている。
普通ならあり得ない。
「……政府は何を考えているんだ」
ブラドキングが腕を組む。
「さぁ」
根津は肩を竦めた。
「少なくとも私にも分からないのさ」
映像が再び動き出す。
巨大な零ポイントロボ。
逃げ惑う受験生。
そしてその中を真っ直ぐ駆け抜ける少女。
瓦礫の下敷きになった受験生を救出し、怪我の確認を行い、避難させる。
ここまでは理解できる。
問題はその後だ。
少女が巨大ロボットに触れ、指を鳴らした。
次の瞬間、
数十メートル級の鉄塊が地面へ叩き潰されていた。
室内の誰もが黙る。改めて見ても、理解不能だった。
「……規格外、ですね」
ミッドナイトが呟く。
「少なくとも普通の高校生ではない。…だが、」
相澤が映像から目を離さないまま言う。
「救助を優先した」
教師たちが彼を見る。
「ポイントを稼ぐこともできたはずだ」
実際、中也の動きなら最後まで仮想敵を狩り続けることも可能だった。
だが彼女はそうしなかった。
助けを求める人間を見つけた瞬間、進路を変えた。
迷いもなく。
躊躇もなく。
「ヒーローとしては正しい判断だ」
誰かが頷く。
「合理的でもある」
相澤が続ける。
「助けられる人間を見捨ててまでポイントを取りに行く必要はない」
そして少しだけ目を細めた。
「それに」
映像には怪我人へ声を掛ける中也が映っている。
『生きてっか?』
『足怪我してんな。下手に動くなよ』
ぶっきらぼうだ。
言葉遣いも荒い。
ヒーロー志望らしくはない。
だが、
「自然だ」
相澤は言った。
「助けることに慣れている」
会議室が静かになる。
確かにそうだった。
善意で助けた人間の動きではない。
訓練された人間の動き。
何度も命のやり取りを見てきた者の判断。
そんな違和感が映像の至る所に残っていた。
「なるほどねぇ……」
ミッドナイトが小さく息を吐く。
「高校生らしくないわけだ」
「むしろ大人びているのさ」
根津が答える。
「だからこそ興味深い」
教師たちの視線が校長へ向く。
根津は静かに椅子の上へ腰掛け直した。
「さて」
その一言で空気が変わる。
「彼女の合否についてだけれど」
誰も口を開かない。
開く必要がなかった。
結果は明白だからだ。
「合格」
根津が言う。
「それも特待生として迎え入れるのさ」
反対の声は出なかった。
当然だ。
実力だけなら満場一致。
不合格にする理由が存在しない。
「政府の依頼だからではない」
根津は釘を刺す。
「彼女自身が勝ち取った結果なのさ」
その言葉に教師たちも頷く。
あの映像を見て否定できる者はいない。
「ただし」
根津の黒い瞳が細まった。
「入学後は特別扱いをしない」
室内の空気が引き締まる。
「特待生であろうと、政府の推薦であろうと関係ない」
「中原中也は雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒」
「それ以上でも、それ以下でもないのさ」
その言葉に教師たちの表情も変わる。
政府の人間ではない。
監視対象でもない。
戦力でもない。
生徒だ。
守り、導き、育てるべき存在。
それが雄英高校の教師としての仕事。
「……なら」
沈黙を破ったのは相澤だった。
「一年A組の担任は俺です」
当然の事実を告げるような声音。
「俺が見ます」
根津は満足そうに頷いた。
「合理的主義の相澤君なら安心なのさ」
相澤は小さく鼻を鳴らす。
安心。
そんな言葉は使うつもりはなかった。
ただ一つだけ確かなことがある。
モニターに映る少女を見ながら思う。
――面倒な生徒になりそうだ。
そして。
少しだけ楽しみでもあった。
雄英高校ヒーロー科一年A組。
今年もまた、問題児が集まりそうだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「中也、忘れ物はないかえ?道中気をつけるのだぞ?あと――」
「姐さん、ありがとうございます。でももう大丈夫ですので……」
何度目かわからない確認に苦笑する。
鞄の中身は昨夜のうちに確認した。
制服も着た。
身分証もある。
携帯もある。
問題ない。
ないはずだ。
だというのに。
「しかしのう……」
紅葉はどこか落ち着かない様子で中也の襟元へ手を伸ばした。
「姐さん?」
「少し曲がっておる。」
「いや、曲がってねぇでしょう。」
「曲がっておる。」
ぴしり。
丁寧に整えられる。
数秒後。
満足そうに頷く紅葉。
「うむ。」
「……」
「うむ。」
「そうですか。」
何も言えなくなった。
鏡を見る限り最初から問題なかった気がする。
だが紅葉が満足そうなので良しとする。
そういうことにした。
「姉様、もう行っちゃうの?」
玄関口から顔を覗かせた鏡花が小さく首を傾げる。
その声に自然と表情が緩んだ。
「心配いらねぇよ。そこまで遅くはならないからな。」
「本当?」
「本当だ。」
「絶対?」
「絶対。」
「約束。」
「約束。」
そう言うと鏡花は少し安心したように頷いた。
その様子を見ていた紅葉は、ふふ、と小さく笑う。
「鏡花も見送りに来たのかえ?愛いのう。」
鏡花の頭を優しく撫でる。
「わっちの子たちは誠に愛い子達じゃ。」
「俺はもうそんな歳じゃありゃせんけど……」
反射的に返した言葉だった。
しかし。
紅葉はきょとんとした顔をしたあと、心外だと言わんばかりに眉を下げた。
「何を言う。」
その声音はとても優しかった。
「そなたも鏡花も、わっちからしたらまだまだ童じゃ。」
中也は少しだけ目を伏せる。
前世を含めれば、自分は決して子供ではない。
死んで。
生まれ変わって。
戦って。
守って。
失って。
それでも。
紅葉の前では。
いつまで経っても。
「中也」
なのだ。
「そなたの見送り、鴎外殿も来たがっていたのだがの。」
紅葉がくすりと笑った。
「残念ながら仕事じゃ。」
「ああ……まあ、首領ですし。」
「今朝も随分名残惜しそうじゃった。」
「想像できます。」
「写真を撮らせろと言っておった。」
「却下しました。」
「三十枚ほど。」
「却下しました。」
「百枚ほど。」
「却下しました。」
「動画も。」
「却下しました…俺はエリス嬢じゃねぇんですがねぇ。」
鏡花がぽつりと呟く。
「昨日の夜、泣いてた。」
「鏡花。」
「事実。」
「鏡花。」
「『中也君が学校へ……』って。」
「鏡花。」
「『ついに巣立ちの時が……』って。」
「鏡花。」
「『ランドセル姿も見たかったなぁ』って。」
「それは知らねぇ。」
即答だった。
紅葉が肩を震わせる。
鏡花も僅かに口元を緩めている。
中也は額を押さえた。
あの首領は本当に何をやっているのか。
しかし。
その呆れの奥に。
ほんの少しだけ温かいものがあった。
前世では手に入らなかったもの。
家族。
帰る場所。
見送ってくれる人。
「……行ってきます。」
自然と口から零れた。
すると。
紅葉は柔らかく微笑み。
鏡花は小さく頷いた。
「行ってらっしゃい、中也。」
「行ってらっしゃい、姉様。」
その声を背に受けながら。
中原中也は、人生で初めての高校生活へ向かって歩き出した。
ーーーーー
「相変わらずでけぇな……」
雄英高校。日本最高峰のヒーロー育成機関。
その巨大な校門を見上げ、中也は思わず呟いた。
入試の日にも来た。今日で二度目だ。だが何度見ても慣れない。
広い。
でかい。
何もかもが規格外だ。
「……もう何も言うまい。」
校舎へ入り、廊下を歩く。
途中で何度も巨大な窓や吹き抜けが視界に入るが、いちいち驚くのも馬鹿らしい。
そう自分に言い聞かせながら、中也は教室の前へ辿り着いた。
『1-A』
貼られたプレートを確認する。
そして。
ガラガラ――
扉を開けた。
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」
「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」
開幕から怒鳴り声だった。
中也は無言で扉を閉めかけた。
「……」
違う教室だったか?
いや違う。
確かに1-Aだ。
確認済みだ。
もう一度開ける。
やっぱり喧嘩している。
「……入学初日だよな?」
思わず独り言が漏れた。
片方は金髪の少年。
もう片方は眼鏡の少年。
眼鏡の方には見覚えがあった。
入試会場で自分に説教してきたあの受験生だ。
(元気だな……)
感心半分、呆れ半分。
関わると面倒そうなので、そのまま自分の席へ向かおうとする。
すると。
「ね!そこの!」
声を掛けられた。
振り向く。
そこには明るそうな雰囲気の金髪の少年がいた。
「ん?俺か?」
「そう君!」
勢いよく指を差される。
「入試の時助けてくれてありがとな!」
「あー……」
中也は少し考える。
入試・助けた・金髪…ああ、
瓦礫の下敷きになりかけていた奴か。
「ああ、どういたしまして。」
「俺!上鳴電気!」
少年は満面の笑みを浮かべた。
「君は?」
「中原中也。」
「中原か!よろしくな!」
「ああ、よろしく。」
握手でも求められるかと思ったが、上鳴はただ嬉しそうに笑った。
人懐っこい奴だ。
少なくともさっき喧嘩していた連中よりは付き合いやすそうである。
そう思った瞬間。
背筋にぞわりとした感覚が走った。
誰かいる。
すぐ後ろに。
中也は反射的に振り向いた。
そこには。
――ミイラがいた。
正確には違う。人間だ。たぶん。だが全身を包帯のようなもので覆い、寝袋のようなものに包まれた存在が立っていた。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。」
低い声。眠そうな目。
「ここはヒーロー科だぞ。」
教室が静まり返る。
その瞬間、初めてA組の心は一つになった。
(((なんか居る。)))
「はい。」
ミイラみたいな男が言う。
「静かになるまで八秒かかりました。」
教室の空気が凍った。
「時間は有限。」
眠そうな目が全員を見渡す。
「君達は合理性に欠けるね。」
(濃いな。)
中也は思った。
(いや、待て。)
さっきから薄々気付いていた。
気付かないようにしていた。
だがもう無理だ。
(ここの奴ら全員キャラ濃くねぇか?)
入試会場のハイテンション司会者。
眼鏡の熱血委員長候補。
机に足を乗せる喧嘩っ早い金髪。
人懐っこい陽キャ。
そして今。
突然背後に現れたミイラ男。
まだ始まってもいないのに胃が痛い。
「担任の相澤消太だ。」
男は淡々と言った。
「よろしく。」
教室がざわつく。
「え?」
「担任?」
「先生だったの!?」
「マジかよ!」
中也も思わず呟いた。
「マジか……担任か……。」
先生だった。
よりによって、これが…
(高校生活、大丈夫か……?)
嫌な予感しかしない。
窓の外では春の日差しが降り注いでいる。
だが中也の心は曇天だった。
こうして。
中原中也の雄英高校生活は、盛大な不安と共に幕を開けたのである。
ーーーーー
「着替えてグラウンドに出ろ。」
そう言って相澤はどこからともなく体操服を取り出した。
入学初日。
まだホームルームもまともに終わっていない。
そんな状況で告げられた言葉に、教室は静まり返る。
そして次の瞬間。
「「「個性把握テストォ!?」」」
盛大な悲鳴が上がった。
「入学式は!?」
「ガイダンスは!?」
「オリエンテーションとか無いんですか!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間はないよ。」
相澤は眠そうな顔で答える。
「雄英は自由が売り文句。そしてそれは先生側も然り。」
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。
しかし担任本人は気にした様子もなく続ける。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、五十メートル走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。」
聞き覚えのある種目が並ぶ。
「中学の頃からやってんだろ。個性禁止の体力テストだ。」
生徒たちが顔を見合わせる。
「国は未だに画一的な記録を取って平均を作り続けている。」
相澤はため息を吐いた。
「合理的じゃない。」
「合理的、ねぇ……」
中也は小さく呟く。
どこか聞き覚えのある言葉だった。
組織の利益。
街の安定。
最適解。
合理性。
親愛なる首領もまた、その言葉を好んで使う人だった。
もっとも。
あの人の場合は時々楽しんでいる節もあるが。
「爆豪。」
「ァ?」
「中学の時、ソフトボール投げ何メートルだった。」
「六十七。」
「じゃあ個性使って投げろ。」
爆豪がニヤリと笑う。
「円から出なきゃ何してもいい。早よ。」
「んじゃまぁ……」
爆豪はボールを握りしめた。
そして。
「死ねェ!!」
爆発。
轟音。
空気を裂いて飛んでいくボール。
モニターの数字が跳ね上がる。
七百メートル超。
教室中が息を呑む。ただ一人を除いて。
「おぉ。」
中也は思わず笑った。
「めっちゃ飛んだな。」
そして少し首を傾げる。
「にしても死ねって……」
その感想だけがどうしても引っ掛かった。
周囲の生徒たちは別の意味で固まっていた。
(死ねって言った……)
(普通投げる時に言うか……?)
(怖……)
爆豪だけが満足そうだった。
説明が続く。
だが途中から中也は空を見ていた。
春の空だった。
青い。
平和だ。
横浜も今日は晴れているだろうか。
鏡花は今頃何をしているだろう。
そんなことを考えているうちに。
気付けば話が終わっていた。
「――トータル最下位の者は除籍処分とする。」
「……は?」
教室が凍った。
「生徒の如何は先生の自由。」
相澤は淡々と言う。
「ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ。」
「最下位除籍って!?」
「入学初日ですよ!?」
「理不尽すぎるだろ!」
次々と抗議が飛ぶ。
しかし相澤は表情一つ変えない。
「自然災害・大事故・身勝手な敵・いつどこから来るか分からない厄災。」
静かな声がグラウンドに響く。
「日本は理不尽にまみれてる。」
誰も口を挟めなかった。
「そういう理不尽を覆していくのがヒーローだ。」
風が吹く。
「放課後マックで談笑したいなら生憎だったな。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。」
そして。
「Plus Ultraだ。」
その言葉は妙に重かった。
「全力で乗り越えてこい。」
沈黙。
誰も喋らない。
その中で。
相澤がふと中也を見た。
「さて。」
嫌な予感がした。
「デモンストレーションは終わり。」
あ、来る。
「こっからが本番だ。」
やっぱり来た。
「……と言いたいところだが。」
完全に来た。
「中原。」
「はい。」
「お前途中から話聞いてなかっただろ。」
「……」
バレていた。
「後で職員室な。」
「必要なことは耳に入れていた。」
「そうか。」
即答だった。
逃げ道は無かった。
そして。
相澤はクラス全員を見渡した。
「中原。」
嫌な予感しかしない。
「お前は一位を取れなかったら除籍だ。」
「「「はぁ!?」」」
大合唱だった。
「待ってください!」
「流石にそれは!」
「酷くねぇ!?」
抗議の嵐。
だが中也本人は肩を竦めた。
(上等だ。)
むしろ望むところだった。すると相澤が言う。
「本来ヒーロー科は四十人。」
「二クラス二十人ずつだ。」
生徒たちは静かになる。
「だが今年のA組は二十一人いる。」
「何故だかわかるか?」
誰も答えない。
「中原中也。」
相澤が名を呼ぶ。
「入試史上初。」
「百五十ポイント超え。」
沈黙。
「特待生として入学した。」
――静寂。
全員の視線が中也へ向く。
中也は小柄だった。女子の中でも小さい方だ。童顔、華奢。
どう見ても。
どう見ても。
(((えっ?)))
(((この子が?)))
(((百五十ポイント?)))
(((特待生???)))
疑問符の嵐だった。中也は額を押さえた。
「……最初からそのつもりだっただろ。」
「お前の試験映像は見た。」
相澤は淡々と続ける。
「あれは普通じゃない。身体能力・戦闘技術・判断力…そして個性。どういう環境にいたかは知らん。」
眠そうな目が向けられる。
「だが、」
一瞬だけ鋭くなった。
「見せてもらうぞ。」
中也は二度目のため息を吐く。
「……好きにしやがれ。」
肩を回す。
「俺は俺で自由にやらせてもらう。」
「結構。」
相澤は言った。
「じゃあ始めるぞ。」
その瞬間。
中也は周囲の視線に気付く。
なんだ。
その目は。
そして理解した。
その瞬間。
中也の額に青筋が浮いた。
「……おい。」
全員が固まる。
嫌な予感。
「今。」
笑顔ゼロ。
「チビなのに?って思った奴。」
一歩前へ出る。
「全員ぶっ飛ばす。」
凄まじい圧。
「俺はチビじゃねぇ。」
さらに一歩。
「成長途中なだけだ。」
完全なチンピラだった。
沈黙。
数秒後。
A組全員の心が再び一つになる。
(((そこ地雷なんだ……)))
ーーーーー
第1種目――50メートル走。
順番が回ってきた中也は、スタートラインへ立った。
周囲から妙に視線を感じる。
無理もない。
先程、相澤によって特待生であることを暴露されたばかりだ。
しかも入試史上初の百五十ポイント超え。
注目されない方がおかしい。
(面倒くせぇな……)
小さく息を吐く。
だが今更気にしたところでどうにもならない。
開始の合図が鳴る。
その瞬間。
中也の姿が消えた。正確には走ったわけではない。地面を蹴り、重力を操り、一瞬でゴールへ到達したのだ。
モニターへ記録が表示される。
――0.03秒。
一瞬、沈黙。
そして。
「ほぼゼロ秒!?」
「見えなかったんだけど!?」
「瞬間移動じゃねぇのか今の!?」
「中原、漢だ!」
「中原は女だろ。」
「そっちじゃねぇ!」
教室中が騒然となる。当の本人はというと、
「まあこんなもんだろ。」
平然としていた。
むしろ騒がれる理由が分からない。
全力でもないのだから。
その後もテストは続いた。
立ち幅跳び。
反復横跳び。
握力測定。
長座体前屈。
種目が変わる度に悲鳴が上がる。
「∞ってなんだよ!?」
「機械壊れたぞ!?」
「また握力計が死んだ!」
「雄英の備品がぁぁぁ!!」
中也は思わず眉をひそめた。
「俺のせいじゃねぇだろ。」
「いや完全に君のせいだよ!?」
上鳴が全力でツッコむ。
そんなやり取りをしているうちに、最後の種目――ソフトボール投げが始まった。
中也は少し離れた場所から眺めていた。
そして。
緑谷出久。
先程から何度か目に入っていた少年へ視線を向ける。
個性を使えば自傷。
使わなければ結果が出せない。
そんな危うさを抱えた少年だった。
ボールを握る緑谷の身体が震えている。
相澤が何かを言っている。
周囲は静まり返っていた。
(……どうする。)
中也は口を挟まなかった。
ここで助言するのは違う。
選ぶのは本人だ。
そして。
緑谷は選んだ。
指先だけに力を集中させる。
破壊を最小限に抑え。
行動不能を避ける。
結果は十分とは言えない。
だが。
立っている。
まだ戦える。
それだけで価値がある。
「先生……まだ、動けます……!」
緑谷がそう言った瞬間。
「――おい。」
別方向から怒声が飛んだ。
爆豪勝己。
今にも殴りかかりそうな勢いで緑谷へ詰め寄る。
「どー言う事だコラ!!」
「ワケを言えデクてめぇ!!」
「うわぁっ!?」
中也は反射的に動いていた。
緑谷の前へ立つ。
だが。
爆豪の拳は届かなかった。
いつの間にか伸びた布が腕へ巻き付き、強引に動きを止めている。
「ぐっ……!」
爆豪が歯噛みする。
「なんだこの固ぇ布!」
その先では。
相澤が面倒臭そうに欠伸をしていた。
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。」
眠そうな目が爆豪へ向く。
「ったく、何度も個性を使わせるな。」
目を擦る。
「俺はドライアイなんだ。」
(視界に入ったものの個性を消せる能力か。)
中也は静かに観察する。
(あいつの異能力に似てる、便利なもんだが……ドライアイなのは勿体ねぇな…)
そうしているうちに、相澤は緑谷へ視線を向けた。
中也もしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「う、うん……なんとか……」
指は腫れていた。
だが骨折ほどではない。
「応急処置しとく。」
簡単な固定を施しながら言う。
「あとで保健室行け。」
「ありがとう……」
「気にすんな。」
立ち上がる。
そして残りの生徒たちの様子を眺めるため、その場を離れた。
やがて。
全種目が終了する。
生徒たちは疲労困憊だった。
その中で相澤がタブレットを操作する。
「んじゃ、パパっと結果発表。」
モニターに順位表が表示される。
「トータルは各種目の評点を合計した数だ。」
誰もが固唾を呑む。
「口頭説明は時間の無駄なんで一括開示。」
そして。
相澤はあっさりと言った。
「あ、ちなみに除籍は嘘な。」
一瞬。
誰も意味を理解できなかった。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽。」
沈黙。
数秒後。
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
大合唱だった。
「嘘だったのかよ!?」
「心臓返せ!!」
「本気で焦ったんだけど!?」
教室中が大荒れになる。
その中で、涼しい顔をしている者が一人。
「あんなの嘘に決まってますわ。」
お嬢様然とした少女が肩を竦める。
「少し考えれば分かることですもの。」
「いや分からねぇよ!」
即座にツッコミが飛んだ。
相澤はそんな騒ぎを完全に無視する。
「そゆこと。」
タブレットを閉じた。
「これにて終了。」
「教室にカリキュラム関係の書類が置いてある。」
「目を通しとけ。」
そして。
「緑谷。」
「は、はい!」
「リカバリーガールのところ行って治してもらえ。」
「明日からもっと過酷な試練が待ってる。」
緑谷が慌てて頷く。
そこで相澤は一呼吸置いた。
「あー、あと。」
嫌な予感がした。
「中原。」
「はい。」
「来い。」
やっぱりだ。
中也は額を押さえる。
「忘れてなかったか……」
誰にも聞こえないよう、小さく呟いた
ーーーーー
「相澤くんの嘘つき!」
職員室へ向かう廊下に、突然大声が響き渡った。
中也は思わず足を止める。
視線の先。
そこには、身長の高い筋骨隆々な男が立っていた。
特徴的な金髪。青と赤のヒーロースーツ。
そして、
圧倒的な存在感。
(……こいつがNo.1ヒーローのオールマイトか。)
思わずまじまじと見てしまう。
(なんか作画違くねぇか?)
周囲の人間と比べて明らかにサイズ感がおかしい。
同じ人類とは思えない。
そんな感想が真っ先に浮かんだ。
一方、
オールマイトは相澤へ詰め寄っていた。
「合理的虚偽ってなんだい!」
びしっと指を突き付ける。
「エイプリルフールは一週間前に終わっているぞ!」
廊下中に響く声。だが相澤は全く動じない。むしろ面倒臭そうだった。
「去年は一年生一クラス全員を除籍処分にしたじゃないか!」
「見込みゼロと判断したら即切り捨てる!」
「そんな君が前言撤回とはどういうことだい!」
相澤はため息を吐いた。
「……うるさいですよ。」
「うるさくない!」
即答だった。
中也は思わず感心する。
(元気だな。)
No.1ヒーローというより近所の騒がしいおじさんみたいだった。
「それってさ!」
オールマイトが続ける。
「君も緑谷少年に可能性を感じたんだろう!?」
「あー。」
中也はぽつりと呟いた。
「そういや俺も気になってたな。」
二人の視線が向く。
「ん?」
「……」
中也は肩を竦めた。
「あん時、本気で除籍にする顔だったろ。」
「まぁ俺は一位取れたからどうでもいいんだが。」
相澤の目が少しだけ細くなる。
「ゼロではなかった。」
短い言葉。
「それだけです。」
そして続ける。
「見込みのない者は切り捨てる。」
眠そうな瞳は少しも揺らがない。
「半端に夢を追わせる方が残酷だ。」
静かな声だった。
だが重みがある。
経験から出た言葉だと分かる。
ヒーローという職業は命を懸ける。
だからこそ。
向いていない者へ安易に夢を見せることはできない。
そういう覚悟が滲んでいた。
中也は少しだけ目を細めた。
「優しいな。」
「……は?」
相澤が怪訝そうな顔をする。
「先生は。」
中也は平然と言った。
「本当にどうでもいいなら最初から試さねぇだろ。」
「……」
「期待してるから試す。」
「見込みがあると思ったから残した。」
「違うか?」
一瞬。
廊下が静かになった。
オールマイトが目を丸くする。
相澤は無表情だった。
だが何も言わない。
それが答えのような気もした。
数秒後、
オールマイトが勢いよく身を乗り出す。
「……って!」
今更気付いたように中也を指差した。
「自然に会話へ入ってきているが!」
びしぃっ!
「君が噂の特待生ちゃんかい!?」
「ちゃん?」
中也の眉がぴくりと動く。
「ちゃん?」
もう一度確認する。
オールマイトは満面の笑みだった。
「うむ!」
「噂は聞いているぞ!」
「入試史上初の特待生!」
「しかも百五十ポイント超え!」
「若き才能の原石!」
「未来のヒーローの卵!」
「素晴らしい!」
ぐっと親指を立てる。
キラッ。
何故か歯が光った。
(なんだこいつ。)
中也は本気で思った。先程から思っていたが。
やっぱり作画が違う。
「中原中也です。」
一応名乗る。
「よろしく。」
「おお!」
オールマイトは豪快に笑った。
「私はオールマイト!」
「知ってる。」
「そうか!」
「知らない方がおかしい。」
「それもそうだ!」
豪快だった。
何もかもが豪快だった。
中也は思わず額を押さえる。
今日だけで何度目か分からない。
(濃い。)
本当に濃い。
A組も濃かった。
担任も濃かった。
そして。
日本No.1ヒーローまで濃かった。
(大丈夫か、この学校。)
入学初日。
中原中也の不安は深まる一方だった。
ーーーーー
「んで。」
中也はカップを机へ置いた。
こつり。
小さな音が静かな応接間に響く。
「この状況は何か、説明してもらおうかねぇ?」
にっこり。
笑顔だった。
笑顔ではあった。
だがその目は全く笑っていない。
「なぁ、せんせーたちよぉ?」
愛らしい少女の顔から放たれる圧力ではない。
少なくとも普通の十五歳が出していい空気ではなかった。
相澤は視線を逸らした。
「……すまないな、中原。」
「あ?」
「校長命令だ。」
「なるほど。」
中也は納得した。
いや、したくなかったが納得した。
相澤は基本的に必要以上のことをしない人間だ。
そんな男がわざわざ生徒を応接間へ連れてくるはずがない。
「つまりあんたはある意味被害者ってわけか。」
「そうなる。」
即答だった。
その返事の速さに、中也は少しだけ同情する。
げっそりしている。
担任は本気で疲れていた。そして、
「ハハハ……」
乾いた笑い声が聞こえる。
オールマイトだった。
全くフォローになっていない。
「いや笑ってる場合じゃねぇだろ。」
「す、すまない!」
謝る割には笑顔だった。
なんなんだこの男。
今日一日で何度そう思ったか分からない。
中也はため息を吐く。
そして改めて部屋を見渡した。
相澤。
オールマイト。
そして。
応接用の椅子にちょこんと座る小さな影。
根津校長。
雄英高校の頂点に立つ存在。
入試の時から名前くらいは知っていた。
だが。
(やっぱ何回見ても不思議だな。)
鼠。いや熊か。犬か。
どれとも言えない。
何とも形容し難い生物だった。
その校長が、にこりと笑う。
「やあ、中原君。」
「どうも。」
「お茶は口に合ったかな?」
「普通に美味かった。」
「それは良かったのさ。」
穏やかな会話。和やかな雰囲気。
だが、
中也は騙されない。
応接間。
校長。
担任。
現役No.1ヒーロー。
この面子で雑談だけのはずがない。
そして案の定。
根津はカップを置いた。
小さな前足を組む。
その瞬間。
空気が変わった。
先程までの柔らかな雰囲気が消える。
校長としての顔。
雄英高校を率いる者の顔。
中也は自然と背筋を伸ばしていた。
根津はそんな彼女を見て。
静かに微笑む。
「さて。」
一拍。
「本題だ。」
応接間の空気が静まり返った。
根津校長は湯気の立つ紅茶を一口啜った。その仕草は優雅そのものだ。
だが、
中也は知っている。
この場にいる中で、一番油断してはいけない相手が誰かを。
(このネズミだ。)
愛らしい見た目。
穏やかな笑顔。
柔らかな口調。
だがその奥にある知性は隠しきれていない。
むしろ溢れている。
中也は椅子へ深く腰掛けた。
「で?」
足を組む。
「何が聞きたい。」
根津は微笑んだ。
「単刀直入で助かるよ。」
「回りくどいのは嫌いなんでな。」
「奇遇だね。私もだ。」
にこり。
笑顔。
そして。
「君は何者かな?」
部屋が静まった。
オールマイトが息を呑む。
相澤は表情を変えない。
中也だけが肩を竦めた。
「政府から聞いてねぇのか。」
「聞いているとも。」
根津は即答した。
「十五歳。」
「中原中也。」
「政府保護下。」
「そして雄英特待生。」
そこで言葉を切る。
「だが、それは肩書きだ。」
赤い瞳が細められる。
「私が聞きたいのはそこじゃない。」
沈黙。
「君は何者だい?」
再び同じ質問。
中也は数秒考えた。
嘘を吐くか、誤魔化すか。あるいは――
「……中原中也。」
結局、返した答えは同じだった。
「それ以外は答えられねぇ。」
根津は少しだけ目を細めた。
「政府との契約かい?」
「そんなところだ。」
「なるほど。」
そこで追及はしなかった。
賢い。
この校長は。
踏み込めない領域があることを理解している。
代わりに別の角度から攻めてきた。
「では質問を変えよう。」
「なんだ。」
「君は何故、雄英へ来た?」
中也は一瞬だけ黙る。
表向きなら答えは簡単だ。
政府任務、敵勢力監視…
だが、
それは建前だ。
もっと奥にある本音は…
(……クソ鯖探し。)
もちろん言わない、絶対に言わない、死んでも言わない。
なので、
「ヒーロー免許取得。」
無難な回答を選んだ。根津は笑った。
「嘘だね。」
「は?」
「少なくとも全部ではない。」
即答だった。
中也の眉が引きつる。
隣で相澤が少しだけ視線を逸らした。
おそらく笑いを堪えている。
「君はヒーローという職業に強い憧れを抱いているようには見えない。」
根津は続ける。
「だが来た。否、必要だから来た。違うかい?」
図星だった。
中也は舌打ちしたい衝動を堪える。
この校長。
頭が回りすぎる。これだから頭のいい奴は嫌いなんだ。相手をするのにイライラする。
(あいつを相手するみたいで、本当にムカつく)
「……さぁな。」
「ふふ。」
肯定と受け取られた。
腹立たしい。実に腹立たしい。そんな中…
今まで黙っていたオールマイトが口を開く。
「私は一つだけ聞きたい!」
全員の視線が向く。
「君は――」
オールマイトの青い目が真っ直ぐ中也を見る。
「人を助けるのが好きかい?」
中也は一瞬だけ目を瞬いた。
予想外だった。
もっと能力の話をされると思っていた。
個性、戦闘力、政府、危険性。
そういうものを。
だが、
聞かれたのはたった一つ。
“人を助けるのが好きか”
その問いに。
中也は少しだけ考えて。
「別に。」
そう答えた。
オールマイトが固まる。
根津が紅茶を置く。
相澤は予想通りという顔をした。
「好きだから助けるわけじゃねぇ。」
中也は窓の外を見る。
「目の前で死なれんのが後味悪いだけだ。」
静かな声だった。
「助けられるなら助ける。」
「助けられねぇなら足掻く。」
「それだけだ。」
沈黙。
数秒後。
オールマイトが突然笑った。
「ははは!」
「何だよ。」
「いや!」
豪快に笑う。
「それで十分だ!」
中也は顔をしかめた。意味が分からない。
だが、
根津も、相澤も、どこか納得したような顔をしていた。
その時点で、中也は嫌な予感しかしなかった。
(……なんか変な評価されてねぇか?)
その予感はたぶん当たっていた。
ーーーーー
教室に帰らされ、自然と女子の集まっているところに連れて行かれた。突然手を引っ張られ珍しく驚いてしまった。
すると話題は自然と個性の話になる。
「やっぱりすごいよねぇ……」
麗日お茶子がぽつりと呟いた。
視線の先には中也。
「あん?」
「中原さんの個性。」
お茶子は少し困ったように笑う。
「うちのは無重力だけだもん。触ったもんを浮かせるだけ。でも中原さんのは重力そのものを操れるでしょ?」
少しだけ俯く。
「上位互換みたいなもんやん……」
訛りが強くなるのは落ち込んでいる証拠だ。
「……」
中也は数秒黙った。それから、
「馬鹿言え。」
あっさり言った。
「え?」
「個性なんて使う奴次第だろ。」
お茶子が顔を上げる。
「俺は重力を操れる。」
「けどそれだけだ。」
「お前は浮かせられる。」
「それだけだ。」
「何が違う?」
「いやでも……」
「俺がお前の個性使っても今のお前みたいには使えねぇぞ。」
お茶子が目を丸くする。
中也は肩を竦めた。
「俺は俺の使い方しか知らねぇ。」
「お前はお前の使い方を知ってる。」
「だったら比べる意味ねぇだろ。」
沈黙。
しばらくして。
「……ありがと。」
お茶子が小さく笑った。
すると中也は頭を掻く。
「そんなに気になるなら今度練習場借りるか?」
「え?」
「同じ重力系だしな。参考程度にはなるだろ。」
その瞬間。
「「私たちもお願いしていい!?」」
元気な声が重なった。
芦戸と葉隠だった。
「うぉっ!?」
思わず中也が肩を跳ねさせる。
「いきなり出てくんな!」
「だって面白そうだし!」
「私も見たい!」
「私も参加したいですわ。」
八百万まで手を挙げる。
「梅雨ちゃんもどう?」
「興味あるわ。」
「耳郎ちゃんは?」
「まぁ見学くらいなら。」
女子たちが勝手に盛り上がり始める。
中也は少し押され気味になりながら、
「お、おう……」
と頷くしかなかった。
――数十分後。
何故か話題は美容へ変わっていた。
「そういえば。」
八百万がふと思い出したように口を開く。
「中原さんは何の美容品をお使いになってらっしゃるの?」
「美容品?」
中也は首を傾げた。
「ええ。」
「お肌がとても綺麗ですもの。」
「確かに!」
葉隠が勢いよく頷く。
「めっちゃスベスベそう!」
「モチモチそう!」
「まつ毛も綺麗よね。」
梅雨が観察するように言う。
「おっと?」
芦戸がニヤリと笑った。
「これは全部聞くまで帰せませんなぁ?」
「いや帰してくれ。」
即答だった。
女子たちが笑う。
だが質問攻めは止まらない。
「何使ってるの?」
「教えて教えて!」
「気になりますわ!」
中也は本気で困った。
「いや……知らねぇ。」
「「「え?」」」
全員が固まる。
「知らない?」
耳郎が聞き返す。
「商品名とか分かんねぇ。」
「姐さんが勝手に置いてるやつ使ってるだけだし。」
「姐さん?」
「保護者。」
「あー。」
全員が納得した。
「朝起きたら塗れ。」
「風呂上がったら塗れ。」
「寝る前も塗れ。」
「そう言われてるからやってるだけ。」
「商品名は?」
「知らねぇ。」
「メーカーは?」
「知らねぇ。」
「種類は?」
「知らねぇ。」
「全部知らねぇ。」
沈黙。
数秒後。
「それ絶対高級品だ。」
耳郎が断言した。
「間違いないわね。」
梅雨も頷く。
「お金持ちの匂いがする!」
葉隠が叫ぶ。
「その人絶対美人でしょ?そんな人が選んでるなら相当良い物なんだろうね……」
耳朗は少し羨ましそうだった。
そしてちらりと中也を見る。
整った顔立ち。
綺麗な肌。
長いまつ毛。
さらさらの髪。
そして。
(胸もあるんだよな……)
無意識に自分の胸元を見る。
それから中也を見る。
もう一度見る。
「ん?」
視線に気付いた中也が首を傾げる。
「いや、何でも。」
耳郎は即座に視線を逸らした。
その様子を見た芦戸がニヤニヤし始める。
「おやおや〜?」
「何でもないって!」
「本当にぃ〜?」
女子たちの笑い声が響く。
その輪の中心で。
中也だけが何故笑われているのか分からず、
「……?」
と首を傾げていた。
ーーーーー
夕暮れ。
橙色の光が街を染めていた。
中原中也は大きく息を吐く。
(今日は一日濃かった……)
本当に濃かった。
朝からA組、個性把握テスト、特待生暴露、オールマイト、校長面談…
思い返すだけで胃が重くなる。
体力的には問題ない。むしろ余裕だ。
問題は精神だった。
(早く帰って鏡花に癒されたい……)
小さく呟く。
脳裏に浮かぶのは義妹の顔。
それから金髪の少女。
エリス。
可愛いものが足りない。圧倒的に足りない。中也はそう結論付けた。
そして。
ようやく帰宅した自宅の扉を開く。
「ただいま帰りました――って、え?」
思わず言葉が止まった。
玄関。
そこに。
何故か正座している男がいた。
「やあ、おかえり中也君」
満面の笑み。
そして頬には見事な紅葉。誰がどう見ても平手打ちの跡だった。
「…………」
親愛なる首領、森鴎外である。
「おかえりなさい!チュウヤ!」
ぱたぱたと駆け寄ってくる金髪の少女。
エリスだった。
変わらぬ可愛らしさである。
(くっ……!)
中也の精神力が少し回復した。
「おかえり、中也。」
奥から聞こえる落ち着いた声。
紅葉が柔らかく微笑む。
「初めての学校はどうじゃった?」
「はい。まあ、なんとか……」
そこで中也は再び森を見る。
正座。
紅葉マーク。
満面の笑顔。
どう見ても異常だった。
「……えっと。」
少し間を置く。
「これは一体?」
「聞いてよ中也君!」
森が勢いよく身を乗り出した。
「エリスちゃんに新しいドレスを買うついでに皆へのお土産を買ってきたんだ!」
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がした。
「それで?」
「何がお土産よ!!」
即座にエリスが叫ぶ。
「この量どうやって配るっていうのよ!!もう!リンタロウの莫迦!!」
目線をずらすとそこには大量の箱、袋、etc…。
森が傷付いた顔をした。
「そんな!エリスちゃんのためのドレスも負けないくらい買ったじゃないか!」
「それもいらないのよ!」
即答だった。
「ドレスは好き!」
「それは嬉しい!」
「でも私に着せようとするリンタロウの顔がイヤなの!!」
「そんな!」
森は胸を押さえた。
「理不尽な!!」
「理不尽じゃないわ!!」
「ある意味一番理不尽なのはお前さんじゃろ……」
紅葉が呆れたように呟く。
中也も同感だった。
そんな騒ぎの最中。
とてとてと小さな足音が近付いてくる。
「姉様。」
振り向く。
そこには鏡花がいた。
少しだけ嬉しそうな顔。
それだけで疲労が吹き飛ぶ。
「おかえりなさい。」
「ただいま、鏡花。」
気付けば抱き締めていた。
ぎゅう。
柔らかな体温。
安心する。
とても安心する。
(あー……)
心の底から思った。
(可愛いが足りなかった……)
雄英に不足していた栄養素である。
圧倒的妹成分。これでようやく回復できる。
すると、
「キョウカ!」
エリスが元気よく手を挙げた。
「一緒に描いたあれ見せてあげましょうよ!」
鏡花もコクリと頷く。
「うん。」
二人が何やら画用紙を持ってくる。
そして。
声を揃えた。
「「じゃーん!」」
広げられた画用紙。
そこには。
中也の似顔絵が描かれていた。
オレンジ色の髪。
小さな帽子。
少し得意そうな顔。
明らかに中也である。
「…………」
数秒。
沈黙。
そして。
「ありがとう、ございます。」
真顔だった。
「額縁に飾ります。」
真顔だった。
「家宝にします。」
真顔だった。
しかし。
少しだけ目元が熱い。
今日一日で溜まった疲れが一気に押し寄せてきたせいかもしれない。
「いいのよ!」
エリスが胸を張る。
「気に入ってくれたなら!」
鏡花も小さく微笑む。
「……よかった。」
可愛い。
本当に可愛い。
なんなんだこの妹たちは。
天使か?天使だった。
中也は心の底から思う。
(これが……萌え……)
新たな境地に至った気がした。
そんな彼女を見ながら。
紅葉が優しく笑う。
「さて。」
穏やかな声。
「中也の学校の話を聞くついでに夕飯でも食べようかの。」
「普通逆じゃぁ……?」
思わずツッコミが出た。
しかし誰も気にしない。
エリスは鏡花の手を引いている。
森はまだ正座している。
紅葉は楽しそうに微笑んでいる。
騒がしい。
本当に騒がしい。
けれど。
嫌ではない。
むしろ――
心地良かった。
「……ま、いいか。」
小さく笑う。
そうして中也は皆の後ろを歩き出した。
賑やかな夕食の時間が始まる。
今日一日で溜まった疲れを溶かしてくれるような、そんな温かな時間が。
ーーーーー
夕食の席は賑やかだった。
湯気の立つ味噌汁。
焼き魚。
煮物。
ご飯。
いつも通りの食卓。
だが、
今日だけは少し違う。全員の視線が中也へ集まっていた。
「で?」
森がにこにこと微笑む。
「学校はどうだったんだい?」
中也は箸を止めた。
嫌な予感がする、ものすごくする。
「……普通でしたよ。」
「ほう。」
「普通とな。」
「普通とは。」
三方向から返ってくる。圧が強い。
「普通です。まずクラスに入ったら喧嘩してました。」
「いきなり普通じゃないのだが?」
紅葉が目を丸くする。
「まぁ、元気じゃのう。」
「元気すぎます。」
中也は即答した。
「眼鏡の奴が机に足乗せてる金髪に説教してました。」
「なるほど。」
「なるほど。」
「なるほど。」
何がなるほどなのか。
中也には分からない。
「で。」
箸を進めながら続ける。
「助けたことある奴がいて。」
ぴたり。
全員の動きが止まる。
「ほう?」
森が反応した。
「助けた?」
「入試で瓦礫の下敷きになりかけてた奴です。」
「名前は?」
「上鳴。」
「男かい?」
「男です。」
森の笑顔が少しだけ薄くなった。紅葉が吹き出しそうになっている。
「何なんです?」
「いや?」
「別に?」
絶対何かある。だが聞かないことにした。
「あと。」
中也は味噌汁を飲む。
「女子とも話しました。」
ぴたり。
再び止まる食卓。今度は完全に止まった。
「女子。」
森が復唱する。
「女子じゃ。」
紅葉も復唱する。
「女子。」
鏡花も復唱する。
「女子。」
エリスまで復唱した。なんなんだこいつら。
「個性の話になってな。」
中也は説明する。
「重力系の個性持ちがいて。」
「ふむ。」
「自分の個性は俺の下位互換だとか言い出して。」
「それで?」
「鍛錬付き合うかって言った。」
数秒。
沈黙。
そして、
「「「おお……」」」
何故か感嘆の声が上がった。
「何ですか。」
「いやのう。」
紅葉が優しく微笑む。
「友達が出来たのじゃなと思うて。」
「違います。」
即答だった。
「まだ友達じゃありません。」
「そうかえ。」
「はい。」
「そうかえ。」
完全に信じてない顔だった。
「そいつな。」
中也は続ける。
「家族のためにヒーロー目指してるらしい。」
「ほう。」
「いい奴でした。」
ぽつり。
自然に零れた言葉。
その瞬間。
大人組の動きが止まった。
中也本人は気付いていない。
だが。
森と紅葉は視線を合わせる。
珍しい。
本当に珍しい。
中也が他人を素直に評価した。
「他にもな。」
「うむ。」
「お嬢様みたいな奴とか。」
「うむ。」
「透明人間とか。」
「うむ。」
「蛙とか。」
「うむ?」
「耳がイヤホンみたいな奴とか。」
「待て。」
森が止めた。
「本当に人間かい?」
「俺も最初そう思いました。」
鏡花とエリスは身を乗り出している。
完全に聞き入っていた。
学校。
クラスメイト。
友達。
授業。
全部が新鮮なのだ。
「楽しそう。」
鏡花がぽつりと呟く。
「うん!」
エリスも頷く。
「すっごく楽しそう!」
中也は首を傾げた。
「そうか?」
「そうよ!」
「そう。」
「そうじゃ。」
三方向から返ってくる。
鏡花は少し羨ましそうだった。エリスも同じだ。二人とも学校というものを知らない。
だから。
中也の話がまるで物語のように聞こえる。
それを見て、
森は思う。
(可愛い。)
紅葉も思う。
(愛いのう。)
非常に可愛い。
恐ろしく愛い。
そして、
学校の話をしている中也も可愛い。
つまり、結論…
うちの子たちは全員可愛い。
「そういや。」
中也が魚をほぐしながら言う。
「担任が俺を見て。」
嫌な予感。
「お前は一位取れなかったら除籍だ。」
沈黙。
数秒後。
「は?」
森が笑顔で言った。
「は?」
紅葉も笑顔だった。
これ幸い、鏡花と、エリスは二人でお話ししていたため聞かれずに済んだ。
食卓の温度が下がる。
「まあ嘘だったんですが。」
「そういう問題ではないのじゃが?」
紅葉の笑顔が怖い。
「相澤君…。」
森が静かに呟く。
「久しぶりに会いに行こうかな。」
「やめろ。」
中也は即答した。
「俺がめんどくさい。」
「安心しなさい。」
森は優しく微笑む。
「脅すだけだから。」
「それを世間では脅迫って言うんだよ。」
その後も。
中也は学校の話を続けた。
クラスのこと。
教師のこと。
テストのこと。
オールマイトのこと。
話せば話すほど、鏡花とエリスの目は輝いていく。
そして、
それを見ている森と紅葉は。
(うちの子たちめちゃくちゃ可愛い。)
(可愛いのう。)
完全に親馬鹿になっていた。
当の本人たちは。
そんなことなど全く知らずに。
ーーーーー
夜は静かだった。
電気は落とされ、部屋には月明かりだけが差し込んでいる。
布団の中で、中也はぼんやりと天井を見ていた。
(……静かすぎるな)
昼間の喧騒が嘘みたいだった。
騒がしいクラス。 うるさい教師。 やたら濃い大人たち。
そして――
帰ってくれば、首領がいて、紅葉がいて、鏡花がいて、エリスがいて、他にも仲間たちがいて
あの空間は確かに“居場所”だった。
それなのに。
胸の奥に、ぽっかりとした穴がある。
埋まっているはずなのに、埋まりきらない。
(……クソ)
思わず小さく舌打ちが漏れた。
枕を抱え込む。
意味なんてない。 ただ、少しでも落ち着かせたかった。
「……クソ太宰」
ぽつりと零れた声は、夜に吸い込まれていく。
「早く来いよ……」
返事はない。
分かっている。
いない。
今ここにはいない。
それでも――脳の奥では、勝手に声が再生される。
『本当、蛞蝓だね〜中也は』
(うるせぇ)
『僕の狗なんだから勝手にいなくならないでよ、莫迦』
(誰が狗だ)
『頼むから私のいないところで汚濁を使わないでくれ』
(……)
一瞬だけ、言葉が止まる。
そして、最後の声。
『……僕も愛してる』
「――っ」
喉が詰まる。
笑いにも、怒りにもならない。
ただ、呼吸だけが少し乱れる。
(恋しい、なんてな)
そんな綺麗な言葉で片付けられるものじゃない。
もっとぐちゃぐちゃで、 もっと面倒で、 もっと厄介で。
名前を付けるなら――
「……愛、ってやつかよ」
乾いた声が落ちる。即座に、鼻で笑った。
「はっ」
認めるのは癪だ。
あの男に関わる感情を“綺麗”に分類されるのは、どうしても気に食わない。
それでも。
消えない。
前世の最期でようやく気付いてしまった、それだけは。
(最悪だな、本当に)
それでも。
忘れられない。
嫌いで、面倒で、鬱陶しくて。
それでも――
(……お前しかいねぇんだよ)
枕を抱く腕に、少しだけ力がこもる。
夜は静かだった。
ただその静けさの中でだけ、
その名前だけが、やけに鮮明に残っていた。
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コメント
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第2話、めっちゃ面白かったです!中也が雄英に馴染んでいく感じがもう最高で、個性テストで圧巻の記録叩き出したシーンは鳥肌立ちました。相澤先生とのやり取りも絶妙で、担任の鋭さと中也の肝の据わり方がいい化学反応起こしてますね。あと帰宅後の家族シーンがめちゃくちゃ温かくて、夕飯の会話とか鏡花たちの似顔絵とか、全部が愛おしかったです。ラストの太宰への想いのシーンもグッときました…次が待ちきれないです!